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第12話 真夏の紅梅


 「あっっっつい」


 平地で迎えた初めての夏。いや、日本では都内に住んでいたのだから、久しぶりと表現すべきだろうか。何にせよ、山での生活に慣れきっていた連人には、辛い日々となっていた。ヒマワリも大きくなったが、肝心な一番暑い時間帯には、陰が出来ない。


 「お前達は元気そうだなぁ」

 望んで真夏の日差しを浴びるヒマワリは、太陽にも負けない力強さで、大輪の花を咲かせる。彼等も、そろそろ収穫だろう。ヒマワリは明るい性格の人や、若くして亡くなった人に手向けられる事が多いそうだ。収穫しても、茎葉は半分以上残るので、しばらくは西日除けとして機能するだろう。


 雨が降らなければ、人力での水やりが待っている。スプリンクラーなんて便利なものは無い。夏の水切れは、植物をあっという間に弱らせる。枯れるほどではなくても、葉が黄色くなるなど、ダメージは出てしまう。地植えとは言え、油断は出来まい。


 それ以外にも、この国の気候は驚くほど日本と似ている。梅雨や台風が存在し、その都度対策を練らなくてはならない。雨上がり後の高温で蒸れてしまったり、泥跳ねで葉が傷んだり、強風で植物がなぎ倒されたり……。そういった事態に悩まされるのは、異世界でも同じなのだ。


 結果、炎天下での作業を余儀無くされる。水やりは気温が上がる前に行う必要があり、始業時間は必然的に早まった。オンボロのタンクを持って、農地と給水所を往復する。草刈りをして、害虫が居ないかもチェック。台風の接近がニュースになれば、その対策を講じる。


 そんなこんなで、気付けば太陽が頭の上へ。

 「作業は朝の涼しい時間に」などと言う熱中症対策の通知が来ていたが、そんなのは無理な話だ。第一、熱帯夜が当たり前だと言うのに、涼しい時間など、あるはずがない。頻繁に休める事が、せめてもの救いだろう。



 「毎日暑い中お疲れ様です」

 休憩中、連人の元に、矛が訪ねて来た。


 「そっちこそ、休みがかなり不規則だって聞いたけど?」

 矛の仕事は、遺族と直接会い、葬儀が終わるまでサポートする事だ。連人もタチの葬儀で、随分世話になった。依頼がいつ入るかも分からない上、亡くなってから葬儀を行うまでの日数はまちまちだ。どうしたって、休みは取りにくくなるだろう。


 「年間の休暇日数は皆さんと同じですので。それに、自分がやりたくてやってる仕事ですから」

 と矛は笑う。しかし、とんでもなく神経を使う仕事だろう、と連人は思う。


 「で、何か用か?」

 「ええ。ちょっとお願いしたい事があって。今夜、お時間あります?」


 これまで、何かと面倒を見てくれている矛の頼みだ。連人は「ああ。オレに出来る事なら、何でも言ってくれ」と、お願いの内容を聞く前から、快諾の用意が出来ている。


 「まず、これは弔い省に関わる頼みではありますが、完全に業務外の事です。そして、国が定めた労働時間を超えての拘束は、法で禁じられています。なので、これは弔い省としての仕事ではなく、私からの個人的なお願いです。労働に見合うだけの報酬を約束出来ません。昼型労働者を夜間に働かせるのも、本来は違法で……」


 「だーっ! もう良い。で、何なんだよ。頼みたい事ってのは」

 前置きの長さに、連人は痺れを切らす。


 「あ、はい。すみません。その……ペーパークラフトです」

 「は?」




 連人が連れて来られたのは、矛の自宅だった。矛は現在、盾と二人で暮らしている。姉弟二人で住むなら、こんなものだろうという広さ。お世辞にも広いとは言えない、マンションの一室。ここに、多くの弔い省職員が、集まっていた。


 「(千刃に兄貴……あっちにいるのは、雲倉剣とか言ったっけ?)」

 他の者も、生花部内で見かけた顔ばかりだ。


 「……どゆこと?」

 「実は、私が今担当している遺族の方が、どうしても葬儀場にウメの花を飾りたいとおっしゃって。でも、今の時期はウメの在庫なんてありませんから……剣さんに相談して、ペーパークラフトで対処することにしたんです。でも、葬儀は明日の午後なので、通常の業務時間ではとても間に合いそうになくて」


