第9話 面接で緊張するのは面接官も同じ(後編)
【三行で理解る前回のあらすじ】
①就活の時期だから「さだめ」も面接するよ。
②主人公のテンキ君が面接官になったけど、ゴミみたいに使えなかったよ。
③テンキ君の晩ご飯が"サバの味噌煮"になったよ。
【以上。三行で理解る前回のあらすじでした】
■ 3人目 ■
「テンキ。次ちゃんと面接しなかったら、外すかんな」
メイリの三白眼が僕を睨む。
赤い手形の付いた頬の痺れるような痛みを耐えつつ、僕は表情を引き締める。
「分かったよ。次からは本気出す」
「最初から出しとけ」
というわけで本日3人目の面接の時間である。
しかし、予定の時刻になっても誰一人として会議室に入って来なかった。
気になって会議室を出て、オフィスに居たユーキに声をかけたが、事務所にも誰も来ていないそうだ。
「おかしいな?メールとか来てないの?」
メイリに訊ねたが、彼女はしかめた顔を横に振る。
「たまにあるよ、こういうの。ドタキャンって奴?」
「ってことは不合格か?」
「まぁね。一報でも入ってれば別だけど、その程度の連絡も出来ない奴に仕事は無理でしょ」
なるほど、毎日無断で遅刻してくる人が言うと、言葉の重みが違うな。
本音を歯の裏に隠し、僕は「なるほど」とだけ口にした。
■ 4人目 ■
さて、気を取り直して本日4人目の面接である(僕にとっては実質1人目だが)。
今回の相手は、ダボっとした感じの、取り立てて特徴のない青年だった。
先ずは同僚のメイリが履歴書を見ながら質問し、簡単な自己紹介に入る。
彼が簡単な自己紹介を終えると、すかさず僕は、就活生に対し質問を投げかける。
「それでは、弊社を志望した理由があれば、教えていただけますか?」
それに対し、彼は一拍おいて、用意してきたであろう答えを語り始める。
「はい。私は、大学で情報システムを研究しており、……」
僕は適度に相槌を挟みながら、次の質問のタネを探す。
「それでは、趣味もPC関係だったり?」
「いえ、中学校の頃から部活でフットサルをやっておりまして」
そこからは、特筆して言うべきこともない、何の変哲もない面接だった。
就活生が退室した後、僕は頬杖をついて端末をいじるメイリに胸を張った。
「どうだ?僕もやればできんだよ」
「……え?いや、別に普通じゃん……」
"何言ってんだコイツ、馬鹿か?"
彼女の彼女の半開いた眼は、確かにそう言っていた。
「まぁでも、今までのクソに比べれば十分かな」
「だろ?もっと褒めてもいいぞ、僕は褒められて伸びるタイプだ」
「調子に乗るの間違いじゃないの?」
■ 5人目 ■
そんなこんなで本日最後の就活生の時間だ。
会議室のドアを叩く音。
隣に座ったメイリが「どうぞ」と言うと、端正な顔立ちをした眼鏡の女性が入ってきた。
いかにも秀才って感じの、クールでオデコの広い女性だ。
ショートの七三分けヘアが、彼女の広いオデコをしっかりと強調している。
さらに言えば、照明の関係で彼女のオデコが輝いているように見える。
いや、別に僕がオデコ好きという訳ではない。ほんとに。
目立つものを注視してしまうのは人間の性である。
しかし彼女のオデコに気を取られていた隙に、自己紹介が終わろうとしていた。
いけない。せっかく"真面目にやる"モードに入ってきたのに、これでは台無しだ。
僕は気を取り直して、先ほどの面接と同じ流れで、彼女に志望動機を訊ねた。
数秒の沈黙を置いて、彼女は口を開いた。
「動機はある"喰人"ウイルスの撲滅です」
彼女の一言で、会議室の空気が変わった。
強い意志と憎しみが込められた、重たい言葉だ。
僕は、瞬時に神妙な表情に切り替える。この空気は"シリアス"モードだ。
同じように真剣な顔になっているメイリが彼女に言葉を返す。
「撲滅、とは大きく出ましたね……」
「"蜘蛛"」
「!!」
「御社も把握していると思います。レベル5の"喰人"……私の家族は、"喰人"に殺されたのです」
彼女は、悲哀と怒りの混じった声と共に、僕たちを見る。
その瞳には、一点の曇りのない確かな意志が宿っていた。
「これが私の動機です。大層な戯言かと思いますでしょうか?」
彼女の非常にまっすぐな志に対し、メイリは非常に苦しそうな顔で言い淀む。
「……いいえ。私はそうは思いませんが、しかし……」
彼女の真摯な言葉に対する、適切な言葉。
それは、あるにはある。しかし、非常に残酷な言葉だ。
……この組織に入り"喰人"の撲滅を目指すなど、彼女には悪いが、余りにも非現実的なのだ。
その真実を告げるには、メイリは優しすぎるのだろう。だから、ここは僕が彼女の代わりに回答することにした。
幸い、僕はコミュニケーション下手だ。
「あの、弊社では、そう言ったモノは取り扱ってないんですけど」
「えッ?」
女性の目が見開き、呆気に取られた声を出す。
どこかで話した気もするが、僕たちの組織は、基本的に危険性の低い"喰人"しか対象にしていない。
凶悪な"喰人"は、もっと有能な方々が処理してくれているのだ。
でなきゃ僕なんてとっくの昔に死んでるね。
まぁ、彼女が知らないのも無理はない。それは結構機密性の高い情報だ。
彼女は、額に汗を垂らし、助けを求めるように視線をメイリに移した。
しかし、メイリはなんとも申し訳なさそうに頷くだけだった。
「色々と調べてくれたことはありがたいんだけどね……」
「あ、あ……」
彼女の顔がタコみたいに赤くなる。それまで僕らが抱いていた、彼女の秀美な印象が、一気に崩れた瞬間だった。
もちろん、面接も終わった。
■第9話 面接で緊張するのは面接官も同じ ■
僕が面接官をしてから、はや一週間。
朝、出勤してコーヒーを淹れている間、なにとはなしにナギさんに話しかけた。
「ナギさん。先週、僕が面接した子、どうでした?」
「ん?……ああ、合格者は居なかったな」
「あ~やっぱり難しいんですかね。この業界に適した人材かどうか判断するのは」
彼女は深いため息を吐いて、残念そうにつぶやく。
「だが、あの女性の就活生だけは惜しかった。
残念ながら"さだめ"とは目的が合っていなかったので落としたが、情報庁の方に推薦を出しておいた」
「あのオデコの子ですか?」
「名前くらい覚えておけ。彼女の名は小谷場だ」
僕を睨むナギさんの目はいつものように冷たい。
しかし、どうにも人の名前を覚えるのは苦手なのだ。人に興味がないからだろうか。
「へぇ~……そういえばナギさん。あれから僕、面接してないんですけど、希望者来てないんですか?」
「いや、来ているぞ。だが、メイリが"テンキはもう要らない"と言っていたんでな」
「え?なんでですか?」
淹れたてのコーヒーを啜りながら僕は訊ねる。
理由は火を見るよりも明らかだが。
「クソの役にも立たんからだと」
「やっぱ難しいんですよね」
「だったらさっさと任務に行け。適材適所だ」
「えー……嫌です」
「やれ」
その声もいつも通りの冷たさだ。
「はい……」
今、僕に温かくしてくれるのは、このコーヒーだけだ。