04話 物語の始まり
「えーー、本日はお忙しい中、
この孤児院『希望楼』の完成披露記念式典にお越しくださいまして、
誠にありがとうございます。
私は町長を勤めさせて頂いておりますダニエル=カーンでございます。
皆様、ご周知のこととは存じますが、
このザグナルの町は人間領と魔物領の境界にほど近い場所に位置しております
北のカクラルム山脈のおかげで大規模な侵攻がないとはいえ、
毎年十数件の魔物との不幸な遭遇事件が起こり、孤児が産まれて参りました。
今までは教会施設でなんとかしのいで参りましたが、
それも限界に近づいておりまして、
どうしようかと途方に暮れているところに――」
ここは、孤児院完成披露記念式典会場。
壇上で町長のスピーチが続く中、招かれた客達が談笑を交わしている。
「ラフィル、知っているか?
ここにいる人間の半分くらいが、私の事をバカだと思っているんだぞ?」
「もちろん知っていますが、そういう話は式典が終わってからにしてください」
談笑というには少し不謹慎な会話をしているのは、この孤児院建設の立役者である高房和喜と、その秘書のラフィル・ミーンである。
なぜ、立役者である彼がそう思われているかというと、この孤児院建設に自分のほぼ全財産をつぎ込んでしまったからだった。
二年前にトウフデザートという商品を開発し、それなりの財を築いたのだが、それを全てここの建設費に当ててしまったのだ。
ここにいる者たちの大半は、その行為そのものは尊いと思っているので式典に参加はしているが、カズキ本人には蓄えをしない先の見えない大バカ者だと評価を下した。
今の彼に残っているのは、町にある店が一軒と、完成したばかりのこの孤児院があるだけだった。
ただ、そんな彼を違う目で見ている人々もいる。
今回の孤児院建設で住人の人気を取り、次の町長選へ立候補するのではないか?と疑っている参加者が三割ほどいる。
そういう参加者たちの目的は、町長選出馬への意思確認と、コネクション作り、ついでに彼に媚でも売って覚えをめでたくしておこう、くらいのものであった。
残り二割は様子見を決め込んでいる者たち。
つまり、味方は秘書のラフィル以外皆無なのである。
本当はもう二人、味方がこの場にいるはずだった。
彼の命の恩人で、王都の豪商オルロ・バルトスとその娘エルリア・バルトスが。
残念なことに王都の商業組合の寄り合いがあり、組合の重鎮であるオルロがどうしても来れなかった。
エルリアは一人でも行くと言い張ったが、この地域の魔物遭遇確率などを考慮すれば、一人で来ることは論外であった。
「オルロ様とエルリア様にお見せできないのは残念でしたね」
「なに、別に今日でなくてもいいさ。
こんな碌でもない連中と、顔を合わさせる方が申し訳なくなる」
普段からは想像もできないような毒を吐くカズキ。
やはり心の中では、オルロとエルリアに会えないことを寂しいと感じているようで、その寂しさを会場の客への暴言で紛らわしていた。
ラフィルもそれがわかるから、暴言を咎めるようなことはしなかった。
長い町長の挨拶が終わり、カズキが壇上へ上がる時が来た。
「ただいま、ご紹介に預かりました、
カズキ商店店主のカズキ・タカフサです。
突然ではございますが、皆様にご報告したい事がございます。
一部、気になっておられる方々を散見致しましたので、
ここで正式に宣言する形とさせていただきます。
わたくしカズキ・タカフサは、
次回の町長選挙に出馬する気は……ございません。
次回と言わず、それ以降もです。
ですので、過分なお気遣いは無用に願います。
突然の報告、失礼致しました。
それでは、本来の用件に戻ることに致します。
えー、わたくしには人生哲学とも言えるモットーがございまして、
それは『幾ら金を稼いでも、死んだらそれは使えない』というものです。
これが孤児院建設への動機の一つでもあるのですが、
今回は少々使いすぎてしまいまして、秘書に怒られる毎日です。
そういう訳ですので……わたくしは言いたいのです。
ここにいる皆様はもう十分に稼いだではありませんか!
それ以上増やして、何をするのですか?
明日、命を落とすような事になっても後悔のないように、
使おうではありませんか!――」
将来の為に貯蓄をしなかった大バカ者。
と、カズキを嘲笑した者たちへの痛烈な皮肉。
このような内容の演説が十分近くも続いた。
最初は笑っていた参加者達も演説が続くにつれ、だんだん顔が赤くなっていき、終わる頃には半分くらい帰ってしまっていた。
演説が終わり壇上から降りてきたカズキにラフィルが言う
「いいんですか?今の演説……。
さすがに少し度が過ぎてるように思えましたが?」
「ああ、すまない。自覚はしている。
ただ、壇上から奴らのにやけた顔を見てたら、ムカムカしてやってしまった」
「あと……毎日怒ってなどいません」
「そう言ったほうが面白いかと思って、つい……ね。悪かったよ」
「まぁ演説自体は聴いていて、面白かったので構いませんが……」
「ラフィルが楽しかったのなら、それは私にとっての成功だよ」
二人が話しをしているところへ、一見しただけでは男性か女性かわかない人物が話かけてきた。
声で男だとわかったのだが、身長はカズキより少し高いくらいで、女性のようにツヤツヤした、ボリュームのある長い髪を頭の後ろで軽くまとめただけの髪型。
更に性別の判断を困難にしていたのは、彼の立ち居振る舞いの優雅さのせいであった。
「はじめまして、タカフサさん。
わたくし、王都とザグナルで生鮮食料品店を営んでおります、
アドリス・バーンスタインと申します。
以後、お見知りおきを。それにしても、面白い演説でしたね。
途中何回か噴出しそうになって、堪えるのが大変でしたよ」
「どうもはじめまして。喜んでもらえたなら幸いです。
で、どういうご用件でしょうか?」
「いえ、特に用というほどのことはないのですが、
とりあえず顔と名前を覚えてもらう為に、お声をかけた。
その程度のものです。
では、私はこれで。
また何かありましたら、いつでもお声がけください。
失礼」
「わかりました、バーンスタインさん。
それでは、また」
あの演説の後に、ラフィル以外に話かけられるとは思ってなかったカズキは、少し面食らった様子だ。
「どこにでも変わった人はいますからね……」
ラフィルがボソッと呟いた。
昼の三時から始まった式典だったが、もうじき日も沈もうとしていた。
会場にはそろそろ閉幕という空気が漂い始め、
カズキとラフィルも帰り支度を始めている。
町長が別れの挨拶をしに二人へ近寄ろうとした時、
男が大慌てで会場へ飛び込んで来た。
よほど急いで来たのか、息をゼェゼェと切らせて、
手を膝についてうな垂れている。
その男の顔をよく見ると、
カズキの店で半年ほど前から働いてるフクス・ヒンケルであった。
フクスは会場の中を見渡して、カズキをみつけると駆け寄って来て、
口元を手で隠しながら耳元で話し始めた。
「王都からの通信文で、
オルロ様と奥様のラーザ様を乗せた馬車が魔物に襲われたそうです。
馬車を用意してきましたので、急いでお乗りください」
カズキは全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。