07話 警備兵詰所にて
ここは王都中央大通り。
王都の南の入り口から城へと続く、この街の大動脈とも言える通りだ。
馬車も通ることを最初から想定されて作られたこの通りは、他の通りに比べ極端に道幅が広くなっている。
通りの西側から、商店・歩道・南の入り口へ一方通行の馬車道・北の城へ一方通行の馬車道・歩道・商店という並びになっている。
まだ時間も朝早いということもあって商店は開店準備中。
食べながら歩けるようにと開発された軽食を売る屋台も、
まだ仕込みを続けている。
そんな中を他の歩道の人々より、明らかに速く南へ進む二人の男女がいた。
二人は一言も話すことなく、男性の方は少し落ち込んだ様子で、女性のほうがそれを後ろから心配そうに見ていた。
一人はタカフサ・カズキ。
つい先ほど、自分の命の恩人であったオルロ・バルトスとその妻のラーザ・バルトスの死を確認したばかり。
更にその娘であるエルリア・バルトスが夫妻の実子ではなく、
養女であった事実も同時に知った。
今の彼の心情を他人が知ることはできるはずもない。
もう一人はラフィル・ミーン。
彼の秘書を務める彼女は、
宿で休んでるいたところを『君の力が必要だ』と連れ出された。
何が起こったのか?と思いながらも、ただ彼について歩いて行く。
『必要だ』と言われたことは嬉しかったが、
肩を落として歩く彼の姿が心配だった。
しばらくすると歩く速度を少し落として、オルロ邸であったことをカズキはラフィルに伝えた。
夫妻の死は彼女を悲しませ、エルリアが養女であることで驚き、そして置かれている状況が、気を引き締めさせた。
続けて、カズキが今向かっている先が王都の南の入り口の近くにある王都警備兵詰所であることと、その理由の説明を始める。
「最初にやっておかないといけないことがある」
「なんでしょうか?」
「最悪の可能性を消しておかなければならないってことさ……」
「ああ……」
その一言でラフィルは全てを理解した。
つまり、オルロが魔物に襲われて亡くなったのではなく実は暗殺されていた、という可能性があるかを確かめる必要がある、とカズキは言っているのだ。
マクシミリアン家が魔物の仕業に見せかけてオルロを殺害し、遺言状を隠し、エルリアに無理矢理結婚をせまり、財産も全て奪う。
最初から全て仕組まれた出来事だったというのが、
彼の言う最悪の可能性であった。
その場合は既に、遺言状は破棄されており、
二人に打てる手がなくなってしまう。
確かにこれを最優先で確認する必要があった。
王都クレインの南の端にある王都警備兵詰所前。
二人は入り口に立つ警備兵に、二日前にあった魔物襲撃事件の担当者を呼んでくれるように頼んでいる。
その詰所は赤いレンガ造りの堅牢そうな二階建ての建物で、大きさもそこそこあり中には五十人以上もの警備兵が待機していた。
詰所は王都の東西南北と中央の計五箇所にある。
仕事の内容は多岐に渡り、王都の治安維持はもちろんのこと、魔物が現れたときにはその駆除も仕事の一つである。
しばらくすると、制服を着崩した一人の警備兵が現れた。
「えっと……俺に用があるってのは、おたくらのことでいいのかな?」
「魔物襲撃事件の担当者の方ですか?私はカズキ・タカフサ。
今回の事件で被害にあったオルロ・バルトスさんの身内のようなものです。
少しお話を聞かせていただけませんか?」
「こりゃ、ご丁寧にどーも。俺はギズロ・ヘンリーク。
あんたらがお探しの担当官だ。
で、タカフサさんでしたっけ?身内のようなものねぇ……。まぁ、いいや。
聞きたいことはなんだい?
あ、あと後ろの美人さん。これ終わったらお茶付き合ってよ」
二人の持っている警備兵のイメージと、かけ離れた態度を取る男。
少し訝しんだが、時間もないので話を続ける。
お茶に誘われたラフィルは、
そんな会話は存在しなかったかのように黙って話しを聞いていた。
「時間がないので、単刀直入にお聞きしますね。
あの魔物事件、魔物襲撃以外の可能性はありますか?」
「あんた、おもしろいこと言うね。
つまり、人間に殺されて、それを魔物の仕業に見せかけた可能性はないか?
って聞いてんだろ?断言するがそれはない。
人間に魔物の狂気は真似できないよ。出来たらそいつはもう人間じゃない」
「さきほど、オルロさんとラーザ様のご遺体を確認してきましたが、
狂気を感じるほどの痕跡はなかったですが?」
「なるほど……。まぁ、あの二人の遺体を見ただけじゃぁわかんないわな。
じゃぁ、教えよう。あの事件の被害者はその夫婦を入れて八名。
あとの六名の遺体は遺体と呼べるほどの形を残してなかったよ。
もっとわかりやすく言えば……ミンチだな。
死者の数を踵の数で数える程の惨状だったわけ。
これを人間がやったっていうなら、
さっきも言ったけどそいつはもう魔物だよ――」
なおも現場の説明を続く。
検視官の見立てでは、噛み傷などがまったくないことから、襲ってきた魔物の種類は二足歩行タイプのコボルト種かゴブリン種であろうとのこと。
持っていた武器は刃物ではなく棍棒の類であること。
二人の遺体が奇跡的に損壊がほぼなかったのは、最初の一撃をオルロがラーザをかばった状態で水平方向に受け、後ろにあった茂みへ二人とも飛ばされた為に、その一撃で即死だった二人の遺体が魔物に発見されなかったのが要因だということなどだった。
「わかってくれたかな?」
「はい……。聞いているだけで気分が悪くなる話ですね……」
「そうさ。
だから、あんたらが何を思ってそんなことを聞きに来たかは知らないが、
あれは間違いなく魔物の仕業ってこと」
「ありがとうございました。疑問が晴れてよかったです」
これで、最初から仕組まれていたという可能性は消えた。
ここで手詰まりという状態だけは回避できたことになる。
質問に答え終わったギズロは最初にいった通り、ラフィルをお茶に誘い始める。
「ねぇ、美人さん。さっきの約束通りお茶いこうよ」
「約束などしてしてませんが?
これからまだいく所がありますので、これで失礼します」
「そんなつれないこと言わないでさぁ。
夜勤明けで明日非番だから、時間あいてるんだ。暇だったら付き合ってよ」
「そうですか、お仕事お疲れ様でした。ゆっくり寝てください。
さっきも言ったようにいく所があるので、暇はありません」
カズキは知らなかったが、実はラフィルはギズロのような相手の扱いには慣れている。
王都からザグナルに来て、昔に比べて格段に明るくなった彼女は、たまに街で男性に声をかけられるようになっていた。
元々見た目は悪くない方だったが、無愛想さからくる、とっつきにくさのせいで敬遠されていただけで、それさえ直ればモテてもおかしくない。
その経験からこういう手合いは少しでも好意的に振舞うと増長するとわかっていたので、終始事務的に無機質に相手していた。
しかし、それを知らないカズキは彼女が困っているものだと思い、救いの手を差し伸べる。
「それじゃ、ギズロさん。本当に助かりました。行こうか、ラフィル」
と彼女の手を引いて、次の場所へと向かった。