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第16話 前進の菖蒲


 ドアに臨時休業の札を下げ、父は久方ぶりに会う息子を、店内に招き入れた。


 「丁度、お客さんの居ない時で良かった」

 床から響く靴音は、真っ直ぐにカウンターへと向かう。連人は父に促されて着席した。


 「昔はオレンジジュースと飲むヨーグルトが好きだったけど……今は何が好きなんだい?」

 「その二つは今も好きだなぁ。あ、そうそう。最近、バラを育ててる知り合いが、バラのブレンドティーを入れてくれて。あれ美味しかった」


 父は「洒落たものを飲むようになったなぁ」と笑いながらも、バラベースのハーブティーを入れる。お茶請けにはバニラアイス。二人は、多少ぎこちなくはあるものの、互いの十二年を語らう。




 「そうか。それなら私も、彼女の墓前に礼をしなくてはいけないね。こうして連人と会えたんだから」


 連人が最初に伝えたのは、タチの事だった。彼女がいなければ、連人は十二年前に死んでいた。世間知らずなまま成長する事にはなったが、生活に必要な読み書き計算は教えてくれた。不便はあれど、衣食住がきちんと揃っていた。この親子が再会出来たのは、何よりも、タチが連人の命を繋いだからである。


 そして、連人は多くの人と出会った。タチの死後、どうしていいか分からなかった連人を、弔い省の人々が支え、タチの葬儀を執り行えた。馬澄のお節介で、墓も建てられた。


 生花部の存在は、盾に聞いた。仕事を覚えるまで、槍太が見守ってくれた。職場であれこれ世話を焼いてくれたのは、刀矢だった。自分の在り方を考えるきっかけになった、特前村へは、矛と赴いた。花との真摯な付き合いを、千刃に学んだ。


 連人にとって、全てが大切な記憶であり、経験だ。もしも弔い省が無かったら、連人はこうならなかった。タチの遺体を前に右往左往して、何も出来なかったことだろう。何せ、墓代すら足りなかったのだから。


 「それで……母さんの事だけど。父さんは近況とか、知ってたりするのか? この国って結構厳しいっつーか、容赦無いだろ?」


 以前に矛から聞いた。この国では反省するまで刑罰を受けさせず、拘束を続け、長引く場合には食事の供給を止める。母親はすでに十二年の拘束を受けている。食事が出されているとは思えない。


 「毎日会いに行っているよ。食事の差し入れと、様子見にな。少々やつれてしまったが、元気にしているよ。ただ……お前の話をしたら、自分に息子と会う資格があるのかと言い出してね。いかんせん、十二年は長い。元はと言えば、自分が無責任な事をしたからだと。『ゆりかご姫に打ち明けて、私達の関係を認めて貰うべきだった。そうすれば、こんなに長く連人を放置しないで済んだ』と言うんだよ」


 連人は、考えるより先に「なんで」と口にした。別に、連人は両親を恨んではいない。確かに最近までは、自分が捨て子だと思っていた。しかし、この十二年は、決して不幸ではなかった。つらら姫に事の全てを聞いた今、連人には両親を責める理由が無かった。


 「母さん、オレと会ってくれないのか?」

 享は、静かにうなずく。


 「多分、自分がまだ刑を受けるに至っていない事も、原因だろうな。『連人に酷い事をしてしまった。なのに、自分は反省していない』とね。だが、それは仕方ないんだ。彼女にとって、日本での日々は幸せ過ぎた」


 享を選んだ事も、連人を産んだ事も、彼女は後悔していない。手段は誤ったかもしれないが、望んだ未来は何も間違っていなかったのだ。


 反省したいのに、出来ない。反省していない事が後ろめたい。それが、連人との対面に大きな抵抗をもたらしていた。


 「なら、今度父さんが会いに行く時、オレからも差し入れを頼みたい」

 「私が荷物を預かって、彼女に渡せば良いのかい? 分かった。持って行こう。それで、何を差し入れるんだい?」

 連人は父に、得意げな笑みを向ける。



 数日後、享は連人から受け取った荷物と、一日分の食事を持って、さやを訪ねた。


 「いつもごめんなさい」

 「謝るような事じゃ無いよ。はい、これ。連人からだ」


 享は、連人から預かった荷物を、さやに渡す。

 「お花……?」

 「バーベナだって。手紙もあるよ」


 さやは、戸惑いながら手紙を開く。


 「この花は、オレが村雲邸の一角を借りて育てたんだ。母さん、オレがこんな綺麗な花を咲かせられるなんて、知らないだろー? 結構、評判良いんだぜ、オレの花は。他にも、母さんに知って欲しい事が沢山あるんだ。オレだって、この十二年の間に、ちょっとは成長したんだ。それを、母さんに見せたい。この花も、その一つだ。だから、母さんの刑期が終わるまで、ずっと待ってる。あ、出所したらシャルロットケーキな!」


