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三竦みの魔王がいる世界の物語  作者: 史塚 晃
第一章
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06話 エルリアの現状


 王都到着前にしようと考えていたことを、カズキは全て終えていた。

 後は、オルロ邸へ向かうだけ。

 ラフィルも同行を求めたが、彼は認めなかった。

 屋敷への道、逸る気持ちを抑えようとしたが、建物が見えたときには無意識に走り出していた。

 息を切らせながら、門を叩く。

 出てきたのは、喪服を着た女性だった。

 彼の記憶の片隅にはこの女性の姿が確かにあったのだが、

 喪服の衝撃がそれを思い出すことを許さなかった。

 それでも、なんとか気持ちを鎮めて


「私はカズキ・タカフサと申します。

 三年前までバルトス商会でお世話になっていて、

 オルロさんには非常によくしてもらった者です。

 事故の知らせを昨日受け、ザグナルから急いでやって参りました。

 どういった状況なのか、ご説明いただけないでしょうか?」


「お久しぶりね、カズキさん。覚えてませんか?

 私はオルロの妹のバネッサです。

 確か、三度ほど会ったことがあるはずだけど……」


「す、すみません。その……服装を見て動揺してしまって……。

 あっ、バネッサ様、確か……エルの誕生日の時にお会いしたんでしたよね?」


「そうですそうです。思い出してもらえて良かったわ。

 それで……状況の説明ね……付いて来て……」


 そういうと、二十畳ほどの広さの客間へ通された。

 カズキが以前に訪れた時とは、別の部屋かと思うほどその部屋は様変わりしていた。

 以前の客間は迎え入れたお客人を出迎える、豪華な家具が置かれいていたのだが、

 今はそれらが一つもなく、代わりに部屋の奥に祭壇が組まれて、二つの棺が置かれている。

 喪服と祭壇と二つの棺……全てを察した、カズキ。

 うつむきかげんのバネッサが口を開いた。


「発見された時には、既に息がなかったそうよ……。

 まわりの惨状に比べると奇跡的なほど綺麗な遺体だと、

 現場を検分した王都兵たちが驚いていたわ……」


「遺体が……遺体が綺麗でも……くそっくそっ!!

 受けた恩に比べて、返せた分があまりにも……

 あまりにも、少ないじゃないか!!」


 棺に眠るオルロの姿を見ながら、カズキは吠える。

 嗚咽交じりの心情の吐露。

 この世界に来て初めて出会った人間。

 数え切れないほどの恩を受け、

 優しさを与えてくれた男がこの世を去ったという現実。

 絶望に打ちひしがれそうになる。

 だが、まだ最後の希望が残っていることに気づいた。


「エルは?エルは無事なんですか!!」


「あの子は無事よ。兄とは別行動を取っていたから。

 今は親族会議の場に連れ出されているわ。

 兄夫婦が亡くなったと聞いた時、誰もが悲しんだけど心配はしてなかったの。

 何に対しても用意周到だった兄が、

 自分の死後のことを疎かにしてしてる訳ないと思っていたもの」


「ええ、私もそう思います」


「だけど、どこからも遺言状はでてこなかった」


「見落としがあるのではないですか?

 あのオルロさんが遺言状を残していないとは、ちょっと信じられません。

 自分がもし今倒れればエルの立場が不味くなると、

 私を一族に加えようとした程です」


 一族に加えると聞いた時のバネッサの衝撃を、カズキが理解することはできないだろう。

 それほどまでに、一族に加えるという決断は大きなものだった。

 正直なところ、バネッサには目の前にいるこの男の何がそこまで、

 オルロの心を捉えたのか理解できていない。

 それでも兄がそこまで信じた男になら、一族の内情に関わる話もしていいだろうと話を続ける。


「そんな話があったのね。

 では、エルリアが養女であるという話は聞いていますか?」


「…………え?」


「子供が出来なかった兄夫婦は、エルリアが二歳の時に施設から引き取ったの。

 それはそれは喜んだのよ。そして、これは一族なら全員知ってる話。

 エルリア本人に伝えることは禁じられていたけど、公然の秘密というやつね」


「エルが養女だったなんて……。

 それを今、私に言うのは『紋』の相続に問題があるから……ですか?」


「そう、察しがよくて助かるわ。

 遺言状がない以上、法律によって『紋』はエルリアに引き継がれる。

 そして、成人していないエルリアには、『紋』の移譲権が認められていない。

 ただ、例外はあるわ。

 未成年でも結婚した場合は、夫に限りそれが認められるようになるの。

 養女であるエルリアに成人まで『紋』を持たせておくのはいかがなものか?

 という声が上がって、

 一族の男子と結婚させ移譲させようっていうのが、さっきの親族会議なのよ」


「け、結婚って!!エルはまだ十五歳ですよ!!」


 エルリアが養女であるいう事実はカズキを驚かせたが、

 それにも増して『結婚』という言葉が彼を怒りへと導いた。

 確かに、この世界の法律では女子は十六歳で結婚できるようになっているし、成人は十八歳。

 二年早く解決できることにはなる。

 しかし、言い換えればたった二年待てば解決できる問題なのだ。

 それを待つこともできない一族とはなんなのか!

 カズキの怒りはその一点に尽きた。


「カズキさん怒らない聞いて。この話には続きがあるの……」


「これ以上に悪いことがあるってことですか!!」


 カズキの怒気にバネッサはたじろいでしまう。

 だが、彼女はここまで言ってしまった以上、最後まで聞かせる責任があると感じていた。


「成人して『紋』だけ移譲する場合、

 個人で所有している財産とは切り離して考えられるの。

 でも、未成年が結婚して移譲する場合……。

 全ての財産と共に移譲する決まりなの……」


「……つまり、未成年のエルに無理矢理結婚をせまったあげく、

 オルロさんの残した財産も奪ってしまおう。

 そういうことですか……人間のクズだな……」


 十五歳の少女から全てを奪ってしまおうという発想自体が狂っている。

 仮にエルリアが実子であれば、彼らは成人まで待ったのではないだろうか?

