21話 新たな出会い その2
屋台街で一緒に酒を飲むことになった、
カズキ・ソウタツ・ルイン・ギズロの四人。
最初こそぎこちない感じではあったが、
酒の力もあってすぐに打ち解けてきていた。
「すげぇ。まじで、すげぇ……。
無一文で言葉も話せないところから、たった九年でここまで?
しかも、恩人の娘さんの養父になるとか、どんだけだよ……。
タカフサさん、いや、カズキさん。しっくりこないな……。
…………カズさん。今から、カズさんと呼ばせてもらいます!」
酒の肴にでもなればと自己紹介も兼ねて語ったカズキの過去に、いたく感心したのはギズロだった。
「ははは、好きに呼んでください。
ウィンスレットさんも、気軽にカズキと呼んでくれると嬉しいです」
「わかりました。そうさせていただくとします。
ワタシのこともルインと呼んでください。
本当に、なかなか出来ることじゃないとワタシも思いますよ、カズキ」
「いやいや、そんな誉められるとこちらが困ります……。
酒の肴にでもなればと思って言った話なんですから……。
私なんかよりルインさんの方が、よっぽど凄いじゃないですか。
男性隊員が多い警備隊で、女性の身で隊長を務めることは、
誰にでもできることではないですよ」
警備隊は治安維持や魔物討伐などを行う組織である。
当然、その活動内容から隊員のほとんどは男性で、その中でも隊長という役職に就いている人物は五人しかいない。
ルインはその五人のうちの一人で、唯一の女性隊長であった。
「はいはい、終~了~。
二人で誉めあってなにがしたいんですか?気持ち悪い」
「……ギズロ、お前がこの流れを作ったんだろうが……」
「というか、カズさんは隊長を『さん』付けて呼んでるのに、
隊長は呼び捨てって、おかしくないですか?
あれですか?貴族で王都警備隊の隊長の一人だから、
ただの一般庶民ごとき呼び捨てで良い。
そういうことですか?」
「いや……、だって……。カズキはワタシと同じくらいの年齢だろ?
別に呼び捨てでも構わないじゃないか。
しかも、本人がそう呼んでくれって言うんだから……」
「わかってます。からかっているんです」
「き、貴様ぁ!」
このやり取りを聞いて、カズキは笑っている。
会ってまだ間もないが、二人の空気感みたいなものはなんとなく掴めていて、本気で言い争っているとは思っていなかったからであった。
カズキとラフィルとはまったく異質ともいえる上司と部下の関係。
この二人の関係はとても新鮮で、
カズキはそれをとても心地よいものだと感じていた。
「やはり、お二人を誘ってよかった。
こんなに楽しい酒の席は久々です。
しかし、ルインさんはお若いですよね?
私は今年三十六になるんですよ?」
「「え?」」
ルインとギズロの二人は揃って声をあげた。
三人の現在の年齢はカズキが三十五歳、ルインが二十九歳、ギズロが二十七歳であったのだが、二人はカズキが三十を超えているとは思っていなかったのだ。
元の世界でも日本人は欧米人に若く見られがちだが、異世界であるここでも、その法則は当てはまるようである。
「若く見られるんですけどね、もうおっさんですよ」
そう言って笑うカズキ。
バンッ!
急にテーブルを強く叩いて立ち上がったルインが声をあげる。
「若く見える秘訣を是非教えてもらいたい!!」
その顔は真剣そのもの、今までのギズロとのやり取りの時とは全く別物で、その必死さはカズキをたじろがせた。
女性にとって若く見えるというのは、必死になる価値があった。
立った彼女の肩をなだめるようにポンポンと二回叩いて、
座るように促したのはギズロ。
「はいはい、隊長落ち着いて。
それはまた今度、個人的に聞いてください。
それよりカズさん。
さっきの話に出てきた秘書って、前にいた美人さんだよね?
