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第8話 言葉無き芒


 「何だこの量!」

 扉を開けるなり、連人は驚嘆の声を上げた。


 「驚きました?育苗課の皆さんが、丹精込めて育てた苗です。植え付け出来る状態の苗はここから、あそこまで。ふふっ。連人君が、何を選ぶのか楽しみですね」


 日の当たる窓際に、ずらりと並ぶ棚。そこに、整然と苗が並ぶ。

 「(やばい。知らない花が多過ぎる)えーと、おすすめとかって……?」

 連人は、助けを乞うように、槍太へと視線を送る。


 「内緒です」

 槍太にも育てている花があるはずだが、彼は口をつぐむ。連人の力量チェックは、もう始まっているのだ。


 「じゃあ、十二番農地が酸性寄りか、アルカリ性寄りか教えてくれ……ください」

 「やや酸性寄り。弱酸性です」

 槍太の答えを元に、連人は苗を選ぶ。


 「(弱酸性なら、適応する植物は多い……よな。多分。こんだけ色々揃ってるんだ。オレが育てたことのある花だって、探せばあるはずだ)」


 連人は、棚に並ぶ萎えを一つ一つ確認しながら、妙に細長い部屋を進む。

 「これとか、切り花に出来るのか?花持ち悪くねぇ?」

 「大丈夫です。生花部には、花の劣化スピードを遅らせる魔法の持ち主がいますから」

 「そんな魔法もあるのか」

 花持ちを気にしなくて良いのは便利だなと、連人は思う。


 「ん?」

 人の気配に、連人が視線を向ける。広い作業台の前に座り、黙々と業務をこなす人物。少女のようにも見えたが、ここでは連人が最年少。彼女は間違いなく成人である。


 彼女の方も連人に気付いたが、すぐに視線を外してしまった。目が合った時間は、一秒にも満たない。それでも連人は、彼女の大きな瞳に、吸い込まれるような感覚がした。

 あご下で切り揃えられた髪には、ウェーブがかけられ、毛先がゆらゆらと揺れる。その髪の向こうから、ほんのり桃色に染まった頬と、すこし低い鼻が覗く。


 「(すっっっっっげー可愛い)」

 異世界で知り合った者は、割に美男美女が多かったように思う。矛や鍔姫は勿論、盾も印象の良い顔である。高齢な馬澄も、土台の良さは十分に伝わる。

 しかし、彼女はその比ではない。顔のパーツは鍔姫の方が整っている気もするが、彼女には何とも言えない魅力がある。小さな手だったり、控えめな口元だったり。眉にかかる前髪も、華奢な肩も、全てが特別に見えた。つまるところ、連人好みの容貌なのである。


 「彼女は、育苗課種蒔き班の雲江くもえ千刃ちはさんです」

 連人に、そう紹介した彼は、千刃にも連人を紹介する。


 「千刃さん、こちらは綾谷連人君。草花班ですよ」

 彼女は、相変わらず下を向いたままだったが、彼等の声は、しっかり届いていた。


 「(あからさまに『綾谷』に反応したな。ま、仕方ないか。公務員は反雲居派を差別しないらしいけど、個人の感情は別なんだろうし。仕事上、本音と建前を使い分けてるってだけの人間がいても、不思議じゃなぇよな)」

 連人は、これ以上彼女に不快感を与えないよう「宜しく」とだけ挨拶をした。彼女はそれに、無言のお辞儀で返した。


 「ちなみに、あの十二番農地を担当した土壌課の職員は、千刃さんのお兄さんです」

 「え、マジ?兄妹揃って真面目なんだな」


 連人の言葉に、千刃が顔を上げる。彼女はやはり無言のままだったが、その表情は、連人に疑問を投げかける。「どうして、そう思うの?」と。


 「あの畑さ、どっかで触った気がするなーと思ったら、ばーちゃんの土に似てるんだよ。マメに手入れした畑って感じがする。オレみたいな放任主義と違って……あ」

 今は、連人の力量チェック中。放任主義発言は、心象が悪いのではと、連人は槍太の顔色を窺う。


 「どうぞ、続けてください」

 「……はい」

 連人は一抹の不安を抱えながら、言葉を続ける。


 「ええと、千刃……さん、も、種を丁寧に扱ってるなと思う。正直、オレはもっと雑にやってた。だから、何つーか……うん。二人とも本当に花が好きで、誠実に付き合ってるんだろうなって思ったんだ」

