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第17話 最たるは紫蘭


 連人の出自が明らかになってからも、生活はあまり変わらなかった。畦雲家との交流が出来たものの、連人自身が貴族として扱われる事は、無かったのである。それは生花部で働き続けたい、本人の意思によるものだ。血統だけで見れば、次期弔い卿を目指す事も出来ただろう。だが連人は、生涯土に触れ続けると誓う。


 異世界と繋がるポイントの内、いくつかは王家の人間によって把握されている。連人が迷い込んだ場所はまだ捜査中だが、すでに明らかになっている場所から、日本へ渡る事も出来そうなものだ。けれど、それはつらら姫によって、禁じられた。

 別に、連人を信用していない訳ではないが、やはり国家の情報漏洩という観点から、許可するのは難しいのである。つらら姫としては、今後の事を考え、前例を作りたくないというのが本音だろう。


 よって、連人はこのまま、異世界に一生留まる事となった。


 「ま、これで良かったんだろ。ばーちゃんの墓守して、父さんと一緒に母さんを待って、じいじの相手をしに行って……。日本に帰る暇なんて、最初から無いんだ。向こうの友達がどうしてるかは気になるけど、こっちにも友達は出来たし、これ以上は贅沢だよな」

 なんだかんだ言っても、この国が好きなのだ。やりたい事があって、やるべき事がある。ならばもう、この件では悩むまい。


 連人は発覚した『微生物を操る力』を、正しく使えるよう努めた。

 「一方的に操れるって言っても、合わない環境に無理矢理連れて来たり、強引に数を増やしたりってのはちょっとな。向こうだって生き物なんだし、快適な場所で過ごしたいだろう。んー、良い感じの環境を用意して、そこに欲しい微生物を上手く誘導。そんで必要な個体数まで増やせるのが理想だな」


 連人の言葉に、槍太は「そこまで出来るようになるには、相応の努力が必要です。もっとも、君にそのあたりの心配は要らないでしょうが……まずは、相手を良く知ることです。彼等にとっての快適な温度、湿度、ph、好きな餌。それを理解しないことには、君の理想に届きません」と、助言した。


 「知識や意欲が魔法に影響する事は、先人達の研究でも証明されています。例えば、君の十二番農地。君は『こういう土が良い』という理想を思い浮かべながら、耕したんじゃないかい?」

 「ああ。山でオレが管理してた畑と大分違ったから。山にいた頃は『山中にある自然の土みたいになったら良いのに』って思いながら耕してた」


 槍太はうなずきながら、さらに「十二番農地の土は、君が特前村へ行ったあの日から、急速に変わりました。おそらく、君の意思の変化と、植物に関する知識の強化によるものでしょう。君が目指す土がどんなものなのか、ぼんやりしていたイメージの輪郭を掴めたからだと思いますよ」と話した。


 連人は休日の度に図書館へと出かけ、関連書籍を片っ端から読んだ。時折、千刃も同行する。

 「連人君と勉強してたから、私も詳しくなっちゃった。最近バラのお世話に応用してるから、来年の開花が楽しみ」

 そう言って、彼女は連人の隣を歩く。


 それ以外にも、ネットで情報を集めたり、日本の農水省に相当する『恵み省』の職員と会ってみたり、時には自分自身で実験したり。

 山林にも積極的に赴いた。長年、山奥で生活していた連人だが、場所が変われば景色も変わる。山が皆同じということは決して無い。その場所ごとに、特色がある。それを体感するのも学びの内であるが、何より、連人自身の楽しみとなっていた。


 山での生活が当たり前過ぎて気付かなかったが、自分は山が好きなのだと、連人は自覚する。空気を大きく吸い、吹き渡る風の音を聞く。木に触れ、土に触れ、大地の強さを肌で感じ取る。そうやって目一杯自然を堪能したら、気合いの入った千刃の手作り弁当を胃袋へ。連人にとって、この上なく充実した過ごし方だ。


