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第2話 富多き縷紅草


 弔い省。それは、全ての死者を、平等に見送るための公的機関。金銭や家族の有無に関わらず、一定水準以上の火葬、葬儀、埋葬、供養を保障するものである。極端に贅沢な葬儀を望まない限り、無料または格安で、故人の供養に必要な物が、ほぼ全て揃う。無論、その財源には、国民が納めた税金が使われる訳だが。



 「本来なら、役所での手続き後に納棺を行うのですが、今回は事情が事情ですので、火葬場にご遺体を安置した後、火葬が始まるまでの時間を利用して死亡届を提出します」


 車中で、矛が火葬までの流れを、改めて連人と確認する。


 「ん。この封筒に入ってるやつだけで、手続き出来るんだよな?」

 「ええ。貴方のおばあ様は準備が良いですね。必要なものが、きっちり全て入っていました」


 高齢だった彼女は、自分の死後について考え、準備し、連人に託していた。


 「そういや、勘違いしてるっぽいけど、ばーちゃんはオレのばーちゃんじゃないぜ。ばーちゃん独身だったし」

 「えっ?そうなんですか?」


 結婚して名字が変わった子供の息子だろうと、矛は勝手に思っていた。道中暇だった連人は、雲貝タチとの出会いを、矛に語った。 


 「オレの親、ある日突然いなくなったんだ。十一年前、八歳の時に。何日も家で待ってたけど、その内待てなくなって、自分から捜しに行った。あちこち歩き回ってたら、いつの間にか山道に迷い込んでてさ。親は見つからないし、帰り道も分からないしで、その場にしゃがみこんだ。『オレは親に捨てられたんだ』って思ったら、涙が止まらなくなって……」


 連人の告白を、矛は真剣な眼差しで受け止める。気付けば車内から雑音が消え、他の同乗者も、聞き耳を立てていた。


 「でけー声で泣いてたんだろうな、オレ。『子供の声がした』って、ばーちゃんがオレを見つけてくれた。そっからは、ずっと一緒だったな。学校行けない代わりに、ばーちゃんが読み書きを教えてくれたりして。時々、実の親を忘れそうになったくらい、楽しかった。あ、忘れそうになっただけで、実際は忘れてねえよ?」


 「そんな注釈を入れなくても、分かりますよ。それだけ、タチさんと連人さんは、良い家族だったということでしょう?」

 矛の返事に、連人は口角を上げる。


 「やっと腑に落ちました。どうして連人さんが、一般常識に疎いのか。子供の頃から山の中で育てば、外の情報は入って来ませんよね」

 「え、オレってそんなに常識ねぇの?どの辺が?」

 「そういうところです」


 矛は、年長者ぶった口調を使い、呆れて見せる。そんな二人を、同乗者達は微笑ましく思う。


 実のところ、皆、連人を心配していたのである。たった十九歳の若者が、唯一の同居人を失い、悲しみを分かち合う相手もいない。声もかけられない程落ち込んでしまう遺族と、間近で接してきたからこそ、彼等は連人の心を案じていた。


 その半日後には、連人の両腕にすっぽりとタチが収まる。骨壷は、彼が思うより軽かった。タチの埋葬先が決まるまで、連人は村雲邸に滞在するのだが、到着早々、彼は驚嘆した。


 「はあっ!? これ家? マジで? 嘘だろ? でかくね? どう見ても城じゃん!!」

 「他の公卿に比べたら可愛いものです。強いて言うなら、庭を少々こだわってみた、という事くらいでしょうか」


 思わず声を上げた連人に、主である馬澄は事も無げに言ってのける。


 価値観の違いと言うべきか。連人はこれから、この金銭感覚の合わない老紳士と、タチの墓をどうするか話し合うのである。


 「不安だ……」

 「何か言いましたか、連人君」

 「いえ、何も」

 連人は、十数人同時に通れそうな扉をくぐり、邸内へと入った。


 「さて、連人君。タチさんの埋葬先を決める前に、君の今後について聞いておきましょう」


 案内された部屋は、建物の規模に反してこじんまりとしていた。周囲を本棚が囲う他には、小さな椅子と机のみが置かれる。本は良く整理されていたが、ジャンルに一貫性は無い。どうやら、馬澄が読書を楽しむための部屋のようだ。ここを、馬澄は話し合いの場に選んだ。


 「私は、資金提供の条件として『外の世界と繋がること』と言いました。それを踏まえた上で、君は、どうしたいですか」


 連人は少し考えた後、結論を出せないと正直に答えた。


 「分からない。今までと同じ生活じゃ、爺さんの出した条件をクリア出来ない。それに、あの家も、もう限界だ。ばーちゃんとの思い出とか、色々思う所はある。でも、あそこに住み続けるのは無理だ。それが分からないほど、オレもガキじゃねぇ。かといって、新居の当てがある訳でもない。金も無けりゃ、学も無い。お手上げだ」


