短編:上司と部下と英雄ホセの物語
二章で本文後に連載したものをまとめたものです。
ほんの少しだけ加筆・修正してあります。
「あー結婚したい!どこかに良い男いないかな!
最悪、働いてなくてもいい!
ワタシより強くて、頼りがいがあって、顔がよければ、それでいい!」
「あの……隊長……。
心の声もれてますよ?
それに……隊長より強いって時点で無理なので、結婚は諦めて下さい」
ここは、王都の東部にある王都警備兵詰所の隊長室。
勤務時間中にも関わらず、こんな会話をしているのは、
王都に五人いる王都警備兵隊長の紅一点である、
ルイン・ウィンスレットとその副官のギズロ・ヘンリークである。
「うるさいぞ、ギズロ!
ワタシは本気なんだ……。
周りの女友達はほぼ全員結婚して、飲みに集まっても腫れ物扱い……。
お前にワタシの気持ちがわかるのか!」
「いえ、わかりません。
もっと言うなら、わかりたくありません。
それと、知り合って一ヶ月でファーストネームで呼ぶの、やめてください」
副官からの冷たい言葉。
ギズロが南部の詰所から、ここ東部の詰所へ副官として移ってきて一ヶ月。
彼は異動の人事を了承したことを、後悔していた。
「そうだ、ギズロ!
お前の知り合いを紹介しろ!」
「だから……ファーストネームで呼ぶなと……。
……………………はぁ?」
その一言から、彼の苦難は始まった。
◇ ◇ ◇
「ごめんなさい」
「ギズロ……お前まさか……
隠してあったワタシの秘蔵の酒を……」
「違います。でも、ごめんなさい。
無理です」
――そんなものあったことも、知りませんでしたが!――
「無理ってどういうことだ!
お前、今、全世界の三十路の独身女を敵に回したぞ!」
「いいですか?隊長。
ここがもし戦場で、導火線に火の付いた火薬玉を持ってるとします。
それを味方に投げますか?」
――全世界の三十路独身女の代表のつもりかよ!あつかましいわ!――
「投げるわけないだろ?
バカにしてるのか?」
「ですよね。俺も投げません。
だから、ごめんなさい。無理です」
――バカにしてるのは、どっちだよ!
火薬玉を隊長に、味方を知り合いに例えて、
紹介なんてしない、って遠まわしに言ってるんだよ!――
「あ……。
なるほどな……。
これはもっと深い意味がある質問だったか……」
「え?」
――おっと……これは想定外の返答……――
「これはあれだろ?
鶏が先か、卵が先か、的な奴だろ?」
「いえ……そういうのではないです……」
――えっと……この人は、何を言っているんだろう……――
ここが王都警備兵詰所の隊長室で、
二人は仕事中だとは思えない会話が続く。
ちなみに、ルイン・ウィンスレットは今年三十歳であった。
◇ ◇ ◇
「まぁ、聞け。ギズロ。
戦場で、導火線に火の付いた火薬玉を持った時に、
味方に投げようかどうか迷ってしまった彼。
ここでは、わかりやすいようにホセと呼ぶことにするぞ?」
「は、はぁ……」
――誰だよ……。迷った彼とか最初からいないんだけど……――
「ホセには迷うだけの理由があったわけだよ。
まぁ、これは十中八九、部隊内のイジメだな」
「そうですか……」
――理由が重いわ!――
「これを部隊の方へ向かって投げれば、ホセをイジメる者はいなくなる。
そこにホセの心の葛藤があったわけだ。そして、気付く」
「なんか無駄にリアルですね……」
――ホセ!何に気付いた!――
「イジメを行っていたものたちにも、帰りを待つ家族がいるかもしれない、と。
ホセの良心はまだ残っていたんだな」
「ですよね。家族は待ってると思います」
――良かった……。ホセよく気付いたよ……――
「そして、その火薬袋を力一杯、敵めがけて投げた」
「本来そういう使い方をするものですからね」
――いっけええええええ!敵をなぎ払え!――
「すると、どうだ。
偶然、前線を視察していた敵司令官へ直撃してしまったのだよ」
「…………」
――えええええええええええええええ!!――
「そして、ホセは英雄になった」
「……」
――……――
「めでたし、めでたし」
「終わり……ですか?」
――終わりかよ!上司じゃなければ、ぶっとばしてるわ!――
「ああ、終わりだ。
ホセはこの後、退役して幸せに暮らした」
「隊長……。
いい頭の病院……紹介しますね」
――鶏と卵の話どこいったんだよ!――
ここ王都警備兵詰所の隊長室で、
二人の給料泥棒の会話が続く。
◇ ◇ ◇
「ギズロ、なぜワタシが女の身で、
王都に五人しかいない王都警備兵隊長になれたか知っているか?」
「いいえ」
――興味もないわ!――
「実はな、ワタシは少しだけ他人の心が読めるんだ」
「!」
――う、うそだろ……――
「本当だ。
そうでなければ、美人で金もあるこのワタシが、
この年齢まで独身なはずないだろう?
人の嘘を見破れるというのは、存外しんどいものなのだ」
「いや、それは頭が残念だからと思ってました」
――頭が残念だからと思ってました――
「!!
言ってることと、思っていることが同じだと……」
「どうせバレるなら、思ったことそのまま言ったほうが、
効率いいじゃないですか」
――同上――
「ワタシの読心術を破る、そんな方法が……」
「やっぱり、頭は残念じゃないか……」
――同上――
その時!
詰所に緊急サイレンの音が鳴り響いた!
このサイレンは魔物が王都周辺に出現したときに鳴るようになっている。
それを聞いた二人は、給料泥棒の汚名を返上すべく、すぐに行動を起こす。
「仕事だ。行くぞ!ホセ!」
「俺の名前は、ホセじゃねえええええええええ!」
――俺の名前は、ホセじゃねえええええええええ!――
――完――
読んでくださり、ありがとうございました。
次は少し書き溜めてから投稿する予定です。