 養女だから未成年のうちに結婚させて、財産まで奪ってしまおうと思ったのではないか?

 カズキにはそう思えてならなかった。

 しかし、ここでバネッサに怒りをぶつけても何も事態は好転しないと思い直し、できるだけ落ち着いてエルの為にできることはないかと考える。


「後見人を立てて成人まで待つ、という方法は取れないのですか?」


「私もそれは考えたのよ。

 でも……今度エルリアが相続する『紋』は、

 元々はラーザ義姉さんの家であるマクシミリアン家のものなの。

 普通『紋』の継承者が他家へ嫁ぐ時は、

 一族の者へ移譲してから行うのが慣例なのだけど、

 ラーザ義姉さんはそれをしなかった。

 そして、あろうことか嫁いだ相手である兄のオルロへ『紋』を移譲したの。

 当然、マクシミリアン家の人たちは怒ったわ。

 そして、『紋』の問題が絡んでる以上、

 後見人はラーザ義姉さんの弟のロイスさんが勤めることになるはずよ。

 そのロイスさんが……今、親族会議を進行しているの……」

 

 ――

 最悪だ。エルに逃げ道が残っていない

 ――


 ここに来てやっと、事の本質が見えてきた。

 元々の『紋』の所有者であったマクシミリアン家が、

 ラーザが取った想定外の行動で失った『紋』を取り戻そうとしているのである。

 彼らにしてみれば、縁もゆかりも無い男がラーザと結婚しただけで、

 いきなり自分たちの『紋』を所有し一族の長になった、という忌々しい状態

 それが今回の件で急死し、遺言状で『紋』をマクシミリアン家に返上するであろうと思っていたら、その遺言状すら見当たらない。

 さらに、次の『紋』の継承者であるエルリアはラーザとの血縁関係もない養女なのだから、すぐにでもマクシミリアン家へ『紋』を返すのが当たり前だと考えていた。

 実子であれば成人まで移譲を待つこともありえたかもしれないが、

 養女のエルリアにそこまでする義理もなく、

 ついでに結婚すればオルロの遺産が手に入るというのだから、なおのことだ。


 エルリアが会議の場で取れる選択肢は、二つしかない。

 まずは、一族の男子から結婚相手を選び十六歳になるのを待って結婚する。

 これは『紋』と同時にオルロから受け継いだ財産を全て、結婚相手に移譲することを意味する。

 二つ目は、十八歳の成人までラーザの弟であるロイスを後見人として、

 成人後任意の人物に『紋』を移譲すること。

 財産は残るが……ロイスが会議の進行役をしているという事実から考えて、

 エルリアの受ける待遇は酷いものになると予想できた。

 どちらも辛い選択になることは間違いない。


「一つお聞きしてよろしいですか?

 なぜバネッサ様は会議に参加されないのですか?」


「私には耐えれなかったの……。

 両親を亡くしたばかりの十五歳の少女を、

 大人たちが精神的に痛めつける場にいることに……。

 私だけがエルの味方になってやれたのにね……」


「いえ、バネッサ様を責めるつもりはないんです。

 できれば、エルの近くで支えてあげて欲しくて……。

 私も私にできることをするつもりです」


「何か考えがあるのね。聞かせてもらえるかしら?」


「私はオルロさんの遺言状はどこかにあると考えています。

 おそらく何か理由があって隠してあるものが、まだ見つかっていないのだと。

 ですから、それを探そうと思います。

 その間エルの近くにいてあげて欲しいんです」


「……わかりました、エルリアの近くにいることにするわ。

 時間はないわよ……。

 明日の葬儀の後、正午には最後の親族会議が開かれて、

 そこで結論を出すことになっているの。

 それまでに見つけることができなければ……」


 最後まで言う必要はなかった。

 見つけることができなければ、エルリアは辛い目にあう、

 それは二人とも分かっていた。

 現在、時刻は朝の八時をまわったところ。

 明日の葬儀が終わるのは正午を予定されている。

 約二十八時間これがエル救うのに残されている時間だった。


「わかっています……。

 それでは時間が惜しいので、私は行かせてもらいます。

 バネッサ様もエルのこと、よろしくお願いします」


 これだけ言ってすぐ出かけようとしたカズキをバネッサが引き止めた。


「ま、待って!

 エルリアに伝えておくことはある?貴方がここに来たこと、

 明日の会議までに遺言状を見つけてくると言ったこと、

 それらは伝えても大丈夫なの?」


 カズキは少し考えて、持っていたメモ帳に走り書きをした。


「ここへ来たことを伝えたうえで、

 明日の葬儀に出られないことを謝っておいてください。

 あと、ショックを受けてどうしようもなく落ち込んでいた時は、

 このメモを渡してください」


「わかりました。お気をつけて。吉報を待っているわ」



 カズキはオルロ邸を出ると、ラフィルが休んでいる宿へと向かう。

 この厄介な出来事を自分一人だけで解決するという発想は最初からなかった。

 もっとも信頼する人間がすぐ近くにいるのだから。

 宿に着き、彼女の部屋をノックするとすぐに顔を出した。

 彼女は疲れているはずなのに、彼の帰りを起きて待っていたのだ。


「すまない、ラフィル。君の力が必要だ。訳は歩きながら話す。

 すぐに来てもらえないだろうか?」


「私は秘書です。ついてこい!そう一言、言えばいいんですよ」


 そう笑った彼女の笑顔は頼もしかった。





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