 学校すら出ていない連人が、食いぶちを稼ぐのは難しい。山を下りたところで、浮浪者のようになるだけだろう。


 馬澄は笑みを浮かべ

 「なら、このまま私の屋敷に住む、というのはどうでしょう」

 などとのたまう。


 連人は飲んでいた茶を噴き出し、呆気に取られる。


 「いや、有難いけどさ。家賃とか払えな……」

 「いりません。見ての通り、お金には困っていませんから」

 連人は迷った。


 おそらく、居候が一人増えたところで、この裕福な老人が経済的な痛手を負うことは無い。天涯孤独の身となった自分の世話を、進んで申し出てくれるお人好しが、村雲馬澄以外に居るとも思えない。純粋に、自らの利益のみを考えるならば、甘えておくのが得策だ。


 だが、馬澄はすでに、墓代の補填を約束している。負担の割合は馬澄の方が多い。それだけでも気が引けるというのに、連人はこれまでのやり取りで、あることに気づいてしまっていた。


 「ばーちゃんが生活の支援を頼んでた知り合いって、爺さん、なんだろ……?」


 社会からの完全な孤立など、出来るはずが無い。食べるもの。着るもの。生きていくために不可欠なものを、全て自給自足で賄うのは無理がある。タチは、山奥に引きこもってはいたものの、自分で作れないものを買ったり、自分が作ったものを売ったりしていた。当然、山奥にいながら、それを実現するには、自分と社会を繋ぐ、仲介役が必要となる。それが、馬澄だったのだろうと、連人は気づいていた。


 「ええ、確かに。私はタチさんの生活支援を行なっていました」

 「やっぱりそうか。なら、これ以上世話になる訳にいかねぇよ」


 どんなに困難だろうと、他の手段を探す。連人は、そう覚悟した。


 「そうですか。で、荷物はいつ運びましょうか」

 「話聞いてた!?」


 馬澄は、にこやかに引っ越しの段取りを決めようとする。


 「世話はしませんから、住居をここに移しましょう」

 と、子供じみた理屈まで持ち出す。


 「そういう問題じゃねえってば。だから……ほら、えーっと」

 言葉がまとまらず、頭を抱える連人。と、笑顔を崩さない馬澄。


 「その有無を言わせない笑顔が怖い……」

 「ふふふ」


 頭を掻きむしり、見えない何かとの葛藤を経て、連人は観念した。


 「何でそんなにお節介なんだよ」

 「ちょっとした後悔です。あとはまあ、下心ですかね」

 下心というワードに、連人は顔をしかめる。


 「君への下心ではありません。タチさんに、です」

 「好きだったのか? ばーちゃんのこと」

 馬澄はうなずき、肯定した。


 「タチさんは、この屋敷で働いていた、家政婦の娘さんです。タチさんの方が歳上で、私が生まれた時には、もう当家におりましたから、向こうはなんとも思っていなかったでしょうね。つまりは私の片想いです」


 楽しげに昔話をする馬澄であったが、話題の変わり目に一呼吸置くと、表情を曇らせた。


 「タチさんが、消失者であることは、ご存知ですか?」


 馬澄が醸し出す空気の変化に、連人も真摯に応じる。気持ちだけは。


 「消失者って、何?」


 連人は、頬を掻きながら、気まずそうに聞き返す。さすがの連人も、張り詰めた空気の中で無知を曝すのは、申し訳なく思う。けれど、直後に発せられた馬澄の言葉で、そんな事はどうでも良くなった。


 「君は、魔法の存在を知らずに育ったのですね」


 魔法。フィクションの世界では、珍しくもない存在であるが、現実で目の当たりにすることは一切無い。そのはずだ。


 「えと……空を飛んだり、火を出したりするやつ?おとぎ話の?」

 馬澄の口ぶりから、そうでないことは分かっていたが、連人の常識において、他の可能性など無かった。


 「それは、各地で語られる、伝説上の魔法ですね。その規模の魔法は、人間に扱いきれる代物ではありません。ここで言う魔法とは、全ての人間が、生まれつき持っている、小さな魔法のことです。使える魔法は一人につき一つで、ほとんどの方が、幼児期に、自分の魔法を自覚します。ですが、持って生まれた魔法が、突然使えなくなる人が、稀に存在します。そういう方を、消失者と呼ぶんです」


 「へ、へー。そうなんだ」


 理解が追いつかない。連人の額に、冷や汗が浮かぶ。

 

 「昔は、消失者差別というのがありました。魔法を使える者が、使えない者を見下し、虐げるという風潮です。今は滅多に見ませんが、タチさんが消失者となった当時は、陰口を叩いたり、嫌がらせをする人が大勢いたのです。私の父もまた、そういう人でした。父は、タチさんのお母様を解雇し、二人を屋敷から追い出してしまった。その後は、お父様のいる自宅に戻られましたが、やはり、肩身の狭い生活を送ったようです。一番多感な時期に、そのような思いをしてしまいましたから、元より繊細な性格だったタチさんは、耐えられなかったのでしょう。二十歳を迎える前に、あの山奥へ移り住みました」


