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第7話 春の桜蘭


 年末の慌ただしさというのは、日本も異世界もあまり変わらない。皆ばたばたと、新しい年を迎えるための準備に奔走する。


 そんな只中にあっても、ここには吐息一つ聞き逃さないほどの静寂が満ちていた。雲貝タチの、埋葬地である。


 馬澄は胸に両手を重ね、お辞儀をする。これが、この国における祈りの形なのだろうと、連人は理解した。連人に信じる神などいなかったが、故人を悼む気持ちは変わらない。見よう見まねで、タチの、死後の安寧を祈る。


 

 「先日、生花部の部長とお話しましたよ」

 帰りの車中、馬澄は生花部部長とのやり取りを、連人に伝えた。


 「『栽培出来る花の選択肢が多い、春からいらっしゃい』とのことでした。それまでに、肉体労働適性検査を受けておきましょう。半日もあれば終わりますから、焦らなくても大丈夫ですよ。年始は屋敷でのんびりしてなさい」


 馬澄の言葉通り、連人はのんびりと正月を過ごす。しかし、当の馬澄は年末以上に忙しない。元日から女王と謁見し、雲居教の儀式に参列。屋敷に戻れば来客、来客、また来客。食事の時間も確保出来ないのではと、連人は心配になる。


 「爺さんも歳なのに大変だな」

 「そうですわね。私も必要があれば、お客様にご挨拶いたしますが、子供の私に用のある方はほとんどいらっしゃいませんし。いらっしゃったところで、つまらない縁談を持ちかけられるだけです。私は軟弱な貴族になんて、興味ありませんのに」


 美形で育ちも良く、財力があり、将来は権力の椅子が約束されている……さぞかしモテるであろうスペックだが、お金に困ったことの無い彼女の目には、何一つ魅力的に映らない。


 「変な男に貢いだりしないだろうな」

 「……?連人さんは変じゃないでしょう?」

 これには、さすがの連人も苦笑するしか無かった。




 馬澄の言う「肉体労働適性検査」は、連人が字面から想像した通りのものだった。

 「肉体労働における事故や怪我を防止するため、腕力や体力が適正値未満の方は、肉体労働をしてはいけません。そのように、法で決まっています」

 いつぞやの試験でも世話になった雲北刃が、今回も監督役を務める。検査自体は、他の人間が行うようだ。


 検査内容は、実に単純なものだった。


 「(肉体労働を出来るかどうか、確認するってだけなんだな)」 

 腕力や体力さえあれば出来る、簡単な動作を指示通り行うだけ。連人にとっては、情報端末利用免許の取得より、遥かに楽だった。もっとも、雲北を始めとする職員達は、真逆の感想を持っているのだが。


 「結果が出ました。連人さんの肉体労働適性ランクは、上から四番目のB1です。生花部なら、どの仕事に就いても問題ありません」

 「ちなみに、これは高い方なのか?低い方なのか?」

 特に必要な情報では無いが、基準が気になった。


 「肉体労働に従事されている方の中では、普通の範疇です。十九歳でこういう筋肉を付けている人は珍しいですが。トップのA1まで必要なのは、軍で昇進する時くらいですよ。入隊だけなら、B3以上が条件ですから」「アスリートとかは?」

 連人が思いつく限り、一番身体能力を問われそうな職業だ。


 「意外かもしれませんが、スポーツの分野では、適性検査を行わないんですよ。一律の基準では測定しづらいというのもあるのですが……アマチュアで活躍した選手に『プロになるんですね。じゃあ検査しましょう』というのは、あまり意味が無いんですよ。大体、プロを目指すような人は、子供の頃からばんばん大会にも出てますし。競技団体が独自に基準を設けていたりはしますが、国の方では特に何も」

 「そういうもんなのかー」


 その後は、今回の結果を国民名簿に登録したのだが、これも職員の仕事であるため、連人は待つだけで良かった。何はともあれ、生花部で働くための準備は整った。


 「(履歴書とかあんのかな。……検索しても出ないってことは、名前が違うか、それに相当するものが無いんだろうな。爺さん何も言ってなかったし、気にしなくても良いか)」


 連人は、情報を集めながら春を待つ。だが困ったことに、この国の情報端末というのは、長時間使用することが出来ない。二時間使うと、自動で電源が落ちてしまうのである。


 言うまでもなく、国民の健康を保持するために、つらら姫が作った法律である。眼精疲労、血行不良、骨格の歪み……それらを治すにも医療費、すなわち税金がかかる。「適度な休息を」と勧告をしてみたこともあったが、効果があまりにも薄かったために、強制的に休ませることにしたのである。中にはデバイスを二台保有し、しれっと使い続ける者もいるのだが。


