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 2回目の人生


 目が覚めると侯爵家の自分の部屋にいた。

 何故?死んだ筈なのに。さっきまでの恐怖と怒りと恨みと疑問で頭がおかしくなりそうだ。

 メイドに着替えさせられ客間に案内されると、家令と小柄な女性がたっている。


「ローズマリー様、こちらが家庭教師のジリー・ラベル伯爵夫人です」


 ヒッと喉が鳴るのを何とか堪えた。

 そうだ、覚えている。

 今日は、7歳になってすぐ淑女教育として家庭教師を紹介された日。

 怯えるよりも理解した。これは私の恨みを晴らすチャンスだと。

 身体の中を、今まで過去全ての出来事が突き抜けて黒い塊が震えた。私は暗い微笑みを浮かべて。

 

「初めまして。ローズマリー・ステンシルでございます、不束か者ですがこれからお願い致します」


 怒りを、恐怖を、恨みを全て込めて、1度目には散々私を殴り自尊心を折った女を真っ直ぐに見上げた。

 体は痩せて青白く、結い上げている髪にも艶はない、身に着けている服も野暮ったく全く似合っていない。もしかしたら借り物なのだろうか。

 冷静に見れば彼女は鬼でも化け物でもない、ただの枯れた女だ。ジリー・ラベル伯爵夫人は気圧された様に後退る。

 

 この女が私にしたのは虐待だ。

 許すものか。


 1回目でボロボロにされながらも淑女教育を3年と王妃教育を5年受けてきたのだ。誰もが認めるカーテシーくらいはすんなり出来る。


「わ、私はジリー・ラベルでございます。こちらこそ宜しくお願い致します」


 彼女の引きつった笑みを見たのは初めてだ。


◆◆◆◆


 それを見つけたのは偶然だった。

 何も我慢する必要はないと気がついて、対抗出来ないかと考えたら前世のテレビを思い出した。

 そうだ、記録してしまえ。

 1度目に王妃教育でこの世界のことを学び、記録水晶あるのを知った。その時は知識を詰め込むだけでいっぱいだったけど。

 

 あの家庭教師の行動を記録できるものはないかと侯爵家の魔道具部屋を漁っていた時それを見つけた。


「…なにこれ」


 何も記録されていない水晶はビー玉の大きさなのだ。

 魔道具部屋の隅の暗い箱、魔力を感じて中を開けてみれば、手毬程の大きさ。

 水晶は真っ黒に濁っている。

 唾を飲み込み水晶を取り出すと、魔力を流して再生した。




 荒い映像の中、突然それは始まった。

 激しく抵抗する美しい女が男から殴られ無理やり身体を繋げられていた。

 男がこちらを向いて顔が見えて、その男は肖像画で見た事がある。


 

 ジェームズ・デフローレンス。

 アルバート殿下とユーレン殿下の祖父であり前陛下だ。


 途中からぐったりとして抵抗をやめた女は真っ直ぐにこちらを睨みつけている。


 その女性は銀の髪にスカイブルーの瞳。


 母は前陛下によって手篭めにされ、しかもその一部始終を誰かに撮られている。

 醜悪な映像だけが、魔道具部屋の壁に流れている、気持ち悪い吐きそうだ。

 カタンと後ろで音がして振り返ると兄が立っていた。兄はゆっくりと近づきそっと映像を止め、そのまま懐へ入れてしまった。

 とうとう気持ち悪さの限界で床に吐いていたら、兄にゆっくりと抱きしめられ慌てた。


「お、お兄さま。汚れてしまいます…」

「……さま」

「え?なんて?」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめられ息が苦しいし、吐いた口の中は胃液で苦い。見上げるとごっそりと表情の無い兄の目だけが爛々と光っている。


「に、にいさま…」

「…ローズマリー、これは誰にも言っては駄目だよ」

「はい」


 私は壊れた人形の様に何度も頷く、それ程までに兄の様子は鬼気迫っていた。


『洗浄』


 兄がスキルを呟き、床も吐瀉物が掛かった服も何もかも綺麗になっていた。

 兄は理解した。兄にあんなに優しかった母が、ある日突然鬼女の様に荒れ狂い、全く自分を見なくなった原因が何だったのか。

 今までは理由が分からず、原因は兄自身なのではないかと自身を振り返り、精神が擦り切れるほど繰り返し考えていたそうだ。


「原因はこれだったんだ…」


 兄はその日から私を溺愛した。死んでしまった母の代わりとして。初めて向けられる家族としての愛情に私はそれでもいいかと思った。

 

