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三竦みの魔王がいる世界の物語  作者: 史塚 晃
第一章
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09話 親族会議と二通の手紙


 葬儀は粛々とした雰囲気の中で行われた。

 参列者は皆一様に悲しみ、棺に献花された花の数が故人の人柄を偲ばせた。

 この葬儀で弔われたのは

 オルロ・バルトスとラーザ・バルトスの二人……夫婦であった。

 二人は馬車で移動中に、不幸にも魔物に襲われ命を落とした。

 彼らは子宝に恵まれず、

 悩んだ末に十三年前、二歳だった女児を養女にすることを決意する。

 彼女の名前はエルリア・バルトス。

 エルリアは養女だという事実を知らされることなく、

 両親に愛情を注がれて育てられた。

 そのエルリアの運命が葬儀が終わった後、決まろうとしている。



 オルロ邸の応接室では今からオルロとラーザの親族たちが集まって、

 エルリアの将来についての話し合いが始まろうとしている。

 会議の進行役はラーザの弟であるロイス・マクシミリアン。

 年齢は五十になったばかりではあったが、

 頭髪は白髪に染まっていて、冷たい目をした男であった。

 

「エルリア、そろそろ終わりにしよう。

 どの家に嫁ぐのか決まったか?」


「何度も言うように、わたしは結婚などしたくありません。叔父様」

 

 エルリアの将来とは、彼女の結婚相手を決めるものだった。

 そして、それは彼女の本意ではない。

 

「いい加減にしろ。

 はっきり言うが、嫁ぎ先を選ぶ以外の選択権はおまえにはない。

 一族と一切血の繋がりがないお前に、

 こうやって選択する自由を与えてやっているんだ。

 少しは感謝してほしいものだがな」


「確かにわたしは養女で、血の繋がりは一切ありません。

 ですが、こうなって叔父様方に言われるまで、

 養女だと疑うようなことは一切なかった。

 お父様とお母様が愛情を注いでそう育ててくれたのに、

 それを無駄にするようなことはできません。

 だから、わたしは叔父様たちの言う通りにはしません」 


 この会議が始まる三日前まで、

 エルリアは自分が養女であるという事実を知らなかった。

 それを知らせたのは、目の前にいる血縁者だと思っていた大人たち。

 両親の死に悲しんでいた彼女に、追い討ちをかけるようにこの事を伝えた。

 

「ほう……。昨日までとは別人のようだな。

 両親の突然の死、しかもその両親は実の両親ではなかった。

 この二つの事実から、たった三日で立ち直ったと?……ありえんな。

 差し詰め、叔母のバネッサ辺りに何か吹き込まれたんだろうが、

 お前が何を言おうが状況は変わらん」

 

 ロイスの言ったことは、的を射ている。

 エルリアは昨日の途中から会議に復帰した叔母のバネッサから、昼食休憩の時に信頼する人間の到着を聞かされ、一枚のメモを渡された。

 この二つ出来事で、それまでの憔悴しきった状態から少し回復していた。

 特にメモに書かれた

 ――

 どんなことがあっても私は味方だから、好きなようにやりなさい。

                              カズキより

 ――

 この短い文章が、彼女に勇気を与えた。

 今までは、ただうなだれて話を聞くだけで、自分の意見を言うことなど一切なかった。

 それが、メモを読み、一晩自分に何が出来るかを考え、両親の葬儀を終えて、まさに別人のように彼女の意識は切り替わっていた。

 しかし、それがどうした?と言わんばかりに会議は続く。

 

「何を言ってもですか……」


「そうだ。

 だいたいお前が恨みごとを言うべきは私ではなく、養父のオルロにだろ? 

 自分が急逝すれば、今のような状況になることは分かっていたはずなのに、

 手を打っておかなかったのはお前の養父だ。

 私たちはその後始末をしてやっているんだよ。

 おまえの言っていることは筋違いも甚だしい!」


 ロイスは眉間にしわを寄せ、珍しく言葉に感情を乗せて、そう言い放った。

 彼にしてみれば、この会議自体が茶番なのだ。

 オルロが得たマクシミリアン家の『紋』は、姉であるラーザの行動がなければ自分の物になっていたはずのもの。

 それをラーザのせいで、赤の他人であるオルロがそれを奪っていった。

 ロイス自身には未婚の男児がいないので、会議そのものが彼に取ってはどうでもいいものであった。

 

「お父様に恨みごとを言うなんてありえません!

 わたしは今でもお父様を信じています!」


「信じようが何をしようが構わないが、唯一の事実は遺言状はここになく、

 お前はピンチだということだよ。

 だから、そんな無駄なことは止めて早く嫁ぎ先を決めたほうがいいぞ。

 結婚して『紋』と遺産を移譲した後も、自分を養ってくれそうな家をな。

 移譲した後なら、お前が何をしようが文句は言わない。

 すぐに離婚してその家を出てもいいんだぞ?  

