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第6話 そして得るは花虎の尾


 地味で時間もかかる丸暗記という作業。勉強自体が久しぶりな上に、本格的な暗記作業は初めてだった。連人にとって、単語帳や赤シートは、中学生のお兄さん、お姉さんが使う物である。学校は公立で、塾にも行っていなかった。それこそ、授業以外の勉強なんて、宿題くらいのものだっただろう。


 放課後は下校時間ギリギリまで友達と遊んだ。帰ったら、母親が待っていて「ゲームは宿題をやってからよ」なんて言われて。宿題は面倒だったが、その後に待っている手作りケーキが楽しみだった。父親の収入は人並みだったが、母親は専業主婦。その割に、連人が金銭面での苦労を強いられことはなく、上手いことやりくりしていたようである。


 勉強をきっかけに、連人の記憶が芋づる式に引っ張り出されていく。


 「(まだ、日本に未練があるのか、オレは。美味かったなぁ、あのモンブラン。父さんの友達が毎年栗いっぱいくれて……。誕生日はシャルロットケーキ。最後に食べたおやつは何だったか……)」


 誕生日なのに、上に乗るフルーツは、いつも前年に届いたお中元の缶詰。母親が缶切りを手にすると、隣で連人が口を尖らせる。ケチったのが嫌なんじゃない。誕生日には、自分のために用意した何かを使って欲しかった。その不満も、最初の一口を飲み込むと同時に、全部無かったことになった。


 「(未練なんて、そんなの……)あるに、決まってるじゃんか」


 連人のつぶやきを、矛と盾が理解することは無い。それでも、何かしら感じるものがあったのだろう。


 「息抜きがてら、美味しいものでも食べに行きましょうか」

 そう言って、矛は連人を連れ出した。


 連人が町を歩くのは、初めてだった。少し足を伸ばすと、小さな店が立ち並ぶ。シャッター街なんて言葉もあるが、この辺りの店は賑わっていた。

 時刻は午後四時。夕食前の、小腹が空く頃だ。三人は、盾の行きつけだという居酒屋に入った。


 「この店は飲酒免許が無くても入れるからさ」

 「そんな免許まであんのかよ」

 日中は普通の飲食店だというこの店は、和モダンな雰囲気が、妙に落ち着く。


 「ほら、好きなの食いな。奢ってやるからさ」

 

 ここぞとばかりに兄貴ぶる盾だったが、

 「あら、盾にしては気がきくのね。じゃあ、シュガートーストとチコリカプチーノ」

 と、姉に便乗されてしまう。


 「盾ちゃんのオススメは?」

 「んー、コーンサラダは毎回頼むぜ。肉巻きチーズもんまい。フライ系も全部制覇したけど、外れは無し」

 「そっか。じゃあとりあえず、盾ちゃんと同じやつ」


 

 運ばれて来た料理を見て、連人は小首を傾げた。

 「……コーンサラダ?」

 「コーンサラダ」


 これにアイスクリーム以外の物が乗っているのを、連人は初めて見た。尚、黄色い粒々は不在である。連人はネタ料理にしか見えなかったが、ここではこれがスタンダード。

 「(探せば日本にもあるかも……)あ、美味い」


 「このお店は勿体ないですね。野菜は採れたてオーガニックだし、甘味料も不健康な物は使っていないし……。アルコールの提供さえしていなければ、優良食品を扱う店として、免税店になれるでしょうに」

 「いや、そもそも酒を楽しむ店だっての。あっ、連人は飲酒免許取らないのか?次の誕生日が来たら、取れるだろ?」


 酒の味に興味はあったが、まさに今、この国の免許取得がいかに困難か、思い知っているところだ。取らなくて良い免許は、取りたくない。


 「もう、飲酒免許はデメリットが多いんですから、気軽に勧めては駄目でしょう? 連人さん、飲酒免許を取る時はよく考えてからにしてくださいね。飲酒免許を持っていると、医療費の自己負担割合が増える上に、お金に困っても低所得者向けの支援を受けられなくなるんですよ。つらら姫が即位してからは、泥酔も違法ですので」

 当面、飲酒免許は不要。連人はそう決めた。喫煙免許も右に同じ。


 「ところで連人さん。先程は何やら元気が無い様子でしたが、少しは気が紛れたでしょうか」

 「ああ、うん。大したことじゃないんだ。もう何とも無い。気ぃ遣ってくれてありがとな。やっぱ美味いもん食うと元気になるよな」

 そう言って、連人はコーンサラダを口に運ぶ。


 「あー……、でも野菜は自分で育てた方が美味いかも。久々に土触りたくなってきた。爺さん、庭の一角使わせてくれたりしねぇかな。いかにも畑って感じだと、庭に馴染まないだろうから……ばーちゃんの供養に使う花とか植えられたら良いなぁ」