今日はいないの?」
「彼女は仕事がたまっていて、今日はそれを片付けてるよ。
まぁその仕事をためていたのは、私なんだけど……」
「び、美人秘書……」
ギズロがラフィルの居場所をなぜ尋ねたか、
これについてはカズキには理由が想像できた。
以前、彼が彼女に会った時、口説いている様子を見ていたからだ。
しかし、美人秘書がいると聞いてショックを受けている様子のルイン。
カズキにはなぜ彼女がショックを受けているのかは、わからなかった。
その理由がわかる様子のギズロは、やれやれといった表情を浮かべている。
ルインにその顔を見られないようにと横を向いてしていたのだが、彼女はそれを見たかのように、ギズロをキッと睨んだ。
困った彼は話題を変える。
「いやぁ、詰所の近くにこんなところがあってほんと助かった。
食堂の飯は……ひどいもんだから……。
隊長もそう思いませんか?」
「そうだな。珍しくまともなことを言うじゃないか、ギズロ。
ところで、カズキ……さん」
ギズロにそう答えた後、ルインがカズキの方を向いて、名前を呼んだ後に少し間をおいて『さん』と付けた時、カズキは静かに首を横に振った。
これは敬称はいらないという意思表示であった。
「そろそろ横の男性の紹介をしてもらっても?」
会話に一切参加していなかった、カズキの横の男に目線をやりながら言った。
またか……。口にはしなかったが、ギズロの顔は確かにそう言っていた。
すると、今度は太ももをつねられている。
目線はカズキの横の男をとらえていたはずなのに……。
「紹介が遅れて、すみません。
おい、ソウタツ。挨拶くらいはしてくれるんだろ?」
カズキにしては、言葉遣いが荒い。
ここ二ヶ月一緒に酒を飲むことで、二人は友人のような関係になっていた。
この世界に彼が来て、もうすぐ十年。
初めて友人と呼べる間柄になったのは、人間ではなかった。
もっとも、彼もこの世界の人間である『ジン族《人》』ではないのだが。
「ん?あ、ああ……。ソウタツだ」
短い自己紹介。
さすがにこれはまずいと思い、カズキが補足を入れる。
「さすがにそれは短すぎるだろ……。
こいつ、人見知りでめんどくさがりなんです。
私にも最初はこんな感じでしたよ。
娘の家庭教師のようなことをしてもらってます」
「人見知りでめんどくさがりの家庭教師って、
それもうダメな臭いしかしないけど、その辺大丈夫なの?」
「失礼だぞ、ギズロ!
ダメなところ以上に、良いところがあるに決まってるだろ!」
ソウタツと初対面のはずのルインが熱の入った擁護をする。
それを聞いたギズロがまた、何か言いたげな表情をしようとした瞬間、
今度はテーブルの下の足の先を踵で踏まれた。
「いってー!!」
「どうした?どこかに足でもぶつけたのか?」
そう言ったルインは、満足そうな表情を浮かべている。
さすがにやりすぎだろう!とギズロが抗議の声をあげようとした時、
「こんばんはー!」
飲酒エリアに元気な声の挨拶が響いた。
その声の主はエルリアで、
飲酒エリアで働く顔馴染みの従業員へ向けたものだった。
さきほどまでカロンと共に訓練をしていたのだが、それが終わったので夕食を取るため二人で屋台街へ来たのだ。
二人ともすでに屋台で食べ物を買ったようで、手にはそれを持っている。
そのまま、カズキたちのいるテーブルの前まで来て、
「初めまして、こんばんは。
カズキ・タカフサの娘のエルリアです。
こっちは……」
エルリアがカロンの紹介もしようとすると、カロンは右手を彼女の胸の前に出して、紹介をやめさせた。
そして、一歩前へ出て、
「うちはカロン、あんたら何者?」
明確な敵意を込めて放たれたその言葉は、
今まで楽しげだったテーブルの雰囲気を、険悪なものへと変えた。