番外 薄い肉
「へぇ、ここの焼肉屋。ランチやってたんですね」
「ああ、少し前から始めたらしい」
メイリとナギの二人はその日、昼休憩を事務所近くの焼肉屋で過ごしていた。
ナギが持ってきたチラシには“平日限定焼肉ランチ 500円”の文字が大きく印刷されている。
「ここって夜は一人4、5千円しません?なんか安すぎないですか?」
「広告費代わりか何かじゃないか?この店は味もいいし、リピーターも増えるだろう」
「そーいうものなんですねぇ……あ。そう言えば昨日、テンキがユウキちゃんとここに来たらしいですよ」
「知っている。奴にもやっと、先輩としての自覚が芽生えたらしい」
「あ、そっちの話なんですか?」
「?そっちとはなんだ」
「あぁ~なんでもないですよ」そう答えた彼女は長い髪に隠れたうなじを軽く掻いた。
「失礼します。こちら、限定ランチのお肉になります」
丁度その時、ウェイトレスがにこやかな挨拶と共に注文を持ってきた。
彼女は二人の前にそれぞれ、お肉の乗った細長いプレートとサラダ、茶碗を順番に置く。
「左から、タン塩、ロース、カルビ、豚トロ、ホルモンの5種類となっております。また、ご飯はおかわりが可能ですので、お申し付けください」
通りのいい声でそう言うと、ウェイトレスは慣れた手付きで七輪に火を付けて、席を離れた。
ここまで一見普通の焼肉店に見える。しかし、メイリは妙な違和感を覚えていた。
なぜ、500円のランチでこうも肉の種類が多いのだろうか?
まさかヤバい肉でも使っているんじゃないか?
わずか10秒にも満たない短い思考時間で、彼女は一つの答えにたどり着いた
彼女は白い皿に乗ったタン塩を箸でつまみ上げると、「なんか。薄くないですか。肉」とポツリと言った。
彼女の言う通り、そのタン塩は文字通り透き通った、かなり淡いピンク色をしていた。
他の肉もギリギリ三次元的な薄さにスライスされており、唯一普通の大きさのホルモンも、皿の隅っこにぽつんと置かれていた。
「え?これ逆にすごくないですか?ナギさんが持ってるチラシ並にペラッペラですよ」
「なるほど、こうして劇的なコストカットを実現させたのか」
「いや、ナギさん感心してる場合じゃないですよ。一つしかないホルモンとか哀愁しか感じないですよ」
「そこまで驚くことじゃないだろう。いくら薄くても、良い肉を使っていることには変わりない。むしろ、500円で様々な味を楽しめる点では十分気が利いているんじゃないか?」
そう言いながら、彼女はタン塩を七輪の上に置く。薄い肉には一瞬で火が通り、香ばしい匂いがメイリの鼻をくすぐった。
ナギはそれを素早くレモンのタレにくぐらせて、口へ運んだ。
そのナギの姿を見て、どんなに薄くても肉は肉なのだと言うことを、メイリは本能で理解した。
「なるほど。どんなに現代人の信仰が薄れても、心の中には神が存在し続ける……そういう話ですよね」
「いや、違うが」
「あれ?……まぁいいや。それじゃ、私もお腹へったんでお肉焼いていきます」
七輪に手を伸ばす彼女を、咄嗟にナギが静止する。
それは、はっきりと拒絶を示すような声色だった。
「メイリ。私が焼こう」
「いや、悪いですよ」
「チャーハンを炭化させるお前が焼いても、七輪の炭が増やすだけだ」
「ナギさん、ライブ配信見てたんですか!?」
ビックリして身体を強張らせた彼女から強引にトングを奪うと、ナギは彼女の分も肉を七輪に置いて言った。
「ああ。テンキが爆笑しながら録画したものを見せてくれた」
「くっそ……今日アイツに会ったら蹴りいれてやる」
自由になった腕で頬杖をつく彼女の皿に焼けた肉を置いて、ナギがふっと微笑む。
「ついでに焼肉でも奢ってもらえ」
「それいいかも」