 矛の話を聞いて、連人は先程の長ったらしい前置きに納得した。

 「なるほど。その無茶をクリアするために、合法的な建前が欲しかった訳ね」

 「はい。仕事として依頼してしまうと、法に引っかかるので『あくまでも個人的なお願い』という名目が必要でした」


 「何で、そこまでウメにこだわるんだ?」

 こんな真夏に飾りたい花ではないだろう。何より、真夏にウメを用意するのが困難な事くらい、遺族にも分かるはずだ。


 「亡くなった女性の、息子さんと娘さんから頼まれたんです。二人とも、まだ小学生で。お父様は『無理を言っては駄目だよ』と諭してらしたのですが、気持ちは同じだったようです。何でも、お母様はここ数年、入退院を繰り返していたとかで、家族揃っての外出は、滅多に出来なかったそうなんです。近場で『紅梅祭り』と言うのが開催されて、そこに四人で出かけるはずでした。でも、直前になってお母様が入院することになって、結局、三人でお出かけになったそうです」


 兄妹は、病気がちだった母親に、美しい景色を見せたかったのだろう。母親と同じ景色を見る機会に乏しく、寂しかったのかもしれない。とにかく、幼い二人が考えた、精一杯の弔いの形こそが、満開のウメなのだ。



 「紙買ってきましたよ〜」

 「あっれ?雲北さん?」


 ピンク色の紙束を持って現れたのは、連人が情報端末利用免許を取った際、試験官を務めていた雲北刃だった。


 「私の同級生なんです。連絡して、協力を要請しました」

 「全く、振った男をパシるとか鬼ですかあなたは」


 矛は、首を傾げた。

 「振った? そんな事ありましたっけ?」

 「その記憶もデリート対象だったんですか!?」


 この日、矛の魔法が『自分の中から消したい記憶を消せる』だった事を、連人は初めて知った。もっとも、本当に忘れただけという可能性も無くはないのだが。



 紙の紅梅作りは、皆で分担して作業した。型紙を当てて線を引く者、その線に沿って紙を切る者、枝となる芯にテープを巻く者。それぞれ、幾人かのグループになり、作業を進める。


 連人は千刃と盾、刃の四人で、紙の裁断を引き受けた。

 「連人君早いね」

 「そうか?」

 「あ、本当だ。私はまだ、ここまでしか進んでません」

 「兄さんもね、結構器用なの。昔から小さい物が好きで、細かい作業とか得意みたい。連人君も兄さんも、手が大きいからやり辛そうなのに」

 「(雲江千刃ってこんなに喋るのか……)」

 などと、雑談をしながら指先を動かす。


 「しかしまぁ、矛姉も仕事熱心だよな。『ウメはありません。無理です』って言っても、誰も責めないのに」

 「実際、他の職員が担当だったら、そうしたと思うぜ。ただ姉貴は、親父が死んだ時に、お袋が葬儀代をむしり取られたの、ずっと覚えてるからさ。身内が民間の葬儀会社やってたもんだから、信じて任せたんだけど。親父の遺産がそれなりにあったし、目が眩んだんだろ」


 「盾ちゃんは覚えてねぇの?」

 「全然。それ以前に、状況を理解出来る歳じゃなかったしな。姉貴は相当悔しかったみたいで、弔い省入る時に『絶対、私達のような思いをさせない』って、息巻いてたよ。オレはむしろ、その後の質素な生活の方がキツかったな。必要以上の金を取られた上に、世帯収入減っちまったからさ」


 いつもの軽い口調で話す盾。彼にとっては、もう過去の事なのだろう。今は、お金に困っている様子も無い。けれど、そうやって割り切れない人間もいる。

 矛は、忘れようと思えば、忘れられる。だが、決して忘れようとしない。どんなに忌々しくても、彼女は、この記憶を忘却する訳にはいかなかった。


 「どんな事情があるにせよ、収入以上の仕事を進んでやろうなんて、狂気の沙汰ですよ。まぁ、そういう頑張っちゃうところが良かったんですけど」

 そんな事を言ってはいるが、この作業は完全に無報酬。それどころか、刃は弔い省の人間ですらない。矛に気があったにしても、お人好しはお互い様だろう。


 時折休憩を挟みながら、膨大な量の紙を切っていく連人達。それでも、ハサミを持つ手には、疲労が溜まっていく。他の作業をするグループからも「ずっと座ってるから腰が……」「手首にくるわー」と、声が上がる。


 「すみません。無茶なお願いをしてしまって……。あの、時間ももう遅いですし、お布団敷きますから、皆さんは休んで下さい」

 申し訳無さそうに矛が言うと、即座に剣が立ち上がる。


 「いやいや『皆さんは』ってなんですか。自分だって疲れてるじゃないですか。そりゃ、ご遺族からの無理難題を引き受けたのは貴女ですけど、貴女の頼みを引き受けると決めたのは私達です。自分一人に責任があるなんて、思わないで欲しいです」


 剣は手を叩き、皆の視線を自分に向けさせる。

 「はい、それじゃあ一旦仮眠を取ります。アラームが二十分後に鳴るようセットしておきますから、それまでは目を閉じ、楽な姿勢で休んで下さい。起きたら作業再開。貴方達は私より若いんだから、最後まで踏ん張りなさい」