 「ーーそれが、誠意というものです」


 千刃のことで聞いた、馬澄の言葉。いつしか連人の、生き方そのものの指標となっていた。花、故人、遺族、タチ、両親、千刃……彼等に後ろめたい事は、絶対にすまい。心から大切に思える人達に、誇れる自分であろう。自分自身に、胸を張れる生涯を送ろう。その生き方に疲れたら、休んで、また立てば良い。



 五年後、連人に一通の封書が届く。さやの、出所が決まったという報せだった。それを読んだ連人は、真っ先に千刃へと報せた。


 「そっか。連人君、お母さんと会えるんだね」

 千刃は、さやの罪状を知らない。詮索もしないし、連人への態度を変えたりもしなかった。そもそもこの国では、反省した上で罪を償った者にしか、社会復帰を認めていない。

 よって、出所した人間を、被害者や関係者でない赤の他人が、いちいち責める筋合いは無いのである。報復や私刑を抑止する法律も存在するので、尚更だろう。反省の無い犯罪者は、逃亡中でない限り、壁の外にはいない。


 「それで……さ。母さんと会う日、千刃も同席……してくれないか。つまりその……」

 連人は心を落ち着けようと、電話口で深呼吸し、再び口を開く。


 「君を、両親に紹介したい」


 千刃は、直ぐに言葉が出て来ない。連人の言葉の、意味ではなく、意図に戸惑って。

 「(それって、そういう事……だよね、やっぱり)」

 千刃は心音を抑え、呼吸を整えると、はっきり通る声で

 「よろしくお願いします」と言った。



 母との対面は、父のカフェで果たされた。父が迎えに行き、連人と千刃は、緊張の面持ちで二人を待つ。そして、貸し切りの札を揺らしながら、ドアが開く。


 「母さん……」

 「連人……本当にママって呼ばなくなったのねぇ」


 久し振りにあった息子への、最初の一言がこれである。これだからこの夫婦は。しかし、それはそれで連人を安心させる。連人の知る母は、そういう人だ。


 「それで、そちらの可愛いお嬢さんは?」

 さやは、千刃に視線をやる。緩んだ口元が「当然察しはついているけどね」と言わんばかりだった。


 「生花部育苗課の、雲江千刃……さんです」

 連人が紹介すると、千刃も「雲江千刃です。息子さんには、いつも良くしていただいてます」と、お辞儀をした。


 「で? で? 連人とはどういう関係なのかしら」

 興味津々。言わせたくて仕方がない。ところが、連人も千刃も、互いに顔を見合わせるだけで、言葉を発しない。


 それもそのはず。


 「(そういえば、どういう関係なんだ……?)」


 休みの日に出かけたり、相手の家でお茶をしたり、どう見ても付き合ってるようにしか見えない二人なのだが、それを口にした事は無かった。


 「ああ、告白とか何も無いまま成り行きで付き合ってるから、恋人と言い張って良いのか分からないのね」

 見事に正解を言ってのけるあたりはさすがである。


 「よろしい。ならこうしましょう。『お母さん命令よ。正式にお付き合いしなさい』」

 連人と千刃は「はい」と言うしかなかった。……なんだこれ。


 顔合わせが済んでからは、母がしきりに千刃を構う。息子の彼女だからというより、個人的に気に入ったかららしい。連人は、その様子を眺めながら、父の入れたコーヒーに口を付ける。



 「そういえば、さ。何でオレの名前は『連人』だったんだ? この国の人は、武具を連想する字を入れるんだろ? 母さんは『入れよう』って言わなかったのか?」


 武器は厄を断ち切り、防具は厄を跳ね返す。一種の験担ぎを、この国の人々は名前に込めている。


 「今の時代、武装して戦場を走り回るだけが、戦いじゃないだろう? 困った時、頼る相手は結局『人』なんだ。勿論、お前にとって、嬉しくない縁もあるだろうな。だが、その嫌な相手との愚痴を聞いてくれたり、間に入って問題を解決してくれるのも、やはり人だ。だから連人にした。私達の愛息子に、一番辛い時側にいてくれる誰かが現れたなら、私達は安心して先に逝ける」


