フォルテッシモ ピアニッシモ
夜光虫のような生き方だ。
夜になると腹をすかせて目を覚ます。
昼間は会社でデスクに向かうどこにでも居るだろうOL。成虫になると擬態も上手くなるのだ。
家族が寝静まる頃に起きてデスクライトの電源を入れると白い明かりの下に描いている途中の漫画の下絵がノートに描き殴られている。そう、描き殴ったのだ。
何を描いてもだめな気がして、何度も描き直してはページを破り捨てた。
キャラクターの台詞も展開も殴られすぎて何の気力も無さ気だ。コマ割の線ばかりが目を引く。
見たくもないし見られたくもない、なんのために描いているんだろう。
そう思いながらも閉じることのできないノートに突っ伏して、目を閉じる。
寝てしまおうか。眠った方が良い時だってある。
だけど、毎日肩が凝るほどパソコンに向かってむくんだ足を引きずって働く生活をこの時間のために生きているのだ。
そうやって生きているからこそ伝えたいことがあるはずなのだ。
瞼の裏から感じるライトの光を振り払い、夜に同化するように深く呼吸をする。
頭の中でページをめくるのをやめて、キャラクターも全て黙らしてしまう。そのうち耳鳴りがして、一人夜に放り出されたような感覚に落ちる。
時計の秒針、風が窓を揺らす音。闇の中でそれらの存在を感じ出すと自分の心の輪郭も少しずつ見えてくる気がする。
けれどそれはとても曖昧なもので霞がかっている。見えるような気がしても揺らいで掴めない蜃気楼のような感じだ。
けれど、心は蜃気楼とは違う。
掴めないのにふれることはできるらしい。
悩み、不安、疑問、苛立ち、悲しみ、切なさ、喜び、愛しさ、羨望……
冷たく、けれど清らかな雨粒のように降りしきる感情に心は震える。
若葉の様に滴をはじき芽を吹かす。蕾のように花びらを広げようとする。
じっとしていられない。
この震えが私を突き動かすのだ。この震えの先に辿り着きたい場所がある。
夜の静寂に時折訪れるこの雨雲を求めて私は夜に目を覚ます。
そして、ペンを握りしめる。
雨よ、私をかき鳴らせ。