 普段の舌足らずな口調とは違う、はきはきとした指示。そういえば彼女は、ここまで一度も疲労を訴えていない。この場の最年長らしいが、随分とタフな人である。体力的な事を「若いんだから」で片付けられてしまった事に、当の若者達は若干の不満があった。が、彼女自身が何の文句も言わないので、彼等もまた、何も言えなかった。というか、本当に彼女は何歳なんだ。



 アラームが鳴り響くと、皆、重だるい瞼を開ける。伸びをしたり、目を擦ったりと、疲労が完全に取れる事は無い。それでも、休む前より遥かにマシだった。


 「さて。ちゃっちゃと片付けるとするか」

 比較的、連人は回復が早い。ついでに、寝起きも良かったりする。皆に先んじて、作業を再開した。


 休む直前に比べ、作業効率が格段に良い。やはり、適度な休息は必要だ。誰もがそれを実感すると同時に、矛の『皆さんは休んで下さい』という提案を、受け入れなくて正解だったと思う。彼女の性格なら、本当に一人で全部やろうとしただろう。仮に出来たとしても、その後、一睡もせずに葬儀へ臨む事になる。剣が声を上げたお陰で、それを免れた。


 全ての作業が終わる頃には、朝日が顔を出していた。「皆さん、ありがとうございます。今度こそ、お休みになって下さい。私も運び出しの時間までは休みます」


 皆一斉に倒れこみ、泥のように眠る。いびきがうるさいとか、寝顔を見られるのが嫌だとか、今は何も気にならない。眠るという本能だけに、身体が反応していた。


 そんな彼等の眠りを中断させる、イレギュラーな音が静寂を裂く。だれかが玄関のチャイムを押したらしかった。


 「運搬の車、もう来たのか?」

 「まさか。まだ七時前ですよ。誰でしょう」

 矛は、意識が半分覚めない状態で、玄関に向かう。


 「今開けまーす。どなたです……か」

 扉を開けた瞬間、矛の意識は完全に覚める。


 「弔い卿!?」

 矛が発した声に、他の者も意識を覚醒させた。


 「どういう状況ですか、これは」


 馬澄の問いに、矛は答えられない。


 「それは、その……」

 屁理屈で法の目をかいくぐり、無茶な頼みをしていたとは、言えなかった。


 「真面目な貴女の事ですから、何かしら事情があるのでしょう。でも、それとこれとは別の話です。連人君がこちらにお邪魔するとは聞いていましたが、まる一晩帰らないとは聞いていません。こちらでの生活に慣れて来たとはいえ、連人君には、まだ分からない事も多い。そんな子が連絡も無しに、いつまでも帰って来なかったら、心配するでしょう。鍔姫だって、ずっと待っていたんですよ?」

 「あっ……」


 連人は、狼狽する矛の隣に立つ。

 「ごめんなさい。今度からは、ちゃんと連絡します」

 しおらしく頭を下げた連人に、矛は自責の念をたたえた視線を送る。

 「そうして下さい。成人相手に『外泊するな』とは言いませんから。それで、何が理由だったんです?」


 皆、一様に顔を見合わせた。矛の気持ちを知っているだけに、矛が責任を問われるような事は避けたい。それを知ってか知らずか、彼女は「私が無理を言って、皆さんを巻き込みました」と言った。


 矛が全ての事情を話す。馬澄はそれを黙って聞き、矛の話が終わったところで、口を開いた。

 

 「そういう事は、もっと早く言いなさい」

 「えっと……処分は?」


 「しませんよ。良いですか、労働時間を法律で縛るのは、労働者の安全と健康を守るためです。自発的かつ、やむを得ない事情であれば、多少は大目に見ます。ただ、もっと人手があれば、日付けが変わる前に終わったはずです。次からは、自分で動く前に、上の人間に相談しなさい。それで解決しないのなら、私に言えばよろしい」


 馬澄の言葉に、全身の力が抜ける。あれだけ屁理屈をこねて「法に触れていない」と言い張るための体裁を整えたというのに。始めからそんな必要無かったなんて。もっとも、馬澄相手に合法だと主張出来なかったあたり、矛にこの手の企みは、向いていないのだろうが。


 素直に「遺族の想いに答えたい」と、部長の鞘子しょうこにでも訴えていたら、ここまでの苦労は無かったかもしれない。矛は気まずそうに、何度目かの謝罪を口にした。



 後日、ペーパークラフトに参加した面々に、拙い文字で書かれたお礼状が届く。画用紙いっぱいに、クレヨンで書かれた「ありがとう」の文字。それから小さな字で「お母さんはよろこんでくれたと思います。ありがとうございました」と、何度も書き直したであろう、鉛筆の黒ずんだ跡の上に書かれていた。


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