 連人が言い終えると、千刃は再び無言で下を向き、自分の仕事へと戻った。しかし連人は、彼女が僅かに微笑んだのを、確かに見た。


 「オレももうちょい真面目にやんなきゃな」

 連人は苗選びを続行した。とはいえ、見知った植物を選ぶという方針に、変わりはない。


 「(オレは多分、自分が楽をするために、知ってる花を選ぼうとした。失敗のリスクが減るわけだから、育てやすい品種を選ぶこと自体は間違ってない。けど、それはあくまでも自分のためだ。花のためでも、どこかで泣いている遺族のためでもなかった。思い出せ。オレは何のために、ここへ来た。会ったことも無い誰かの役に立つ方法なんて、オレは知らない。なら、せめて、オレが知る『花の力』を、あの十二番農地で形にしようーー)」



 連人は、選んだ苗を十二番農地へと運ぶ。

 「あれ、誰かいる」

 先程まで誰もいなかったはずの十二番農地に、大柄な男が立っていた。


 「おーい新入りー。道具運んどいてやったぞー」

 「……僕は連人君に全部やって貰うつもりだったんですがね」

 思いがけないお節介の出現に、槍太は呆れた声で言う。


 「彼は土壌課の刀矢とうや君。先程お会いした千刃さんのお兄さんです」刀矢は、華奢で弱々しい千刃とは似ても似つかない。筋肉隆々、漢らしさの塊のようなタイプである。長い襟足や、いくつものピアスが、ワルな雰囲気を醸し出しているものの、澄んだ瞳からは、そこはかとない良い人臭が漂う。


 「兄貴!!」


 誰がどう見ても兄貴。異論は認めない。


 「……盾と同じ反応する奴がいたとはな。ま、細かい事はいいか。ところで、妹と何か話したか?」

 「話したというか、何というか……」


 連人は、彼女の声すら聞いていない。何となく、お互い言いたい事は通じた気もするが、あれを会話と呼んで良いものか、連人は首をひねる。


 「喋んねぇだろ、あいつ」

 「……はい。あの、オレが『綾谷』だからってのは、関係……あるんスかね?」


 彼女の反応から、連人はそう思った。


 「微妙だな。あいつは誰に対しても、ああやって距離を取っちまう。だから、たとえ連人が綾谷じゃなかったとしても、自分から話したりはしないだろう。ただ、反雲居派に対して、何も思うところが無い訳でもない。何を隠そう、オレ達の両親が反雲居派だからな」


 反雲居派の二世。その話は、以前馬澄に聞いた。親や先祖が反雲居派だからといって、本人もそうとは限らない。


 「オレは、両親を尊敬してた。雲居教も、それによって選出された王家も間違っている。本気で、そう信じてた。学校でも『オレの両親は英雄になるんだ』って、自慢して回った。嘲笑されても、気にならない有り様でよ。今にして思えば、洗脳みたいなもんだったろうな」

 遠くを見つめる彼の目には、後悔の念が滲む。


「だが、千刃は違った。周りから浮いたり、他人と違うことをするのが嫌で、反雲居派のことは、ほとんど口にしなかった。……馬鹿な兄貴のお陰で、家の内情は全部筒抜けだったがな。それでも、仲のいい友達はいた。友達と普通に遊んで、普通の学校生活を送ることが、あいつの幸せだった。なのに、両親がそれを壊した」

 「壊した?」


 「千刃が雲居教徒と親しくしていたのが、気に障ったらしい。千刃が友達の家で遊んでいたところに、怒鳴り込んだ。その日を境に、千刃と遊ぶ奴はいなくなった。あいつ自身は何もしてないってのに、クラス中から腫れ物扱いされてよ。ある時、通学中に『家も学校も嫌だ』って泣き出しちまった。結局通りかかった人が通報してくれて、オレ達は学校へ行かず役所に直行。今は雲江家の養子として、普通に暮らしてる」