 連人の言葉を聞き、二人は目の色を変えた。


 「おおっ。それなら、うちで働けよ。人手足りねーんだ」

 「うち?盾ちゃんも弔い省だっけ。弔い省で働けってこと?」

 矛と盾は、揃って頷く。


 「弔い省には『生花部』という部署があるんです。故人の供養に使う花を取り扱う部署で、仕事は栽培から品種改良まで、多岐に渡ります。人気のある仕事とは言い難いので、需要の割に人手が足りないんですよ」

 「姉貴は部署違うけど、俺は生花部の害虫対策課ってとこにいてさ。連人なら、栽培課の草花班あたりだな。植物が好きな奴には天職だぜ?」


 弔い省は故人の埋葬に関わることを、一手に引き受けている。連人もそれは知っていたが、花の栽培を行う専門部署があったとは、知らなかった。考えてみれば、花は葬儀にも墓参りにも必要なものだ。旅立つ故人への手向けとして、遺族の慰めとして、花はとても重要な役目を担う。


 「真面目に考えてみるよ。爺さんにも、相談しとく」

 「良かった。あ、弔い省も情報端末利用免許が無いと入れませんので」

 「うっ」





 考えてみるとは言ったが、連人の気持ちは決まっていた。花は好きだ。育てる度に、喜んでくれる人がいたから。連人はその気持ちを、馬澄に打ち明けた。


 「今までは、自分達が食ってくためだけに、植物の世話をしてた。もし、その経験が生かせて、何かの役に立つなら、やってみたい」

 「分かりました。生花部の部長には、私から話を通しておきましょう。肉体労働適性検査を受ける必要がありますが、君なら大丈夫でしょう」


 またよく分からないワードが出てきたが、馬澄が大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。こういうのも随分慣れた。


 「そうそう、タチさんのお墓ですが、候補地をいくつか選んでみました。この屋敷から近く、比較的静かな場所ですよ」


 そう言って、馬澄は地図や写真を見せる。

「ここ良いな。ばーちゃん、こういう景色好きだと思う」

 故人を偲び、話し合う二人の様子は、本当の家族のようだった。



 生花部に入るという、明確な目標が出来たからだろうか。連人は、これまで以上に勉強を頑張った。くたびれたテキストと短くなった鉛筆が、その努力を物語る。


 「(なんか、良いな。こういうの。学校じゃ、シャーペンを使いたくて仕方無かったってのに。……この世界に来てからシャーペンって見ないな、そういえば。無いのか?)」

 便利なのか不便なのか、よく分からない世界である。もっとも、シャーペンという名前は企業名からきているので、同名同質の商品など、あるはずが無いのだが。


 連人が勉強を始めて二ヶ月。窓の向こうでは、風花が舞う。


 「正解、正解、正解……。はいっ。合格ラインです。やりましたね、連人さん。本番もこの調子でいきましょう」

 連人が解いた過去問を、矛が採点。十分に学習出来ていることを、三人で確認した。


 「年内最後の試験日に間に合いますね。会場は鍔姫さんが通っている学校ですよ」

 「いよいよか。復習しとかねぇとだな」

 ここで落ちる訳にはいかない。連人は採点結果に安堵しつつも、気を引き締める。



 会場となった学校は、連人の想像よりも規模が小さい。


 「鍔姫みたいなお嬢様が通う学校って言うから、もっと豪勢なのかと思った」

 「女王陛下は勉学に関係の無い部分にまで、お金を出したりしませんわ。老朽化した校舎を修繕した際に、無駄な装飾は取り払いましたの」

 何故か一緒に来てしまった鍔姫が、そう話す。


 校内には、子供の声が響く。在学中に免許を取れるらしいので、皆、免許を取りに来ているのだろう。情報端末利用免許の取得は満十二歳から。それらしい年頃の子供達を横目に、連人は指示された教室の戸を開けた。


 「あれ?」


 教室には、中性的な顔立ちの青年が一人。彼はスーツを着込み、教壇に立っていた。


 「受験者の方ですね。試験官の雲北くもきたじんです。そちらの席にどうぞ」

 「ああ、はい。……あの、受験者ってオレだけ?」

 席に着くなり、連人は彼に問うた。


 「ええ。一般枠での受験は珍しいですから。小学校を卒業する前に取っておくのが普通です」


 中学校からは、情報端末を使った授業が、当たり前になるのだそうだ。会場が中学校とういうのも、複数の学校の児童を、まとめて受験させるのに都合が良いからである。


 「では、受験者の本人確認を行います。こちらの端末に指を置いてください。国民名簿との、自動照合を行います。本人確認だけですので、国民名簿の詳細な内容が私に通知されることはありません。ご安心を」