 「連人……。ふふ、汚い字。私に似たのね、きっと。……でも、そっか。もう二十歳なのよね。成長を見守る事は出来なかったけど、成長した姿はこの目で見なきゃよね」

 さやは、連人との再会に、前向きな姿勢を見せた。


 けれど、それは直ぐには叶わない。

 「刑期を終えてから、胸を張って、あの子と会う事にするわ」


 十二年もの間、刑罰に移行することすら出来なかったのだ。いつになることやら。


 と、思いきや。

 その日の夜には『反省の色あり』との判断が、正式に下されたのだった。



 タチの命日には、連人、享、馬澄の三人で墓参りに行った。供える花は、全て連人が育てた花だ。彼等は雲居式の所作で、タチの安寧を祈る。


 「連人君、これからどうしますか。お父様との再会が叶った以上、私に君を引き止める権利はありません。勿論、私は君が好きですし、居てくれるなら喜んで歓迎しますが……」

 元々、連人には他に行く当てが無かった。馬澄の好意に甘えて、ここまでやってきた。


 父か、恩人か。二人は、連人が選べずに悩んでしまうと思った。選ぶという事は、他の選択肢を捨てるという事だから。連人が、二人に気を使って、選べないのではと思ったのである。


 けれど、連人は即答した。


 「このまま爺さんの所に残るよ」

 「良いのですか。せっかくお父様と……」


 馬澄は困惑し、自分が、享から連人を取り上げているかのような錯覚さえ感じた。


 「いや、だってさ。父さんの家って王都の中心部だろ? 生花部の畑から遠いじゃん。爺さんの屋敷に居た方が通いやすい」


 享と馬澄は、呆気に取られた。連人は、享と馬澄を比べてはいなかった。最初から、そんな選び方をする気は、無かったのである。


 「そうだな、それは重要だ。『父さんの家に移ったせいで遅刻した』なんて事になったら大変だ。では、弔い卿。引き続き、息子を宜しくお願いします」

 「はい。責任を持って、お預りいたします。王城に赴いた折には、お店に寄らせて頂きますね」


 顔にはあまり出さなかったが、享は当初、弔い卿である馬澄に対し、かなり気後れしていた。国内で王族に次ぐ地位に就く人間が相手では、無理もない。けれど、それも少しの間だけ。帰る頃には、すっかり打ち解けていた。



 連人が王家の血を引いている事は、瞬く間に生花部内で広まった。王家が異世界の存在を秘匿しているので、出自については伝えられなかったが、畦雲家の人間だという所までは、皆の耳に入ったのである。


 「いやぁ、なんだか高貴なお顔をしてらっしゃると思ってたんですよぉ」

 んな訳ない。とはいえ、こういう冗談が出るあたり、連人と今まで通り接してくれるという事なのだろう。


 つらら姫との謁見、父との再会と来て、次に連人を待つのは、畦雲家だ。母親の実家であり、連人の祖父母宅。この祖父というのが、ゆりかご姫の父親と兄弟だという。同じ先祖を持つとはいえ、家格としては、村雲邸よりも上。つまり、バリバリのお貴族様という事だ。


 「どちらかと言えば、堅いお家柄です。現在の当主は、ご長男である報せ卿ですが……実質的な最高権力者は先代、連人君のおじいさまです。厳格さが服を着て歩いているような方ですよ」


 馬澄の話を聞き、連人は対面に気が引けてしまう。


 何故なら、自分が真っ白なテーブルクロスの前に座らされているからだ。嫌な予感しかしない連人に、馬澄はいつもの笑顔で、その予感通りの言葉を発する。

 「では、君があちらで恥をかかないよう、みっちり指導致します」

 「あ、やっぱり?」




 祖父は、いかにも怖そうな人だった。否、ドラマで見る怖い人達のボス。隠居して尚、裏社会では絶対的な権力をーーな見た目。村雲邸とは対照的な、和風建築の邸宅だった事も、それに拍車をかける。


