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第5話 見えないものを見ようとして

「ナギさんとレビィって同じ石鹸の匂いしません?」


「お前めっちゃ童貞臭いぞ」


 唐突だが、後輩のユウキはどこかズレている女性である。だがしかし、タチの悪いことに彼女は自分を常識的だと思っている。


 彼女は肩をすくめて、わざとらしくため息をついた。


「やれやれ」と首を振っているのが腹立つ。


「ナギさんは僕の憧れの女性なんですよ?だから、彼女の事を知りたいと思うのは当然ですし、彼女が隣に来たときについ深呼吸をしてしまうのもまた道理なのです」


 コイツは道理の意味を知らないのだろうか。


「いやまぁ、あの二人同居してるしな」


「へ?」ユーキの口からなんとも間の抜けた音がでた。


「どっどっどっど同居ですか?女性二人で?」


「おう。一年前はそうだったぞ」


「なんでですか?」


「さぁ。レビィはお金持ってなさそうだし、泊めてあげてるんだろ」


「ちょっとそれは、しんどいですね」


 しんどいってのは確か、『“推し”に対する尊さでナントカ』ってレビィが言っていた。


 この場合、ナギさんはユウキの“推し”ってことになるのだろうか。


「しんどくはないだろ。現実を見ろ」


「いや、これはもう妄想が止まらないです」


「仕事しなさいよ」


「してますよ。手は動いてますから」


 そう言う彼女の手元を見ると、指がキーボードの上を縦横無尽に動いていた。


 妄想をしながら、よくもまぁ器用にブラインドタッチができるものだと感心する。


「先輩こそ仕事しないんですか?」


「さっき任務から帰ってきたばっかだし、休憩中」


「ああ、なるほど。今日は結構早かったですね」


 そう言われれば、最近はライブを見たりおっさんの酒に付き合ったり、長丁場な任務が多かった気がする。


「感染者はどんな症状でしたか?」


「“見えないお友だち”が見えたらしい」


「はい?」


 今回の感染者は長髪の男だった。


 知らない海外バンドのTシャツを着ていて、顔のいたる所にピアスをあけた、ファンキーな男だ。


 彼は駅前の植木に座り、虚空を見つめながら見えない誰かと会話をしていた。


 正直そのまま帰りたかったが、一緒に任務に就いていたメイリとのジャンケンに負けたので、渋々自分が話しかけたら、案外話の通じる男だった。

 

 ちなみにその“見えないお友だち”はたかしくんという名前らしい


 僕が“喰人”について説明する度に、たかしくんに笑いかけていたのがめちゃくちゃ怖かったが。


「……ヤバい人じゃないですか!」


「失礼な事を言っちゃダメだ。その人は“喰人”に感染した被害者なんだ」


「くっ!先輩のくせに正論を……!」


「もうちょっと先輩をリスペクトしてよ」


「リスペクトできる姿を見せてから言ってください」


「お前が任務に出るようになったらな」


 ユウキはまだ任務に当たったことは無く、事務所で“休憩”している時しか一緒に居ない気がする。


 ならば、彼女にリスペクトしてもらう為には、自分が任務に就いている姿を見せればいいのではないか。そう思って発した言葉だった。


 すると、彼女はタイピングをピタリと止め、少し憂いた表情を見せた。


「……そういや、僕はいつから任務に出られるんですか?入職してからもう半年近くなりますが」


 彼女はそう言ったが、僕は入職した2年目に『さだめ』に配属され、その初日からナギさんと任務に就いていた為、新卒である彼女の状況はよく分からなかった。


「多分、ナギさんにも考えがあるんじゃないか?彼女が帰ってきたら一緒に聞いてみるか?」


 この程度しか回答できないのは申し訳なかったが、彼女は少し楽になったのか、「ありがとうございます」と微笑んだ。


 一時間ほど経って、ナギさんが会議を終えて帰ってきた。


 思うのだが、管理職というものは会議ばっかりだが、一体何を話し合っているのだろうか。今晩のおかずとかかな。


 しかし、それを聞くのはまた次の機会にしよう。今は後輩の悩み事を解決することが先決だ。


 僕はユウキを連れて彼女が座っているデスクの横まで行く。


「すいません、ナギさん。ユウキが聞きたいことがあるそうです」


「おや、珍しいな。どうした?」


 彼女はパソコン用の眼鏡を外して、ユウキの方を見る。


 はじめは緊張で「あの……その……」と口をもごつかせていた彼女だったが、やがて深呼吸で息を整えると、伏していた顔を上げて、はっきりと自分の思いを口にした。



「レビィと同棲してるってホントですか!?」



 違う。そうじゃない。



「確かにしているが、それがどうかしたか?」



 違う、違う。そうじゃ、そうじゃない。


 ユウキはバカなのだろうか。そして僕の上司は何故、その質問に顔色一つ変えずに答えられるのだろうか。


「いえ!それさえ聞ければ満足です!」


 満足なのか。先ほど見せた憂いた表情は何だったのか。何故、顔を赤らめているのだ。


「そうか。仕事で分からない事があれば、いつでも聞いてくれ」


 上司よ。その質問は全く仕事と関係ないぞ。


「はい!」


 元気を取り戻したユウキは、今まで見たことのないほど笑顔になっていた。


「はいじゃないが」


「あれ、どうかしましたか?」


「いつから任務に出られるか聞くんじゃなかったのか?」


「あ」


 彼女は開いた口に手を当てた。任務のことなどすっかり忘れていたようだ。


「ナギさん、ついでに聞いてもいいですか?


 僕っていつから任務に出られるんでしょう?」


 ついでかよ!という言葉を飲み込んで、僕は真面目な表情を崩さずにナギさんを見る。


 彼女は身を乗り出して質問してくるユウキに動じること無く、淡々と口を動かす。


「別にいつでもいいぞ?」


「え?」


「任務に関して、特に年齢制限はない。ユウキは新人だし真面目だから事務作業をやってもらっていたが、任務に出たいと言うなら明日にでも出動してもらって構わん」


 そう言うと、ナギさんは引き出しの中から携帯端末を取り出してユウキに渡した。


「任務に出る際はソレを持っていくように」


 ユウキは渡された端末に目を輝かせて、嬉しそうに僕を見た。


「ありがとうございます!やりましたよ先輩!」


「やったな」


 一時はどうなるかと思ったが、これで一件落着のようだ。僕は喜ぶ後輩に胸を撫で下ろす。


 しかし、自席に戻ろうとしたその時、ナギさんがおもむろに口を開いた。


「まぁ、そこのバカが真面目に事務作業をしないせいでもあるがな」


 瞬間、場の空気が硬直する。


 少しの沈黙、背中に恨みのこもった眼差しを感じる。


 ちら、と振り返ると、案の定ユウキがジトっと僕を見つめていた。


「やってくれましたね先輩」


 僕は考えた。ここで汚名を返上しなければ、金輪際、彼女からのリスペクトは得られないだろう。


 となると、どうやって彼女の評価を上げようか……。


「はっはっは。何が食べたい?」


「焼き肉がいいです」



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