 なんなら、私を後見人にして二年間耐えてみるか?

 そうすれば、オルロが残した財産は手元に残る。

 お奨めはしないがな」

 

 エルリアの言葉に、ロイスはただ淡々と答える。

 後見人を二年務め、その後自分に『紋』を継承させるという方法もあるにはあったが、ロイスはそれを望んでいる様子はなかった。

 ともかく、一刻も早く『紋』をマクシミリアン家へ取り戻す。

 これが彼の第一の目標であるようだった。


「わたしの意思や尊厳は関係ないと?そう叔父様は言うのですか!」


「それ以外を言っているように聞こえたのか?

 それと、私はお前を姪だと思ったことは一度もないよ、ただの一度もな。

 姉のラーザと世間の手前、そう見えるように振舞っていただけなのだよ。

 だから、お前がどうなろうと私はどうとも思わない」


 ロイスがエルリアにこう言った時、さすがに言い過ぎではないか?

 という空気が部屋に漂った。

 そして、もう我慢ならないといった感じで、机をバンッと手で叩き、椅子から立ったバネッサの怒りの声が響く。


「もうその辺にしといたらどうですか!

 十五歳の両親を亡くしたばかりの少女相手に、

 そこまで言う必要がどこにあるんですか!!」


「叔母様……ありがとう……」


 自分のために怒ってくれたことへ、エルリアが感謝の言葉を述べる。

 だが、その声すらロイスには届かなかった。

 ただ目を少し細め、いつもよりも低い声で言う。


「外野は黙ってていただこうか」


「外野ですって?」


「そう、外野だ。

 バネッサさん、貴方、自分が会議の途中で権利を放棄すると言って、

 退室したことお忘れになったのですか?

 それを途中で戻ってきて、会議の様子を見たいという。

 オルロの妹でエルリアの叔母という立場から許可はしましたが、

 本来ならここいる権利すら持っていないということを忘れないで欲しい。

 昨日までの意見交換の場ではないのですよ。

 『そろそろ終わりにしよう』と最初に言ったでしょう?

 ここからは権利をもった人間のみが、発言を許されるんです。

 理解できたなら椅子に腰をおろして、聞いていてください」


「ごめんね……エル……」


 こう言われてしまっては、バネッサに返す言葉はなかった。

 途中で抜けたことも、権利を放棄すると言ったことも全て事実なのである。

 

「さて、そろそろ相手をするのも面倒になってきた。

 決まったか?

 二歳の自分を拾ってくれた裕福で優しい両親。

 その両親を失ったばかりの可哀相な自分に、

 優しくしてくれそうな家は見つかったか?

 さぁ、答えるんだ!」


 ロイスがエルリアに最後の決断を迫ったその時、

 バタンッ!と部屋の扉が開かれた。

 開かれた扉の向こうには、三人の人物が立っている。

 その中の一人の顔を見たエルリアが、席を立ち扉の方へ一目散に走りだした。

 

「先生!」


 そう叫んで、男性に抱きつくエルリア。

 今まで、ロイスに色々言われても対等に渡りあってきた彼女が、彼の顔を見た途端も涙が止まらなくなっていた。

 彼は抱きついたエルリアの頭を優しく二度ほど撫でた後、両手で彼女の両肩を持って彼から少し離し、彼女に自分で立つように促した。

 そして、上着のポケットからだしたハンカチで、その涙を拭き、そのハンカチを手渡した。

 拭いても拭いても涙が止まらないエルリアの横に、彼と一緒に来た女性がそっと寄り添う。

 それを確認した男性は前へ一歩踏み出した。


「いい加減にしていただこうか!!」


 強い口調でそう言ったのは、カズキだった。

 エルリアに寄り添っている女性は、ラフィル。

 最後の一人は顧問法律士のロキソ・ニンザーグ。

 言われた方は、状況が理解できていない。

 顔も知らない部外者に、急に邪魔をされたロイスは怒りを顕わにしている。


「なんだお前は。ここは一族の者しか入れない会議中だぞ

 さっさと出て行け!」


「もちろん会議中だということは、知っていますよ。

 その会議に必要なものが見つかったので、お届けに参りました。

 顧問法律士の先生と一緒にね」


 自分がここへ来た目的を説明するカズキ。

 ニンザーグがそれを補完する形で続いた。


「この方から預かったこの書状が、

 本物のオルロ氏の遺言状と確認が取れましたので、

 その旨の通達と、今からこの遺言状の開封・朗読を致します」


「何を言っているんだ?

