08話 探しものを求めて
現在午後四時。残り二十時間。
日がだいぶ西に傾き、影が長くなってきている。
警備兵詰所を後にした二人はそこから、オルロが亡くなった現場で遺言状が落ちていないかを捜索し、昼食を取った後、オルロの自室、仕事部屋、ラーザの自室などもまわったが、成果は得られなかった。
今はオルロの顧問法律士に会うために、事務所へ向かっている途中だ。
この顧問法律士、オルロとは二十年来の付き合いで、
名前をロキソ・ニンザーグという。
カズキも王都にいた頃に何度か面識があった。
事務所の場所は大通りに面した一等地にあり、仕事の順調さが伺えたが、悪徳法律士というわけではなく、世間で噂される人となりは真面目・実直と言ったものばかりで、堅実な仕事ぶりで有名だった。
夕方の大通りということもあってすごい人ごみであったが、
二人はようやく目的の場所へたどりついた。
事務所の扉の前にあるドアノッカーを四回叩き、訪問を知らせる。
中から出てきたその人が、ロキソ・ニンザーグだった。
「おひさしぶりです、ニンザーグさん。
以前、バルトス商会に勤めていた時に何回かお会いしたことのある、
カズキ・タカフサといいます。
こっちは秘書のラフィル・ミーンです」
「覚えているよ。オルロのお気に入りだろ?
秘書同伴とは、なかなか偉くなったもんだな。
ま、立ち話もなんだから、中に入りたまえ」
事務所右奥にある応接室で待つよう言われ、そこに向った二人。
その部屋は十畳ほどの広さであろうか、向かい合うようにソファー、その真ん中に机、壁際に大きな柱時計が置かれていた。
「今、ちょっと秘書を使いに出していてな。味の保証はしないぞ……」
少し遅れて部屋に入ってきたニンザーグは、
そう言いながらソファーに並んで座る二人に、コーヒーを差し出した。
彼が席につくのを待って、カズキは話をはじめた。
「今日お伺いしたのはオルロさんの遺言状のことについて、
お聞きしたいことがあったからです」
「ほう……、続けたまえ」
「今、オルロさんの娘であるエルリアは大変な苦境に立たされています。
それを打破するためには、どうしても遺言状が必要なんです。
二つお聞かせください。
まずは、遺言状は本当に作られたのでしょうか?
その他にもなにか知っている情報があれば、
些細なことでも構いませんので教えていただけませんか?」
「事情はわかった。
カズキ、おまえがエルリアを心配している気持ちも伝わったし納得もした。
では、質問に答えよう。
一つ目の質問への答えは『職業倫理上、答えることはできない』だ。
二つ目への質問への答えは『答えられない』だ。
マクシミリアン家の連中もここにきて、オルロの遺言状を持っているか?
と聞くから『持っていない』と答えてやったわ。
で、持ってないならオルロの遺言状のある場所を知っているか?
としつこく聞いてきたので『知らない』とな。
さ、私に言えるのはここまでだ。
そのコーヒーを飲んだら、出て行ってもらおうか」
そういうとニンザーグは応接室から出て行ってしまった。
残された二人は険しい顔をしている。
手がかりがなくなって悲嘆にくれるという感じではなく、何かてがかりになるものを感じたが、それがはっきりしないといった風である。
――『納得もした』と『言えない』……か――
カズキがひっかかったのはこの部分である。
――オルロの遺言状……。
なぜニンザーグ様は必ず『オルロの』をお付けになるのだろう……――
ラフィルもまた違和感を覚えていた。
しばらく考えたが答えが出ず、
モヤモヤした二人は同時に机につっぷしてしまう。
その状態でお互いの顔を見合わせて、
「どうした?ラフィル、ひどい顔だぞ?」
「それはお互いさまです……」
気分転換の軽口を叩いた後、
お互いが何について考えていたかを話しあった。
十分ほどして、帰り仕度を済ませた二人はニンザーグに別れの挨拶をするため、応接室から彼のオフィスへと向かった。
さきほどの二人の話し合いは、一応の決着を見たようで、
帰る前にそれをニンザーグにぶつけるつもりでいるようだ。
「急におしかけて、すみませんでした」
「帰るのか?次は私の秘書がいる時に来るがいい。
彼女のいれるコーヒーはうまいからな」
「帰る前に一つだけいいでしょうか?」
「オルロの遺言状に関すること以外でだぞ?」
「はい。私の聞きたいことは、そのことではありません。
ラーザ様から預かっている遺言状か、それに準ずる物はないか?
