25話 ギズロの調査とラフィルの誕生日 その3
いよいよピアノと歌の練習の成果が試される日。
ちょうど休日で、屋台街も休みの今日は孤児院の全員が参加していた。
会場である孤児院の一階の空き部屋にはピアノが運びこまれ、参加者には入り口で今日歌う予定の歌詞が書かれた紙が配られた。
今は、ピアノの前に全員が並んで主役の登場を待っている。
「えー、主役が登場した後、私とエルが一回歌いますので、
それに続けて同じように歌ってください。
歌が終ったらみんなで声を揃えて、誕生日おめでとう、と言いましょう」
こう言ったのは、主催者代行のカズキであった。
本当の主催者であるエルリアは、主役を迎えに部屋に向かってる。
「いんちょせんせぇ!
このうた、いっかいきいただけでうたえるのぉ?」
孤児院の子供からの質問の声が飛んだ。
院長先生というのは無論カズキのことである。
「大丈夫だよ。
紙をみてごらん、たった四行しかないだろ?」
「みじかいのはうれしいけど、こんなんでラフィルおねぇちゃん。
よろこんでくれるのかなぁ?」
「もちろん!気持ちを込めて歌えばそれでいいんだよ」
「わかりましたぁ!」
誕生日を祝う準備もしっかりと整っていた。
ピアノの前に並んだ人々の後ろには、豪華な料理が並べられていて、歌が終った後には立食式のパーティーが始まる予定だ。
子供たちはその料理が気になるらしく、後ろを何度も振り返っていつ食べられるのか、そればかり考えているようだった。
「ラフィーさん、こっちこっち!ここに立ってて!」
ラフィルを迎えに行っていたエルリアが戻ってきた。
あらかじめ決められた位置へと主役を誘導して、
自分はピアノの方へと小走りで向かう。
誕生日を祝うとだけ聞かされていたラフィルは何が起こるのだろう?といった表情で、ただ言われた通りの場所に立った。
♪ ♭シー・♭シ・ラー・ファー・ソー・ファー ♪
♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪
♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪
♪ ハーーッピバーースデーー ディア ラフィールー ♪
♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪
カズキとエルリアが練習の成果を発揮する。
一回も間違うことなく演奏し、歌の方もうまく歌えていた。
そして、一通り歌った後カズキが手でピアノの前に居る人々に合図を送った。
♪♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪♪
♪♪ ハッピーバースデー トゥー ユー ♪♪
♪♪ ハーーッピバーースデーー ディア ラフィールー ♪♪
♪♪ ハッピーバースデー トゥーー ユーー ♪♪
「「「誕生日、おめでとう!!」」」
パチパチパチパチ……。
しばらくの間、拍手が続く。
その拍手が終った時、女の子が手に何かを持ってラフィルの前に歩み出た。
「ラフィルおねぇちゃん、お誕生日おめでとう!
そして、いつもわたしたちに優しくしてくれて、ありがとう!
この花は、孤児院の子供全員で集めました。
喜んでもらえると嬉しいです!」
そう言って、花束をラフィルに渡した。
この季節に咲くラフィーリアという名前の紫がかった薄い青が美しい花。
彼女の髪と同じ色の、そして似た名前の花。
この花が彼女の名前の由来だった。
「あ、ありがとう……。
ごめんなさい……ちょっと嬉しすぎて言葉が出てこないの……」
突然のピアノ演奏、歌、そして花束のプレゼント。
次々に起こる出来事に彼女の脳がついてきてない様子だった。
しかし、その嬉しさのせいで彼女の目には薄っすらと涙がたまっている。
パンッ!パンッ!
カズキが手を叩いて皆の注目を集める。
「こらこら、子供たち。
始まってすぐに主役を泣かせちゃダメじゃないか」
この一言が一同の笑いを誘う。
「では、皆様。
これからは立食パーティーとしますので、存分に楽しんでください!」
この言葉をきっかけに皆が動きだす。
子供たちのほとんどは料理に向かって走りだしていた。
しかし、その中の一人が一度料理の方へ向かった後、何かを思い出したのか逆方向のピアノの前にいるカズキの方へ来た。
その子供は、一度聞いただけで歌が歌えるのか?と質問してきた子であった。
「いんちょせんせぇ、すごぉぉぉい!
ラフィルおねぇちゃん、よろこんでくれたしぃ、
いっかいきいただけでほんとにうたえた!
わたしのたんじょうびのときも、これうたってね!!」
そう言うと、カズキの返事も聞かずに料理の方へ走って行ってしまった。
「みんな楽しそうでよかった!また予約が入ったね、父様」
今の会話をカズキの後ろで聞いてきたエルリアが笑顔で言う。
「はいはい……わかったよ……。
これからは毎月一回、その月の誕生日の子供を集めてにしようか」
「えっ……。
で、でも!来月はわたしの誕生日の日にやるからっ!
これはもう決まってるんだからっ!」
実は、カズキの提案したことはエルリアも考えていた。
今までは誕生日にケーキがその子供に贈られるだけだったが、一度こういう体験をした子供たちが、自分の誕生日に何もなければ悲しむことはわかりきっていた。
だからと言って、五十名近くいる全員を毎回祝うのはやはり無理があるので、月に一度その月に産まれた者を一度に祝おうということである。
今月はたまたまラフィルだけしか誕生日を迎える人間がいなかったのだが、来月はエルリアも含めて四人もいる。
自分の誕生日が終ってから、この提案をするつもりだったのだ。
「エル、そこは小さい子に譲ってあげなさい。
エルの分はちゃんと別で祝ってあげるから」
なぜ、彼女が自分の誕生日が終ってから言うつもりだったのか?
その理由がまさにこれであった。
カズキならきっとこう言うだろうと思っていた。
「は、はい……」
渋々了承の返事をした後、エルリアは考え方を変えることにする。
誕生日が二回祝ってもらえる。
そう考えると、なんだか得した気分になって、それも悪くないと思えた。
「じゃぁ、父様。
その時はまたあの曲弾いてくれますよね?」
彼女が言うあの曲とは『亜麻色の髪の乙女』である。
魔王城で聞いたあの日から、彼女にとってのお気に入りになっている。
「わかった……。
弾いてあげるから、来月のことはこれでいいね?」
「仕方ないなぁ、それで納得してあげます!」
本当は誕生日が二回祝ってもらえることで納得していたが、
大げさに言ってみせた。
これからの誕生日のことも決まり、ようやくラフィルを祝えると思った矢先。
「いんちょせんせぇ!
ぴあのきかせてください!」
さきほどの女の子が料理とって戻ってきた。
それを聞いた他の子供たちも集まってきて、演奏しろとせがまれる。
彼がこの誕生会を満喫できるのはもう少し先になりそうであった。