 雲居教徒だの反雲居派だの、連人にとっては「異世界のちよっと困った常識」という程度のものだった。たかが名字に雲が入らないくらいで、と連人は思っていた。連人は今日、本当の意味での当事者と、初めて出会った。


 「王家の言い分と反雲居派の言い分、どっちが正しいかなんて分からねぇ。だが、妹を泣かすのは、絶対に間違っている。……っつー訳だからよ、多少付き合い辛くても、仲良くしてやってくれ。あの一件以来、人付き合いが怖くなっちまったみたいだが、一人が好きって訳でもないからな」

 それは、何となく連人にも分かる。彼女は、言葉こそ発しなかったが、連人とのやり取りには応じていた。


 「さーて、オレもそろそろ戻るか。生花部での初栽培、上手くいくと良いな」

 刀矢は連人の頭に、ポンと手を置くと、自分の仕事へと戻って行った。


 最新の農具、便利な耕運機……なんてものは無い。生花部は予算が少なく、新入りにまで、新しい道具は回って来ない。しかし、連人はもともと旧式且つオンボロの農具を使っていたので、あまり不便さは感じなかった。どちらかというと、最大連続労働時間の縛りに困惑した。連人の最大連続労働時間は、平均と同じ二時間なのだが、夢中で作業していれば、二時間などあっという間である。


 苗の数は、自分の管理能力を超えないようにという、槍太の言葉に従い、やや少なめ。山奥との環境の違いに、若干の苦心はあったが、特に大きな問題は無く、終業時間までには、全て植え終わった。この間、槍太は自分の仕事をこなしつつ、合間に連人の様子を見に来ていた。


 「こんなもんかな」

 植え付けた苗に水をやり終え、連人は一息つく。


 「お疲れ様でした。汗はちゃんと拭いてくださいね。冷えると風邪を引いてしまいます」

 そう言って、槍太はタオルを差し出す。


 「ども。……なんか、槍太さんって『上司』って感じしないっすね」

 「よく言われるんですよね、それ。『もっと上司らしくしろー』とか『部下に舐められるぞー』とか。まあ、実際のところ、班をまとめているというだけなので、持ってる権限は皆さんと同じですからね」

 馬澄は意識して謙虚に振舞っているが、槍太の場合、本人の性分なのだろう。彼には、偉そうに振る舞う才能が無いのだ。


 帰宅した連人を、馬澄が出迎える。


 「気になって気になって、仕事が手につきませんでした」

 「爺さんは心配性だなあ。全然大丈夫だったぜ」


 不安だったのは最初だけ。案ずるより産むが易しとは、よく言ったものである。


 「まったく。心配は不信感の裏返しですよ、お爺様。私は連人さんを信じてますので。ええ」

 祖父より冷静な孫は、何故か得意気だった。


 一方の十二番農地では、植え付けられた苗を槍太が確認していた。

 「(リンドウ、ホタルブクロ、カモミールですか。山育ちのようですし、リンドウとホタルブクロは、自生していた株を移植して育てていたのでしょう。カモミールは……薬効目当てでの栽培、かな? 薬の入手が難しい環境だったから、薬効の高い植物を植えていた、といったところですか。いずれも、連人君にとって、馴染み深い植物なのでしょう。彼の仕事ぶりは、子供の泥遊びのようでしたが……案外、ああいう子の方が向いているのかもしれませんね)」



 布団に潜り、重い瞼を閉じる頃になって、連人はふと思い出す。

 「あれ?確か室内で育てた苗は、数日かけて外の環境に慣らしてから植え付けるんじゃ……。あー」

 あの流れなら、誰でも即植える。もしや引っ掛けではと思ったが、多分、それはない。評価にどう影響するのか気になるところだが、それよりも睡魔が勝った。


 


 

 

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