 連人は、これまでの日々を、改めて思い返す。ああ、そうだ。そうだった。ひとりぼっちで乗り越えた事なんて、自分には無かった。それはとても有り難いことで、自分は本当に恵まれていた。


 そんな自分を育てた雲貝タチは、誰とも繋がらない人だった。支援していた馬澄とさえ、一定の距離は保っていたらしい。彼女は、人の目を、声を、途方も無く恐れていた。


 人の縁に恵まれた連人とは、対照的な生涯を送ったタチ。彼女は、自ら進んで山奥での生活を選んだ。だが、彼女にその決断を迫ったのは、紛れもなく、人の意思だった。人と人が出会った時、必ずしも、良き縁が生まれる訳ではない。人を支えるのが人ならば、人を孤立させるのも、また人である。


 ならば、孤立した人を支えようと手を伸ばすのも、人だろう。けれど、その手を選ぶ権利というのもある。タチは馬澄を選び、指先だけを掴んだ。全てを委ねられなかったのは、馬澄の優しさの中に、ある種の傲慢さを見たからだった。自分に無いものを、沢山持っている人。どうしたって思ってしまう。「この人は、私を憐れんでいるのだ」と。



 大勢の人に愛されて、子に、孫に囲まれて生涯を閉じる人がいる。誰からも存在を認識されず、死んだ事にすら気付かれない人がいる。

 遺族が立派な葬儀を開き、友人知人の涙を背に、旅立つ人がいる。ひっそりと隠れるように、形だけの葬儀で送り出される人がいる。

 命日の度に、誰かが偲んでくれる人がいる。誰も参らず、荒れ放題の墓に眠る人がいる。


 弔い省は、誰であろうとも、平等に送り出す。生き様も死に様も平等ではないけれど、せめて、我々だけは、全ての魂の安寧を祈り、平等に奉仕する。それこそが、弔い省の在り方であり、存在意義である。


 「ああ、良かった。今年のも無事に咲いた。……お前達は、誰に手向けられるんだろうな」

 花は何も言わない。慰めの言葉も、励ましの言葉も、人の役目であって、花の役目ではない。花は、彼方の死者へと送る、言葉無き心の代弁者。


 言うまでもなく、それは人が勝手に任せている仕事であって、花にそんな義務はない。なのに、自分の心が死者に伝わる事を、誰も疑わない。その理由はたった一つ。


 花は美しい。そこに、何の疑問が生まれようか。連人もまた、花の力を信じる者の一人である。誰に言われるでも無く、初めから信じて疑わなかった。


 連人は今日も、自分の信じる『花の力』を形にする。自分の生き方を誓った、この、十二番農地で。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。


弔い省というネタを考えたのは、もう何年も前の事だったと思います。


ガラケーのメールボックスに、省庁や税金の設定などを保存していました。「成人娯楽税」なんて言うのがありました。アダルト雑誌等への課税です。「子供はお金を自由に使えないから児童書を非課税にして、大人が買う本は多めに課税しよう」という発想だったと思います。我ながら単純です。



しかし、結局世界観の設定をいくつか作っただけで、ストーリーを考える事はありませんでした。

雲居教の設定も同じような感じで、設定はあるのに作品にはなっていませんでした。当時は雲間教という名称で、弔い省とは無関係の世界だったと思います。


それを今回、改めて設定を練り直し、作品として完成するに至りました。



さて、本編が短かった割に、後書きが長くなってしまいましたので、この辺にしておきます。

次回作も、好き勝手に妄想を書き散らす予定でおりますが……気が向いたら、またお付き合いくださいまし。


この度は、最後までお読みいただきまして、本当にありがとうございます。

心から、御礼申し上げます。



そうそう。

最後まで出て来なかった国名ですが、

「我が国」

が国名です。


実は皆ちょくちょく口にしていました。

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