ということです」
「……やっとそう聞いてくれたか。
だが、それだけではまだ渡せない。ちゃんと説明したまえ」
「わかりました。でも、それを説明するには質問がたりません。
ニンザーグさん、貴方はオルロさんの遺言状について質問されたことに対して、嘘をつくことは可能ですか?」
「答えは『出来ない』だ」
――よかった……。これでダメなら、手がかりがゼロになるところだった――
カズキは自分たちが考えたことをニンザーグに説明する前に、
現在確定している事柄の確認を行う。
ニンザーグはオルロの遺言状について質問されたことに対して、
嘘をつくことは出来ない。
ただし、職業倫理上、答えることができないものもある。
それに加えて、何でもいいから教えろという質問には、
『答えられない』と言ったことから、職業倫理に引っかからなくても、
答えることが出来ない類の質問がある。
現在オルロの遺言状は持っておらず、ある場所も知らない。
これが現在わかっていることだ。
これを踏まえて、まず一点目。
遺言状が本当に存在するのかどうか?
オルロは自分の親族を碌なもんじゃないというほど信用していないこと。
二年前の時点で、自分がいなくなった時のエルリアを守るの為に、
カズキを一族に加えようとしていたこと。
最後にカズキたちの知る、オルロという人間の性格。
以上の三点から存在すると考える。
二点目は、その遺言状を作成した法律士は誰か?
また、ニンザーグが作ったのであれば、なぜ預けなかったのか?
という疑問である。
おそらく作ったのはニンザーグあると彼らは考えていたが、
問題はそこではないとも考えていた。
顧問法律士であるニンザーグに預けていない、という事実の方を重要視した。
二十年来の付き合いの顧問法律士であるということを知っていれば、
誰でもニンザーグが遺言状を持っていると考える。
そのことをオルロは問題視したのではないか?と。
自分だけがいなくなった場合はラーザがいるので、そこまで心配する必要はないが、最悪の二人が同時にいなくなった場合は違う。
盗難などで、その遺言状さえなくなればエルリアから『紋』だけでなく、
相続するはずの財産も全て奪えるからだ。
考えたくはないが、暗殺という可能性さえあった。
そこで、オルロはニンザーグに預けることはせず、自分で保管・管理をすることにして遺言状を安全と思える場所に隠したのではないか?と。
三点目は、その隠した場所はどこなのか?
それを知るためには何をすればいいのか?である。
ニンザーグは現在オルロの遺言状は持っておらず、ある場所も知らない。
これは確定事項である。
そこでラフィルの感じた、遺言状の前に『オルロの』を付けるのか?
という疑問から、
オルロ以外の遺言状、もしくはそれに準ずる物があるのではないか?
そして、それはオルロの遺言状の在り処のヒントになっているのではないか? と考え『ラーザ様から預かっている遺言状か、それに準ずる物はないか?』
と聞いた。
答えの『それだけではまだ渡せない』で、ヒントが存在することが確定した。
次にひっかかったのは、
『おまえがエルリアを心配している気持ちも伝わったし納得もした』
の『納得もした』の部分。
ニンザーグから何らかの『納得』を得ることがヒントを聞ける条件ではないか?と推測した。
最後に、ニンザーグに何を納得させればいいのか?
一つ、エルリアを心配する気持ち
二つ、オルロの意図を見抜く知恵と行動力
この二つをニンザーグに認められ『納得』させることができた時に、
ヒントが得られるようになっているはずであると、告げた。
「おめでとう。これがローザさんから預かったものだ。
先に言っておくが、これをどこで使うのかは私も本当に知らないからな」
と言って、カズキに箱に厳重に保管された、小さな鍵を渡した。
「仮説のほうは概ね正解だったよ。
オルロは結局、エルリアの保護者にたる人物かを、テストしたかった訳だ。
私はそれを手伝わされたんだよ。
昔からやり方がまわりくどい奴だった、本当にな……。
……それにしても、この短い時間でよくわかったな」
ニンザーグは自分の仕事が終わったからなのか、上機嫌に見える。
オルロとの契約は鍵を渡すまでだったようだ。
逆にその鍵を託された方は困り果てている。
せっかく一つの謎を解いたのに、出てきたのはヒントという名の新たな謎であったのだから仕方がない。
「仮説の方は、オルロさんが何をしたかったのかというところから逆算して、
それにニンザーグさんの言動を当てはめていっただけなので、
自分で考えてやったか?と言われると少し怪しいです。
それにしても、この鍵……」
「鍵のことは本当に知らんぞ。
ただ……、ラーザさんの名前を使ったことは、偶然ではないだろうな。
夫妻の両方を知る人物であることも、条件であると考えるべきだ」
この会話を聞いたラフィルが何かを思いついたようで、
「ニンザーグ様、応接室にある柱時計。
もしかして、オルロ様からの贈り物ではありませんか?」
「ん?確かにそうだが……?それが何か関係あるのか?」
「そういうことか!
ラフィルよく気付いてくれた!!」
カズキは宝物を見つけた子供のような顔をして、今にも踊り出す勢いだ。
何かを思い出したのか、時計を急に見ると、
「急がないと、間にあわないかもしれないな……」
と呟いた。
そして、ラフィルを連れて急いでニンザーグの事務所を出た。
時計は午後五時を少し過ぎたところ、
会議開始まで残り十九時間を切っている。
目指す場所は、もちろんオルロの遺言状の在り処であった。