17話 賭け
今回、カズキが紋章の本体とも言えるものを呼び出せたのは、
客観的に見れば運の要素がかなり強い。
なぜなら、手がかりとなるものが少なすぎた。
確かに、いろいろ気になる点はあったが、
それらを証拠とするには、知らないことが多すぎたのだった。
その知らないことを知る為の行動も起こしてはいる。
初対面の魔王にいきなり怒ってみせたのは、そういう理由からであった。
実際、素質を確かめるための話を作ったのが、
過去の魔王だという事実を引き出した。
このことで、過去の魔王が何か伝えたいことがあって話を作り、
素質を確かめる為のテストとすることによって、
自分の作った話をできるだけ改変されることなく、
伝えていくという形を取った、という仮定を立てることはできた。
だが、それを現在の魔王が守っているかを確かめる手段がない。
仮定の上に仮定を重ねていくしかない、危ういものであった。
そう自覚しているカズキがそれを行ったのは、
何もしないままだと取れる行動が四つだけになってしまうからである。
1、記憶消去を受け入れ、エルリアが魔王になる。
2、エルリアが一人で死ぬ。
3、エルリアとカズキが二人で死ぬ。
4、カズキ一人だけの記憶を残すことを条件にエルリアが魔王になる。
これら全て受け入れ難いものであったので、
無謀とわかっていても、そうするしかなかった。
現在の魔王エスディアが話を作者の意図通りに伝えたものとして、
そこには何が隠されているのかを考えた。
このようなまわりくどい方法を取るからには、それなりの情報だと思い、
エルリアに頼んでその話を何度も聞いた。
すると、話の中で紋章を意思を持つ生き物とも取れる描写があり、
もしかして本当に意思を持っているのではないか?と考え始める。
突拍子もない想像ではあったが、魔王という存在がいるのだから、
そういうこともあるかもしれない、と頭を切り替える。
それを確かめるには、もう魔王に直接仕掛けるしかなかった。
いろいろな揺さぶりをかけた訳だが、
その中の一つが紋章の興味を引いたようで、
ついに紋章の本体が姿を現したのだった。
「どういうことか説明はあるんだろうな?人間」
そう聞いた紋章から出た炎の顔にカズキは返事をしない。
しばらく考えた後、横にいるエルリアに耳打ちして
「紋章よ。一つ私と賭けをしないか?」
そう切り出した。
知りたいことがあれば、自分と賭けをして勝て、そう言ったのである。
もちろん、カズキが勝った場合はそれなりの報酬を用意しろ。
そういう意味も含まれていた。
彼の意図を正確に汲み取った紋章がそれに答えた。
「面白いことを言うな。聞いてやる、言ってみろ」
紋章はカズキの提案を断ることはしなかった。
魔王以外で自分の存在を見破った初めての人間。
その人間が何を言うのか興味があったのだ。
「おまえが私の本当に記憶を消せるかどうか、
そうだな……どうやってこの城まで来たか、
その記憶を消してみせろ、それが賭けの内容だ」
「何を賭ける?」
「私の命と、おまえが知りたがっていることだ」
「ほう……、大きく出たな。何を望む?」
「まだ、おまえにどんなことができるかわからない。
それは後で決めてもいいか?」
「いいだろう。掛け金に見合った代価を払うことを約束しよう」
「この賭けは成立したと考えていいわけだな?」
「そうだ、賭けは成立した」
所詮、人間か……。
話が終わったあとの紋章の落胆はひどいものだった。
魔王の力の源である自分の力を侮ったのだと、そう考えた。
興味をなくしてしまった紋章は、さっさと終わらせようと、力を込めた小さな青白い炎の塊をカズキの頭へ飛ばす。
その炎の塊はカズキの頭の中に吸い込まれるように消えた。
「人間。お前はどうやってこの城まで来た?」
この質問で終わるはずだった。
後は、この人間から過去の魔王のヒントについて聞いて、命を奪えばいい。
紋章は別に無慈悲というわけでなかったが、賭けに自分の命を賭けた以上、それは契約であって、契約は守られるべきであると考えていた。
「私はフードの人物に眠らされ、ここまで連れて来られた」
「なぜだ!何をした!答えれるわけがない!
我はお前の記憶を消したはずだぞ!人間!」
「そう言われてもな……」
「お前がこの世界の人間である以上、我の力から逃れる術はない!
どんな手を使った!」
目の前で起こったありえない出来事に紋章は狼狽している。
確かに記憶を消したはずの人間が、その記憶について語ったのだ。
狼狽した紋章は『この世界の人間である以上』と言ったが、正確には『この世界に暮らすジン族である以上』である。
そう間違えてしまうほど、衝撃的な出来事なのだった。
パンッ!パンッ!
部屋に手を叩いた音が二回響く。
それまで、静観していた魔王エスディアによるものだった。
「ブレム様、落ち着いてください。
賭けと言ったからには、相手の方にも勝算があったことを、
忘れてはいけません」
狼狽した紋章をブレムと呼び、それを諭すように言った。
そして、カズキの目を真っ直ぐに見て、
「この説明はしていただきますよ?
世界のバランスを壊しかねない出来事なのですから」
そう言った彼女の顔は酷く険しいものだった。