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飛び抜けて美しいと噂されているステンシル侯爵の長女が今日デビュタントする。
侯爵の話は、体が弱い為の静養としているが、皆これっぽっちも信じていない。
侯爵夫妻は今年11歳になる異母妹に掛かりきりになり、亡くなった前妻が産んだ長女を蔑ろにして領地へ追いやったと、皆その噂を好んで囁いている。
第2王子の婚約者。侯爵家の末娘リリアナは、我儘で勉強嫌い、とても淑女とは思えない言動で殿下の母であるカテリーナ王妃との仲は非常に悪い。
それでも殿下は、もう少し大人になれば淑女になりますよと言って、リリアナを甘やかし可愛がっているという。
可哀想なリリアナ、まるでペットね。ふふふ。駄目な飼い主に飼われて不憫だわ。笑いがこみ上げてしまう。
「ローズマリーご機嫌だね」
「ええお兄さま、とっても」
「それは良かった」
あれから4年、兄は少年と青年の丁度狭間にいる線の細さと男臭さが入り混じった何とも妖しい美青年になっていた。
兄にエスコートされた私は朝に咲く白薔薇のような清楚さと儚い美しさを持つ美少女だ。中身は真っ黒だけど。侯爵夫婦はリリアナについている。姉のデビュタントに自分も出たいと癇癪を起こしているのを宥めているとか。
「さ、行こうか」
「はい、お兄さま」
私達が並ぶ様は、完成された1枚の絵。
会場からは感嘆のため息が零れる。今年デビュタントする娘達の中でも美しさも気品も飛び抜けている。
無事、陛下と王妃様にご挨拶し、祝いの言葉を頂いた。下がる際に王妃様が小さくため息をついたのは見逃さない。
王妃は珍しく心のうちが表情に出てしまっていた。そのお顔にはこう書いていた。
『リリアナではなくローズマリーであれば良かったのに』と。
過去、ローズマリーではなくリリアナであればと思っていた、あの王妃様が。
その表情を見れただけでも繰り返した価値はあったと私は思う。
「ご機嫌だね、ローズマリー」
「ええ、お兄さま」
兄に満面の笑みで応える。息を呑む気配がして横を見ればアルバート殿下と今年20歳の第1王子のユーレン殿下が立っていた。
御二人共に黒髪に紺色の瞳だ。王妃様の髪色と陛下の瞳の色。
ユーレン殿下は柔らかそうな黒髪の巻き毛に大きな体躯と意思の強い光を放つ瞳。
アルバート殿下は漆黒のストレートの黒髪を束ね背中に流している、線が細く柳の様な、しなやかな美しさだ。
その2人から熱い視線を感じる。
それを振り切る様に優雅にカーテシーをして挨拶をする。
「久しいね、ローズマリー」
「アルバート殿下もお変わりなく。ユーレン殿下お初にお目にかかります」
「ああ…」
その時。
「…!なんだから…と…なさいよ!」
「しかし…!…ですので…」
会場の入口から人の言い争う声が聞こえてきて、人々の困惑のざわめきが広がる。
何か揉めているようだ。
あぁ、やっぱり来た。
侍従を振り切るようにやってきたのはリリアナとステンシル侯爵夫妻。
思った通りの行動で、可笑しくて笑いがこみ上げる。
何をトチ狂ったのか、またデビュタントでもないのにリリアナは真っ白のドレスを着ていた。
「お姉様ばかりズルいわ!」
「リリアナ!何をしている」
アルバート殿下が慌ててリリアナに駆け寄り、何故来たのだと問い詰めていた。
ふふふ、本当に馬鹿な子。
さて、役者は揃った、始めようかな。
お兄さまに目線で合図を送ると、兄が会場に向けてスキルを放つ。
『拘束』
兄の捕縛魔法は超一流だ。
全員身動きひとつ取れなくなる。
『精神共鳴』
私は4年の月日を掛けて完成させた魔法を、この会場全ての人間に放った。