 情報端末の自動電源オフには、もう一つの側面がある。この国には、個人の疲れやすさに応じて、最大連続労働時間なるものが設定されている。この時間を超えての労働は、違法である。国民の大多数が、これを二時間に設定されているために、電源が落ちるのも、二時間後なのだ。


 そんな状態では、なかなか思うように情報が集まらない。半分くらいはソシャゲのせいだったりするが、それはそれ。楽しみが無ければ、人生に張り合いが無い。

 ちょっとログインしたら、ちゃんと検索するのだから、それくらいは良いだろう。イベント期間短いとか、今回ロード多くね? とか、敵が無駄に防御バフもりもり高HPとか、そういう不可抗力でも無ければ、情報収集の時間は確保出来る。年中発生するこの現象を不可抗力と呼ぶかはともかくとして。


 ついでと言っては何だが、例の性行免許も取得した。情報端末利用免許の時より捗ったのは、端末確保のお陰で効率的な勉強法を選べたからに違いない。そうに決まっている。尚、この免許には異性間性行免許と同性間性行免許があり、連人が取得したのは前者である。


 年明け以降、検査や試験はあったが、比較的リラックスした生活を送った連人。年末に用意して貰った連人用の畑も、一役買っただろう。今は殺風景だが、少しずつガーデニング資材を買って、小さな花庭を作る予定だ。そこは、すでに美しく手入れされた、村雲邸の一角。周囲の雰囲気に合わせつつ、タチの好きな花を植えようと、連人は決めていた。自分が楽しむことも重要だが、庭の景観を損ねるのは、馬澄に申し訳ない。


 春の気配が感じられる頃になると、気温とともに、連人の緊張も高まっていった。連人は物怖じしない性格ではあるのだが、集団行動というのは本当に久しぶりで、上手く馴染めるのか、不安に思う。新しい環境に不安を覚えるのは自然なことだが、連人の場合、新天地どころの話ではない。これまでは馬澄という味方が側にいたが、仕事が始まったら一人で対処しなくてはならないのである。


 他に頼れそうなのはあの姉弟だが、矛は生花部とは異なる部署に勤め、盾は生花部の違う課に所属している。いつでも頼れる状態とは言い難い。


 そんな連人を尻目に、時間は容赦なく過ぎてしまう。対人関係だとか、責任だとか、そんなもの山奥には一つも無かった。自分の失態で、馬澄に迷惑がかかることだけは避けたい。連人は、この数ヶ月を省み、後悔した。時間はあった。もっと、沢山の何かが出来たような気がする。その『何か』が何であるかは分からないが、とにかく、他に時間の使いようがあったはずなのだ。連人は、とうとう覚悟が決まらないまま、その日を迎えた。





 「君が連人君ね。話は聞いてるわ。生花部部長、雲路くもじ鞘子しょうこです」

 きっちりと纏めた黒髪と、シワの無いパンツスーツが、いかにもキャリアウーマンという雰囲気の女性。彼女は、かつて矛がやったように、首から下げたカードを差し出す。


 今なら、連人も理解出来る。このカードに端末をかざせば、画面に名刺が表示される。印刷された名刺を交換するという風習は、つらら姫の御代になってから、急速に衰退した。ゴミの処理費用も税金。問答無用のメスが入ったことは、想像に難く無いだろう。


 「それでは鞘子さん、後はお願いします」

 「え、もう行くのか?」

 「私も付いて回りたいところですがね」


 馬澄は、後ろ髪を引かれる思いで、生花部の事務所を後にした。


 鞘子は、生花部内の施設を簡単に案内した。


 「あそこからあそこまでの建物が育苗課。こっちの建物と隣の敷地が土壌課、その向こうに見えるのが害虫対策課です。そして、君が配属されるのが、この栽培課。他にも設備課とかいろいろあるのだけど、そっちはおいおいね」

