幕間 誰かが見つめたこの世界
かつてこの世界には、大地と空、水と空気、そして人間と獣を創り出した「神様」が居たという。
飽きたのか見捨てたのか、あるいはこの世界の者に託したのか定かではない。ただ一つ、誰もが知る事実——この世界から去る直前、「神様」は全ての命持つ者に自らが持つ「力」を分け与えたという。
分け与えられたそれは多ければ多いほどにあらゆる願いが叶う。人々は分け与えられた「力」によって起こった事象の総称を「魔法」と呼んだ。
明けない夜と霧に支配された、この世界でたった一つの大きな大陸。果てがなく、逃げ場すらない広大な海に囲まれたこの大陸で、常に人々は血を流し争っていた。
与えられた力には差異があった。大きな力を得た者が特別優れた何かだったわけではない。だが願いが叶えば叶うほどに彼らはそれぞれの性質をより濃く浮かび上がらせた。
ある者はより強い力を誇示するために。ある者は力なき仲間を守るために。ある者はただ平穏な生活の為に。
力を分け与えられた人間がどれだけこの世界を蹂躙しようと、この世界を癒そうと、しかしこの世界に変化が訪れることはなかった。
人間の根本が変わるわけもない。獣が知性を持つこともない。草木がこれ以上進化することも何もなかった。
変わらず外を歩けば死体が埋め尽くし、いつ己がそれになるかも分からない。屋根のある場所にいてさえ、安らかに眠れる日は有り得ない。
枯れ果てた大地に実りは数少なく、限りある食料を、限りある燃料を、奪わずには、生きることが出来なかった。
それ以外に道はなく。打開策も、解決法も見つからず。やがて全ての生物と資源が枯渇していくのを、ただ誰もが受け入れ待っているだけだった。
誰もが、最早自分たちを見捨てた神のことなど信じられず。ただ絶望し、緩やかに、だが確かに衰退していく世界を、誰もが諦めていた。
分け与えられた力が原因だったのか、それがあったからこの程度で済んだといえるのか、それは分からない。
現在から二千年前——そんな、今となっては存在しない魔法と呼ばれた奇跡が存在していた時代。
“彼女”は——そんな時代の只中に生を受けた。
死にかけている世界の中、誰もが諦め、嘆いているばかりだった世界を——ただ一人、変えようとしていた少女。
何の力も持たずに生まれた弱者の彼女は、しかし誰よりも何よりも強い意志と希望を持って、たった一人、未来を見据えて生きていた。……誰もが絶望していた世界で、彼女だけが未来を見つめていた。
“ボク”が彼女を見つけたのは、ただの偶然だった。狭く淀んだ穴蔵の中で、誰の目にも触れられずに終えようとしていた命は、だが確かに強い決意と熱を湛えて願いを口にした。
「力が欲しい」
そう願った彼女に興味を持った。
彼女は明らかに死にかけていた。まともな食事も教育もされていない彼女がやっと、初めて口にした願望は、己の保身でもなく復讐でもなく——誰かを助けることだった。
不思議だった。その目に映っている景色には絶望しかないはずなのに。どうしてそうまでも強くあれるのか。
何故絶望しないのか。諦めないのか。……どうしても、理解が出来なかった。
だけど、
ボクは彼女の味方になりたいと——願った。
「キミの力になろう。——ボクを使って」
気付けばそんな提案をしていた。彼女はとても、驚いた顔をしていたように思う。……ああでも、その後に笑っていた。
——これが全ての始まり。ボクの初めての間違い。
後悔することになる。彼女に力を貸したことを。彼女の味方になったことを。彼女に出会ってしまったことを。
知らなかったのだ。彼女が何を思って僕に微笑んでいたのか。
気が付かなかったのだ。彼女が力を欲しがった本当の理由に。
彼女は後に大量の人間を殺害する。魔物と呼ばれる異形を創造し使役し、世界中の人間全てから“災厄の魔王”と恐れられるようになる。
そしてこの出会いから僅か二年後——命を落とすことになる。
一気に投稿してしまいました
区切りが付けづらかったので文字数ばらばらで一人称視点も分かりにくいかもしれません
…あれ?これ前書きで書くことですね書いてきまーす