「そう言えばローズマリーは何故ここに?」

「家庭教師の行動を密かに記録しようと思ったので…」

「密かに記録?」

「ええと、はい。上手く言えないのですが、嫌な予感がして…」


 まさか人生巻き戻ってるとも言えず誤魔化してみる。兄の目は底の見えない沼のようだ。

 兄はにっこり笑うと。


「私が家庭教師を調べてあげるよ、心配しないでね。ローズマリー」

「お兄さま、ありがとう」


 初日の授業で、いきなりラベル伯爵夫人は私に紅茶を入れてみせろと言ってきた。7歳の子供に紅茶を入れろだって。


 私は部屋付きのメイドにティーセットを用意するよう言いつけ、じっとラベル伯爵夫人を見つめる。ソワソワと落ち着きを無くすラベル伯爵夫人。


「どうか、なさいまして?」

「…いえ、なんでもございません」

「そうですか」


 メイドがワゴンにティーセットとお湯の入ったポットを乗せて持ってきた。


「よくてよ、そこへ置いて。ありがとう下がっていいわ」

「畏まりました」


 さてと。

 微量の風魔法の浮力で重いポットも難なく持ち上げると、ラベル伯爵夫人は息を呑んでいた。そのまま流れるような動作で紅茶を淹れるとラベル伯爵夫人の前に紅茶をそっと置く。


「どうぞ」

「…!」


 なんとも言えない表情をして私を見る。文句をつけたいのにつけようがないのだ。

 ばーか。


「す、少し味が苦いですわっ!こんな紅茶なんか飲めやしない!」


 ラベル伯爵夫人は、一口飲み立ち上がると、熱い紅茶が並々と入っているティーカップを私に投げつけた。


 バシャ!パリンッ。


「ギャアアアアア」


 結界で跳ね返り紅茶を浴びたのはラベル伯爵夫人だった。角度をつけて態と顔にかかるようにしてあげた。軽く火傷になっているみたいだ。馬鹿な女。

 部屋の衝立の影から記録水晶を持つ兄が出てきた。


「ローズマリー大丈夫かい?」

「はい、お兄さま」

「そうか、良かった。ねぇラベル伯爵夫人」

「ヒィ熱い!医者を医者を!熱い助けてっ!」

「五月蝿いなあ、黙らないと医者呼ばないよ?」


 うずくまり頷いている。


「ねぇ、なんでローズマリーを害そうとしたの?」

「…ぐ、偶然です」

「ふーん、罪を認めるなら不問にしようと思ったけど。いいや調べはついてるし」

「そんな!」

「出てきて良いよ。連れてって。あ、これ証拠だから無くさないでよ」


 どやどやと部屋に護衛達が入ってきて、そのままラベル伯爵夫人を連れて行ってしまった。

 父は仕事で不在だったが、騒ぎを聴きつけて義母のテレーゼがやって来た。異母妹のリリアナは3歳だ昼寝でもしているのだろう。


「ヒュスノフにローズマリー、いったい何事なの!」


 義母は目を釣り上げ睨んでいる。


「テレーゼ。あなたの差し金なのかい?」

「ヒュスノフ、私を呼び捨てとは何事です!それに差し金とはなんなのです!」

「たかが、成金子爵の娘だった女が母親面しないでもらいたい。ところでラベル伯爵夫人を紹介したのはあなたですよね?」

「これだから…あの女の息子だけあって礼儀知らずだわ。ラベル伯爵夫人なら旦那様が連れてきたわよ」

「ふっ」

「何がおかしいの?」

「いや、学園のクラスメイトですよね。ラベル伯爵夫人とは」

「だ、だからなに?」

「いえ、別に。後で父に確認しますからそのつもりで」

「いった何があったの!答えなさい」

「ローズマリー行こうか。邪魔だどけ」


 弱冠10歳の子供の覇気に、義母は真っ青になり気絶してしまった。


 1回目と全く違う展開に呆然としていたが、後から震えが止まらなかった。過去のトラウマに向き合ったのだ。兄という味方がいたから乗り越えられた。


「大丈夫か?震えてる」

「にいさま…にいさま…うう、うわあああん」

「大丈夫だ、ローズマリー私がいるよ」


 兄は私が落ち着くまでずっと抱きしめていてくれた。

 

 


 ラベル伯爵夫人は記憶水晶が決め手となって児童虐待に貴族謀殺罪で投獄された。但し、既に離縁している事にしてラベル伯爵は伯爵夫人を切り捨てた。

 

 兄はもっと深い事を調べようとした。元々このステンシル侯爵家は亡き母の生家、領地には隠居した祖父がいる。兄は密かに祖父と連絡を取り祖父の元で何かを調べていた。


 兄が不在のある日、私はあっさり殺された。


 

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