 替え玉受験のような、不正を防止するためらしいが、随分と神経質なようだ。連人は、自動照合とやらを待つ。


 「終わりました。受験希望者の名前と指紋の一致を確認。本人による受験だと判断します。チャイムが鳴ったら、試験開始の合図をしますので、それまでに準備をお願いします」

 眼前に置かれた冊子。表紙には『情報端末利用免許取得試験』の文字。その隙間から、解答用紙が覗く。


 ボーン、ボーン、という、振り子時計のような音が響く。これがチャイムらしい。

 「では、始めてください」


 「(キンコンカンコンじゃねぇんだな。いきなり調子狂うぜホント)」

 そんなことを思いながら、連人は冊子を開いた。


 出題内容は、矛が用意した過去問とほぼ同じ。内容の更新は、あまり行われていないようだった。問題は、ネット利用の基本を問うものが半分。法律を問うものが半分であった。


 「(よし、分からない問題はほとんど無い。矛姉と盾ちゃんのお陰だな)」

 連人は、これまで培った努力の成果を、存分に発揮した。


 




 「はー、これが情報端末利用免許ねぇ」

 小さなカードには、持ち主の名前だけが記載されている。それ以外のデータは、専用の機械で読み込むしかなく、読み取り機器は端末の販売店等にのみ配置される。


 「一台目は、私からの合格祝いということで。お好きなものをどうぞ。と言っても、我が国の情報端末は、他国と違ってどれも似たような物ばかり。色と大きさだけで決めても、問題ありませんよ」

 国の方針により、規格は全て統一。メーカーが拘れるのは、色のバリエーションくらいなものである。


 「んじゃ、無難に黒かな」

 連人は、見た目と持ちやすさだけで決めた。「


 充電器も黒で良いですか?」

 「そこも選べるのか。うん、黒にする」


 こうして、連人は無事に情報端末を手に入れた。形状は、いわゆるスマートフォンとあまり変わらないが、日本で流通しているものより、若干厚みがある。電池パックの交換を容易にするためらしいが、そもそも薄型化という発想自体が無いようだった。


 連人は、スマホを持った事が無い。必要だからと入手した代物だったが、実際手にしてみると、好奇心の方が勝る。

 「(このソシャゲ面白そうだな……。あれ、レビュー低い。うーん)」

 完全に当初の目的から逸脱した連人。忘れた訳ではない。ちょっと目移りしているだけなのだ。


 ベットでゴロゴロしながら、端末をいじる連人のもとに、訪問者があった。


 「免許取得おめでとうございます、連人さん。是非、私と連絡先を交換してくださいまし」


 ある意味、彼女が一番連人の免許取得を喜んでいるだろう。

 「鍔姫。そうだな、しよしよ」

 彼女は目的を達成すると、自分の端末を大事そうに抱えて退室した。


 連人は無事に免許を取得したが、あの姉弟との付き合いは、変わらず続いていた。


 「他には何か免許取らねぇの?」

 「しばらく勉強は勘弁」


 とにかく頭に休息を。連人はこの開放感を、もう少し味わっていたかった。


 「情報端末があれば、多少楽に勉強出来ますよ? ゲーム感覚の学習アプリもありますし」

 「そうは言ってもなぁ」

 勉強は勉強。頭を使うことには違いない。


 そんな連人に、盾はニヤニヤしながら耳打ちする。


 「お前さ『性行免許』って知ってるか?」

 「性っ!?えっと……つまり……そういうやつ?」

 「そーそー。あった方が良いぜー。あれ無いと『無責任な男』ってレッテル貼られて永遠に彼女出来ないしさ」


 ニヤつく弟とは対照的に、姉の視線は冷ややかだった。

 「あら、盾は持ってても使ったこと無いじゃない」

 「バラしてんじゃねーよ!姉貴だって彼氏いないくせに!」


 赤面する盾に、

「大丈夫だ。盾ちゃんに彼女がいるなんて思ったことは無い」

と、連人が追い討ちをかける。


 「まあ、普通に家庭を持ちたいなら必要です。無いと結婚出来ない決まりなので。ついでに養育免許もどうです? 子供が生まれるまでに免許が取れないと、子供が養子に出されてしまいます。覚える量は情報端末利用免許の比では無いので、時間がある内に取った方が良いですよ」

 大事な大事な未来の納税者。きちんと育てられない者に養育を任せるなど、つらら姫が許さない。


 「(性行免許に養育免許、ねぇ。………………)」

 異世界に来て最初に検索した言葉は性行免許。これは内緒にしておきたい連人であった。


 

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