 そう言って、彼女は栽培課の扉を開ける。


 連人は、栽培課の面々を見るなり、思ったことを口にした。

 「むっさ」

 ガタイの良い男性ばかりの空間。扉を開けたきり、入室しない鞘子。


 「連人君素直ね〜」

 「部下に頼んで消臭剤撒いてる部長もなかなかですよ」

 呆れた口調で、中年の男性が頭を掻く。彼は連人に歩み寄ると右手を出した。


 「生花部栽培課課長、雲羽くもう鋼鉄こうてつだ。宜しく頼む。で、こいつが草花班の班長」

 親指で差した先に立っていたのは、むさ苦しいメンバーの中で異彩を放つ、爽やかな好青年だ。


 「はい、雲宿くもやどり槍太そうたです。君の指導は僕が担当しますね。宜しく」

 ほのぼのとした笑顔の彼は、ゆったりと話す。気の短い人間では、彼が話し終えるまで待てないことだろう。

 「えっと、綾谷連人です。宜しくお願いします」

 連人は、割に話しやすそうな上司で安心した。


 「さて、普通は配属先が決まり次第、研修に入るのだけど……連人君は、植物の栽培経験があるのよね?」

 「まあ、一応」

 素人の自家栽培を経験に含めて良いのか迷ったが、とりあえず肯定しておいた。


 「ああ、それなら一度、一人でやって貰いましょうか」

 「はい?」


 槍太の発言に、連人は顔を引きつらせる。


 「オレはそれでも構わねえぜ。槍太の好きにしな」

 鋼鉄がそう口にすると、鞘子もうなずいた。


 「(これアレじゃね? ブラック何とかってやつじゃね?)」和気あいあいとした雰囲気に安心していた気持ちが、一瞬でひっくり返る。


 「畑を一つあげますから、好きな苗を植えて、好きなように育ててみてください。お家でやっていたのと同じように」

 「いや、オレは経験があるって言っても素人だし……」


 過去に枯らしてしまった植物は数知れず。自分の不注意だった事もあれば、理由も分からないまま枯れたこともあった。家庭菜園なら「仕方ない」「次頑張れば良い」と言えるだろうが、仕事として引き受ける以上、無責任なことはしたくない。


 「うん。知ってる。君は素人で、ここに勤める誰よりも経験が浅く、知識も無い。でも、日常的に植物と触れ合える生活をしてきたことも、また事実です。なので、一から基礎を教えるより、実際に畑の管理をして貰った方が、良いと思ったんです。君が何を知っていて、何を知らないのか。それを確かめるために、畑を一つ預けようと思います」


 「……なんだ、そういうことか。脅かすなっての」

 連人は一気に肩の力を抜いた。


 「ふふっ。そういう訳なので、細かいことは気にせず、気楽にお花畑ライフを送ってください。こちらも、最初から完璧に出来るなんて思ってません。うちは少数精鋭の部署ですが、君の失敗をカバーしてくれる人は、ちゃんといます。失敗も悩み事も、遠慮なく教えてください。それを聴く事が、僕のお仕事です」


 槍太のまとう、柔らかな空気に、心が落ち着く。彼の声は耳にとても心地良く、ヒーリング音楽でも聞いているようだった。お世辞にも、頼り甲斐のあるタイプには見えない。だが不思議と、彼になら何でも相談出来る気がした。


 「今空いてるのは……十二番農地ですね。じゃ、連人君にはそこを任せましょう。土壌課がしっかり管理してくれてますから、直ぐに植え付け出来ますよ。育苗課で、好きな苗を選んでくださいね。でも、その前に畑を見に行きましょうか」


 言われるがまま、畑へとやって来た連人。鞘子とは、この道中で別れた。畑は、あまり大きくない。

 「土壌課が整えた畑に、育苗課が育てた苗を植え、収穫の日までお世話するのが、栽培課のお仕事です。害虫の発生が確認された場合は、害虫対策課に依頼しますので、我々は報告以外、対処しません。業務は分担していますが、一つの畑に対して配置される栽培課の職員は、通常一人です。なので、自分の管理能力に見合った数だけ、植えるようにしてくださいね」


 連人はしゃがんで、土に触れる。

 「フカフカだ……」

 触っていて気持ちが良い。誰かが、懸命に手入れをした結果なのだろう。ここで育った花ならば、きっと綺麗に咲く事だろう。否、咲かせる事が、自分の仕事なのだ。その花が、亡き人への手向けになると、自分は知っているのだから。


 

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