第2話 外国人盆踊リスト、駅前留学3時間の巻
僕の名前は小米優希。
この春から対ウイルス部隊『さだめ』に入職した新社会人だ。
なんか強くてカッコ良さそうな名前だったので、就活が始まると同時に応募してみたら、書類選考と1回の面接で合格した。
初めての内定に浮かれた僕は「なんだ、就活なんてカンタンじゃないか」と大学生活の残りを遊び呆けてしまった。
考えが甘すぎたかなと、今になって思う。
「おはよーございます」
事務所に入ると、なかなかに狭いフロアには昼だというのに一人しかいなかった。
「おおーす。もう1時だけどな。遅刻はいかんぞー」
挨拶を返して来たのは2、3コ年上の先輩のテンキさんだ。
自他共に認める働かない男だ。
事務所にいる彼は大抵バナナやお菓子を食べながら雑誌やら動画投稿サイトを見ていて、ナギさんによく注意されている。
あまりにも働いている所を見たことがないので、以前「何故そんなにも働かないのか」を訊ねたことがある。
返ってきた答えは、「僕はお金が欲しいから出勤しているだけで、働きたいわけじゃない」という素っ頓狂なものだった。
ナギさんにも飲み会の時にそれとなく訊ねてみたが、「アイツに内勤は無理だ」と半ば諦められていた。
オフィスチェアを120度くらいに広げて雑誌を読んでいる彼の横の席に腰を下ろす。
「自分、今日午前休みですけど」
「え?この会社、午前休なんてとれんの?」
彼は真顔で、目を見開いたまま眼球だけを移動させて僕を見つめてきた。気味が悪い。
「当たり前じゃないですか」
「お前……当たり前のことを当たり前なんて思っちゃいかんよ。
先人の犠牲の上に僕たちは『当たり前』を謳歌しているんだ」
また始まった。テンキさんは“深そうだけど、少し考えたらメチャクチャ浅い”ことをよく言う。
こういう時に彼のペースに乗ると、30分は無駄な時間を過ごすことになるので、軽く無視するのが良い対策だ、というのはメイリさんの弁。
「なるほど。そういえば、他の皆さんは?」
「そういや、ランチから帰って来てないな」
「ナギさんも一緒なのに珍しいですね」
ナギさんは自分の時間に厳しい。遅刻はしないし、残業もしているところを見たことがない。
それでいて仕事はすごくスピーディかつ丁寧で、新人である僕にも優しい。
クールビューティーという言葉がぴったりで、僕の憧れだ。
そんな話をしていると、事務所のドアが開いてナギさんが黒髪を揺らしながら入ってきた。
「すまん。遅れた」
「あれ?お二人は?」
「ああ、途中で連絡が入ってな。直接“喰人”退治に行ってもらった」
「女性二人は危なくないですか?」
単純に気になったので聞いてみたら「テンキより十分強い」と言われた。
確かに、テンキさんは弱そうだ。
「あの僕今来たんですけど、今日の仕事は何をすればいいでしょうか?」
新人の僕にはまだ任務は来ない。その代わりに事務作業を行っている。
「締めの書類が沢山あるぞ」
彼女にそう言われて、僕は急いで椅子に座り、メールをチェックする。
未読メールが数十件届いていて身震いした。
ちなみに、新卒である僕の仕事は殆ど事務作業で、テンキさん達みたく任務に出ることは未だにない。早く任務に出られるようになりたいと思う。
「事務員とか雇ったらいいんじゃないですか?」
冗談半分でナギさんに要求すると「そんな余裕はない」と一蹴された。
「全部が全部、今日までの作業じゃないだろう?