 こんな顔も知らないような奴が持ってきた遺言状が、本物なわけないだろ?

 法律士先生」


「いえ、間違いございません。

 この遺言状をオルロ氏に頼まれて、作成したのは私ですので。

 契約によって原本を目の前にした場合にのみ、

 真実をお話できるようになっておりました」


「ほう、あなたがこれの正当性を保証するっていうのなら、それで結構。

 早く開封してください。」


 ニンザーグは完全に口調も態度も仕事モードであった。

 オルロ邸に到着するまでのカズキたちに対するフランクな態度は見られない。

 そんな彼の姿が、カズキには頼もしく感じられた。

 安心したカズキは、ロイスの相手を任せてエルリアの元へと戻った。

 エルリアはラフィルの右肩で顔を隠すようにして、まだ涙を止めれないでいた。

 その彼女を左から支えるようにカズキは立って、優しく肩を抱いた。

 ようやく涙がおさまった頃、ロイスとの会話を終えたニンザーグが

 遺言状とは別の、二通の手紙を持ってこっちへ近づいてきた。


「開封・朗読する前にエルリアとカズキ。

 二人にオルロ夫妻からの手紙を渡しておく。

 これを別の部屋で二人で読んで来て欲しい。

 私はこちらの用件が済み次第、そちらに向かう」


 そう言われた二人は、どこでこの二通の手紙を読むのが良いのか話し合い、

 客間の棺が今朝まで飾られていた、祭壇の前に決めた。

 本当はお墓の前で読みたかったが、家の中でと言われたので、

 少しでも手紙の主に近い場所で読みたい、と考えたからだ。

 読む場所をニンザーグに伝え、二人はそこへ向う。


 

 祭壇の前で手紙を開けてみると、

 オルロからの手紙からは便箋が二枚、ラーザのものには一枚入っていた。

 ほぼ確実にエルリアへの個人的な内容と思われたので、

 一緒に読んでいいかの確認を取って、二人は一緒に読み始めた。

 

 

―― 

 

 

 エルへ


 お前がこの手紙を読んでいるということは、

 十八歳の成人を迎える前に、

 お前を残してワシもラーザも死んだということだ。

 最初に謝る。すまなかった。

 そして隣で読んでるであろうカズキ。ありがとう。

 お前ならきっと必要な時に、

 遺言状をエルの元へと運んでくれると信じていた。

 遺言の朗読を無視して、手紙なんて読んでていいんだろうか?

 という疑問があるだろうから、先に遺言状の中身について説明しておく。

 あの遺言状には簡単にいうと、ワシ名義の全財産を寄付する旨が書いてある。

 商家の運営はワシが選んだ五人の専門家の合議制としてあるので、

 そうそう潰れることはないから、気に病む必要はない。

 ついでにいうと、ラーザ名義のものも全て寄付することにした。

 『紋』については、ラーザの弟のロイスに移譲することにしてある。

 ワシの代で終わらせることも考えたのだが、

 そのことでエルを逆恨みする輩がでないとも限らないので、

 それは止めておくことにする。

 勘のいいカズキなら気がついているかもしれんが、

 エルに残そうと思っていたものは、

 すでにエル名義に変更してあるので問題ない。

 

 最後に、エルを養女にもらって本当に幸せだった。

 エルが来てからの人生は、来る前の十倍は楽しかったぞ。

 ありがとうな。

                           

                           父より

 

 

―― 

 

 

 カズキへ


 ニンザーグからこれから先のことの相談があると思う。

 お前とエルの好きなようにやってくれ。

 悩んだ時用に用意はしておくが、無視してくれても構わない。

 ワシが望むのはワシが愛した人たちの幸福だけだ。

 短いがこれで勘弁してくれ。

 こっちに来るのはずっと先でいいぞ。

 土産話期待しているからな。


                         オルロより

 

 

―― 

 

 

 エルちゃんへ


 あの人から急にエルちゃん宛ての手紙を書けと言われて、

 急いでこの手紙を書いています。

 なんでも、私達二人ともが貴方が十八歳になる前に、

 いなくなった時だけ読まれる手紙なんだそうよ。

 縁起でもないと思わない?

 きっとこの手紙が読まれることがあったら、あの人のせいね。

 あの世でちゃんと私が叱っておくので、貴方は怒らないであげてね。

 貴方に怒られたら、きっと安心して天国へいけないと思うから。

 この手紙が読まれないことを祈っています。

 愛してるわよ


                           母より

 

 追伸:

 カズキさんも読んでるらしいので、書いておきますね。

 エルちゃんのことよろしくお願いします。

 お体だけには気をつけて。


                         ラーザより


―― 

 

 手紙を読み終えた二人は、子供のように泣きじゃくった。




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