 他人を拒み続けたタチへの納得と、魔法などという非現実的な前提への疑問。それが連人の中へ、同時に流れ込む。馬澄は至って真面目に話している。彼は、何一つ嘘を言っていない。馬澄の声に耳を傾けながらも、連人は相槌すら打てなかった。


 「父が二人を追い出した時、私は何も出来ませんでした。隠れて手紙を送ったりもしましたが、タチさんからの返事は、当たり障りの無い内容ばかりで、悩みや愚痴の類いは何も。私が、タチさんの苦悩を知ったのは、彼女が移住を決めてからです。今度こそタチさんの力になりたかった私は、すぐに支援を申し出ました。私は見返りなんていりませんでしたが、それで納得する人ではありませんでしたから。タチさんの収入源だった、手工芸品販売の仲介手数料で手を打ちました」


 笑顔が戻り始めた馬澄とは対照的に、連人の顔色はすぐれない。


 「まあ、支援と言っても、十代の子供に出来ることは、たかが知れていますし、父の目もありました。まともに『支援者』と呼べるようになった頃には、消失者差別なんて、ほとんど無くなっておりましたが、タチさんが山に篭り続けていたので、無駄にはなりませんでしたね」


 黙って馬澄の話を聞いていた連人だったが、溢れ出そうなほどに膨らむ疑問を解消すべく、口を開いた。


 「オレは、魔法なんて作り話でしか知らない。現に、オレは魔法を見た事が無いし、使えない。爺さんを疑う訳じゃねえけど、消失者だ何だ言われたって、すぐに受け入れるのは無理だ」


 中世でもあるまいし、不可思議な現象が次々と解明されるこの時代に、魔法の存在を信じる人間の気が知れない。いかに連人が世間知らずと言っても、タチに引き取られるまでの八年間は、極普通の生活を送っていたのだ。魔法使いが住んでいるのは、本か液晶画面の向こう側。それが常識というものだ。


 顔を強張らせ、馬澄の目を凝視する。証拠を出せと言わんばかりの視線に、馬澄は、最も分かりやすい形で、それを示した。

 彼はティーポットを傾け、連人のカップに茶を継ぎ足す。中の茶は、長話の間に、すっかり冷めていた。そのカップの上を、老いた手が横切った瞬間、連人は目を疑った。


 「嘘、だろ……」


 立ち昇る湯気が、その熱を伝える。馬澄は、一瞬手をかざしただけで、茶を再加熱して見せた。


 「これが私の魔法です。温度はきっちり八十度。それ以外の温度には出来ません。また、液体以外には、使えません。連人君が言うところの、おとぎ話の魔法と違って、大きなことは出来ないんですよ」


 連人は、ますます混乱した。目の前の現実が、自分の知る現実と、まるで噛み合わない。


 「連人君が魔法を使えない原因は、三つほど考えられます。まず、君が消失者である可能性。生まれる前、あるいは、魔法を自覚する前に、魔法を消失する場合があります。二つ目は、まだ魔法が発現していない可能性。潜在者と呼ばれる人達です。三つ目。すでに魔法が使えているのに、自覚がない可能性。出来て当たり前だと思っていたことが、自分にしか出来ないことだった、というのは、よくある話です。私のような、目で見て分かる魔法ばかりではありませんしね」

 そう言って、馬澄は自分の茶を温め直した。


 「随分と話が逸れてしまいましたが、君の荷運びは、いつにしましょうか。あの家も放置する訳にいきませんから、最終的には解体することになりますし、君の就職だって……」

 閑話休題。世話はしないと言ったのは誰であったか、馬澄は連人の今後について、親身に考える。けれど、連人の方には、その余裕が無かった。


 「悪いんだけど、色々ありすぎて、身体も脳みそも疲れちまった。今日はもう、休みたい」

 「そうですね。早朝からお疲れ様でした。ゆっくり休んでください」


 連人は、用意された部屋に入ると、すぐにへたり込んだ。

 魔法の存在も、十分受け入れ難い。だが、それ以上の、認めたくない事実が、連人を襲う。震えが止まらない。十一年間信じてきたことは、何だったのか。いっそ、何も知らずに生きていたかった。


 知ってしまったのだから、目を瞑ったところで意味は無い。連人はあえて、声に出す。


 「ここ、日本じゃないだろ。どこだよ……」


 込み上げる感情がどういうものなのか、連人には分からない。悲しい、辛い、腹立たしい。どれもこれも、違う気がしてならない。名前の無い感情の整理に、連人は、涙を頼るしかなかった。


 



 

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