締めが早いものから手を付けていけばいい。それと……テンキ、お前も手伝ってやれ」
「嫌だと言ったら?」
テンキさんは腕に手を回してナギさんの目を見た。バカだと思う。
「解雇」
彼女の口から氷柱のような言葉が吐き捨てられた瞬間、テンキさんは背もたれを直角にした。
そのやる気は一体いつまで持ってくれるのだろうか。
半信半疑で少し期待もしつつ、僕はコーヒーを持ってこようと思い、マフラーを外して席を立った。
砂糖をうんと入れよう。
コーヒーは、できるだけ甘い方がいい。
その後、彼のやる気はナギさんが外出すると同時に霧散した。
“いってらっしゃい”の“ゃい”で消えた。
「ちょっと、まだ1時間くらいしか作業してないですよ」
「1時間働いたら3時間休む。心の師であるニック先生の教えだ」
「誰ですかそれ」
「第二外国語の講師だった。ニュージーランドから来てたらしい」
「関係性ペラペラじゃないですか」
そう言うと、彼はニックがいかに素晴らしい講師かという事を語り始めた。
顔も知らない外国人講師に興味は全く無いので適当に生返事していたら、事務所のドアがまた開いた。
「お疲れ様でーす」
「オツカレー」
入ってきたのはメイリさんとレビィ。
メイリさんはテンキさんの同期で、スレンダーな金髪の女性だ。
住んでいるアパートが近い為、基本的にスウェットやジャージなどラフな格好で出社してきている。
また事務所内のあちこちに彼女の私物と思われる雑貨が点在しており、自分の家の一部だと考えているフシがある。
一方、レビィは年下で褐色肌の女の子だ。アニメに影響を受けたらしい長い髪を銀に染めている。
なんとまだ十代らしい。事の経緯は知らないが、ナギさんがスーパーハッカー人材として某アメリカ国から取り寄せたという。
しかし、実際はパソコンの電源ボタンすら分からないポンコツヒスパニックだった。
なんとかナギさんが日本語を教えたらしい。
「レビィ。帰ってきて早々悪いんですけど、この前提出してもらった書類、不備しか無かったから差し戻しといたよ」
「エエッ!!?ワタシの作った書類のドコに!?」
彼女は基本オーバーリアクションだ。ちなみに身体も色んな所が大きい。
「名前含めて全部」
「Oh……ニホンゴ難しいからショーガナイよ」
「レビィのって英語じゃなかった?」
「……実は私フランス人なんデス。ボン・そわール?」
「おいおい、だとしたら入国管理局に突き出すぜ?」
適当な嘘で言い訳した彼女にテンキさんが突っかかる。
「おいおい、TENKI。ただのアメリカン・ジョークじゃないか、HAHA」
「こりゃ一本取られたぜ」
「何寒いコトやってんの」
つまらないジョークに苛ついたのか、メイリさんが彼のつむじをプラスチックファイルの角で軽く叩く。
中身が空だったのか、スコっと間抜けな音がした。
「いって!カドで叩くなよ。ハゲるだろ?」
涙目になったテンキさんが文句を言うと、メイリさんは真顔になって「もうハゲてるけど」と彼の脳天を指差した。
「嘘!?」
そう言って洗面所に駆け込む横目で見て、彼女に話しかける。「お疲れさまです。任務はどうでした?」
「んまぁ、ラクだったかな。英会話教室の先生が駅前で泣きながら炭坑節を踊ってた」
「バグってますね」
「いや、バグってたんだって」
「体が勝手に動きだしたって言ってタヨ」
「やっぱ“喰人”って恐いですね」なんて言って3人で話していると、テンキさんがギャーギャー喚きながら帰ってきた。
「おい!頭から血ぃ出てたぞ!血!」
「ハゲて無くて良かったじゃない」
「生きてることに感謝ですよ」
「強ク在レ。サスレバ与エラレン」
「傷ついた人が目の前にいるってのに……これが無関心社会か」
彼は頭部を擦りながらブツブツ言うと、何事もなかったかのように自分の席に座って、机の上に置かれた雑誌を読み始めた。
「結局仕事しないんですか」
「怪我しちゃったし、安静にしないとな。それに、あっちの二人も仕事してないじゃん」
「彼女たち、今戻ってきたばっかですけど」
「そうだヨ。それに1時間働いたら3時間休むのが健康にいいんダッテ」
僕とテンキさんの時間が止まった。
どこかで聞いたことのあるフレーズだ。
「さっき保護したニックっていう外国人が教えてくれタンダ」
「ニックぅぅぅぅ!!」
いきなり泣き叫びだしたテンキさんに僕含め三人がドン引きしていると、事務所のドアが勢いよく開き、ナギさんが肩を上げて入ってきた。
「うるさい!外まで聞こえたぞバカ!」
「ナギさん!僕の大学時代の恩師が“喰人”に!!」
「なんだって?」
泣きながら縋りつかれてナギさんも流石に慄いたのだろうか、彼女は慌ててメイリさんに何があったのか訊ねた。
「テンキの恩師は駅前で盆踊りしてました」
直後、凍りつく事務所内の空気。
見つめあう二人。
耐えきれなくなって吹き出したレビィ。
握った手をテンキさんが放した瞬間、彼女はノートパソコンで彼のつむじを強打した。
「いっづぁあ!!ハゲるぅぅ!」
地面をのたうち回る彼を無視して、僕たちは何事もなかったかのように仕事に戻った。
仕事ってなんだろうか。
“ダメな見本”を見下ろしながら、僕は冷めたコーヒーを啜る。
まったりとして、甘い。