 「(こえー)えっと、はじめまして。綾谷連人……です。今日はお会い出来て嬉しいです」

 棒読み。まあ、仕方ない。


 「連人……」

 「は、はいっ……」

 怖い顔が目の前まで詰め寄り、連人は生きた心地がしない。


 「よく来たなぁ。おい、みんな、孫だぞ孫。可愛い孫が増えたぞぉっ」

 「へ?」


 見た目とキャラが不一致。いかつい人は案外優しいとかそういうアレだろうか。しかし、馬澄の話と合わない。


 「爺さんの話と違うじゃんか」

 「ん?爺さん、とな?」


 連人を撫で回す手を止めた祖父。


 「ああ、あの。馬澄さんです。普段は爺さんって呼んでるもんで。爺さんが『畦雲家の先代当主は厳格さが服を着て歩いているような人』って……」


 「なんと!!奴め、儂を差し置いて爺さんなどと……。よし、決めたぞ。奴が爺さんなら、儂は『じいじ』じゃ! じいじと呼ぶが良いぞ、連人」

 「じ、じいじ……?」

 連人が呼んでみせると、あからさまに喜ぶ。


 「聞いたか、お前達。ふふん。奴は爺さんで儂はじいじ。これで儂の勝ちだろう」

 勝ちとは。


 「すみませんねぇ。うちの父は昔から、一方的に弔い卿を敵視しているものですから」

 呆然とする連人に、報せ卿がそう話す。


 「なんでも父が学生だった頃、自分を振った同級生が弔い卿に振られたとかで」

 何十年前の話だ。

 「ええと、それじゃあ『厳格』って話は……?」

 首を傾げる連人に、祖父は向き直る。


 「無論、奴に舐められないためじゃ。奴はいつも舐めくさった態度だからな。美鉾みほこちゃんも、刃菜はなちゃんも、早弓さゆみちゃんも、皆あのヘラヘラしたツラを『笑顔がステキ』だ何だと騙されて……。ちょっと顔が良いくらいの人間は五万といるぞ! それしか取り柄がないなら、じじいになった時、何も残らんぞ! だというのに、奴は顔の良さに胡座をかいて、さも当然のような顔で恋文を受け取りよるんじゃああああっ!」


 「ああ、うん。大体分かった」

 「でしょうね」


 荒ぶる老人を前に、連人を始めとする周りの人間は、至極冷静だった。


 「弔い卿が顔だけの人だと思ってるのは、父と、他の同級生くらいでしょう。モテない理由を他人に押し付けたところで、ねぇ?」


 そう言う報せ卿はというと、束ねたセミロングの髪に涼やかな目元、知性溢れるインテリ眼鏡。

 「(永遠に分かり合えなさそうな親子だ……)」


 他人からの値踏みを、最も受けやすい『容姿』にコンプレックスを持つというのは、当人とっては大問題だろう。彼も「不細工である事より、不細工を理由に卑屈になっている事の方が悪い」などと言われた事があったが、そもそも人並みの容貌をした人間に言われたところで、説得力は無い。


 優雅な所作に定評のある馬澄も、顔がそれほどでなかったら、あのように堂々とした振る舞い方はしなかっただろう。顔の良い人間は男女を問わず、その造形の美しさに裏打ちされた自信と余裕が、容姿以外の部分まで魅力的にしているに違いない。……そう考えると、祖父の言う「顔が良いからモテる」というのも、間接的には正しいのかもしれない。


 「ほらほら、お父さん。落ち着いて。弔い卿だってもうご高齢でしょう? 顔がどうとか、女性にモテるだとか考えるような歳では……」

 「ええい。家の玄関先まで『クッキー焼いたから食べて』なんて、そこそこ可愛い子が押しかけて来るようなお前に何が分かる!」

 「何年前の話ですか!」


 「(オレは何を見せられてるんだろう……)」

 初めて来た家で、老人のコンプレックスと昔の恋バナを聞くとは思わなかった。結局最後は、祖母の一喝で押し黙った。


 「そうだな。儂が大人気なかった。よく考えたら、奴は嫁さんに愛想を尽かされておるし、なんやかんやで儂の勝ちだったな」

 やっぱり大人気ない。


 「連人、お前さんにも良い人が出来る頃合いだな。悪いことは言わん。奴に恋愛相談はせん方が良いぞ」

 ……もうしちゃった事は黙っておこう。



 少々困った所のある祖父だが、馬澄の名前さえ出さなければ、普通に付き合っていけそうだ。連人は苦笑しながらも、安堵していた。


 連人は祖父との対面で、もう一つ分かった事がある。

 「オレの目つきの悪さは、じいじ譲りだったのか」


 また、その内会いに来よう。畦雲邸は父の自宅からも近い。元気そうにしてはいても、老い先短い事に、変わりはない。祖父母が元気な内に、会えるだけ会っておこう。

 いつか来る別れの日に、後悔しないよう。

この回で完結予定でしたが、思った以上にじいじが尺を取ってしまいました……。

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