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三竦みの魔王がいる世界の物語  作者: 史塚 晃
第二章
12/29

11話 新生活


 リィンダイム王国王都クレインから、北方に約150キロメートル。

 人間領と魔物領の境界からほど近い場所にある町ザグナル。

 この町には五ヶ月前に建てられた孤児院がある。

 円形三階建ての建物の中央には、大きな中庭が造られていて、まるでドーナツを横に倒したような形をしていた。

 現在、この孤児院で生活しているのは孤児が四十名、その世話をする職員が三名、それとは別にこの孤児院を設立した男性とその娘、それに男性の秘書を務める女性の合計四十六名が居住している。

 この孤児たちのほとんどは、元々は近くの教会で生活していたが、孤児院設立に伴って移り住んだものたちであった。

 日が高いうちは食事の世話をする者や、勉強を教える者、子供では出来ないような力仕事を専門に行う者などで、建物にはそれ以上の人間が活動していて、孤児院というよりは、まるで寄宿制の学校のようであった。

 


 この孤児院の三階には、他の部屋とは違う造りになった大きな部屋がある。

 ここ以外の部屋は円形の建物を等分に分けた広さであったが、その部屋だけは普通の四倍の広さになっている。

 そこに住んでいるのは、この孤児院の出資者で名を高房和喜たかふさかずきと言う。

 九年前にこの世界に飛ばされて来た異世界人で、死にかけていたところを通りかかった王都で商家を営む男に助けられた。

 最初は、言葉も満足に話せない有様だったが、言葉を覚え、生活習慣を覚え、仕事も覚えて、自分の店を持ち、ついにこの孤児院を建てるまでに至った。


「カズキ様!早くしないと遅れてしまいますよ!」


「そうだよ!父様とうさま!今日は大事な日なんだから!」


 彼をカズキ様と呼んだのは、彼の秘書。

 名前をラフィル・ミーンという女性である。

 彼とは四年を超える付き合いで、仕事面を支えるカズキの大切なパートナーであるのだが、訳あって四ヶ月前から同居することになった。

 もう一人は、カズキの娘である。

 名前をエルリア・タカフサ。

 娘と言っても実子ではなく、彼がこの世界に飛ばされてきた時に助けてくれた王都の商人オルロ・バルトスの娘であったが、オルロが不幸な事故で鬼籍に入った為、五ヶ月前にカズキが引き取ることになった。

 最初カズキはエルリアと二人で、元々彼が住んでいたザグナルにある家で住むつもりでいた。

 それを秘書のラフィルに伝えると

 ――信用はしていますが、さすがに二人で住むことには賛成できません――

 と言われ、急遽孤児院の三階をリフォームして、三人で住むことになった。


「わかっているよ……。

 お願いだから、そんなに大きな声を出さないでくれないか……。

 二日酔いで頭がガンガンするんだ……」


 そう言って、自分の寝室から出てきた男性が高房和喜たかふさかずきである。

 二人の冷たい視線を浴びながら、ノロノロとキッチンの方へ歩いて行って、コーヒーを煎れる準備をしている。


「だいたい……二人は準備が早すぎるよ……。

 今からコーヒーを飲んで準備を始めても、十分間にあうじゃないか……」


「いえ、私とエル様が普通なんです。

 カズキ様は少々のんびり過ぎます」


「ラフィーさんの言う通りだよ。

 家の外ではあんなにちゃんとしてるのに、

 まさか家の中ではこんなだったなんて……。

 この四ヶ月で父様の印象は悪くなってるよ!」


 エルリアの発言にラフィルがウンウンと頷いている。


「そんな完璧な人間いないでしょ……」


 カズキは二人に聞こえない程度の声で、後ろを向いて反論していた。

 一方でカズキは安心もしていた。

 最初三人で住むことを決めた時、一番の懸案事項はラフィルとエルリアの関係だったからだ。

 ラフィルは最近明るくはなってきていたのだが、元々はかなり無口で無愛想で人付き合いが得意なタイプの人間ではなかった。

 その彼女が十歳近く年の離れたエルリアと、一つ屋根の下でうまく暮らしていけるのか?という疑問を持つのは当然だった。

 しかし、二人は『エル』『ラフィー』とお互いを愛称で呼ぶようになり、休みの日には一緒に買い物に行ったりして、姉妹のようにも見えるほどの関係になっていた。

 ――二人は今日も仲が良いな……私には厳しいけど……――

 そんなことを椅子に座って、さっきいれたコーヒーを飲みながら思っていた。


「そういえば、エル」


「なんです?父様とうさま


「その『父様』って私を呼ぶのは、もう決定なの?」


「気にいらない……?」


 エルリアは不安そうな表情を浮かべている。

 自分は当然良いと思ってこの呼び方に決めたのだが、そう呼ばれる相手が嫌なら変える必要があると思ったからだった。


「そうじゃないよ。

 ただ……オルロさんを『お父様』って呼んでいたから、

 それに近い呼び方だと、

 その……辛いことを思い出すんじゃないかと思ってね……」


「そんなことない!

 『お父様』って呼び方にはもちろん特別な思いはあるけど、

 思い出すのは辛いことより、楽しかったことの方がずっと多いから……」


「考えすぎだと思いますよ?

 エル様だって、今カズキ様が言ったようなことは、最初に考えたはずです。

 それでも、そう呼ぶってことは『父様』って呼び方に、

 それなりの思いがあるんだと思いますよ」

 

 ラフィルの後押しが嬉しかったのであろう、エルリアは笑顔でいる。

 カズキも二人の言葉を聞いて、考えを改めたようで、


「これは私の考えが足りなかったみたいだ。

 すまない、エルリア」


 愛称ではなく、名前をしっかり呼んで謝意を伝えた。


「わたしは気にしてないから、大丈夫。

 あ……、先に一つだけ言っておきたいんだけど、

 『お父様』と『父様』の『お』があるかないかで、

 どっちが上とか下とか、そういうのはないから!」


 娘に先に釘を刺されてしまって、父の方は苦笑いを浮かべている。

 ラフィルはその苦笑いを見て笑い、それにつられるようにエルリアも笑った。

 これで呼び方の問題に決着ついたようであった。

 

 決着が付いた後ではあるが、この件についてカズキをすこし擁護するならば、エルリアがカズキを『父様』と呼ぶようになったのは、つい一週間ほど前からであった。

 親子になって五ヶ月、なかなか呼び方が決まらず、誰に聞いたのかカズキが東の大陸の少数民族の出身だと知って、少数民族での父親の呼び方を聞きに来たりもしていた。

 

 ――余談ではあるが、この東の大陸の少数民族出身というのは、言うまでもなく、嘘である。『異世界から来ました』などと言えるわけもないカズキが作り上げた、この世界で生きるための設定である――

 

 そういう事情を知っていたので、呼びなれた『お父様』を少し短くしただけの『父様』で妥協したのでないか?

 呼ぶたびにオルロを思い出して、辛い思いをしてはいないだろうか?

 そういう配慮から出た言葉であった。

 問題が決着して、一番ホッとしてるのはカズキかもしれない。


 さきほどのコーヒーをまだ飲んでいるカズキ。

 二人からの早く飲んで欲しそうな視線を感じながらも、悠然としている。

 そんな彼が今考えているのは、エルリアのことだった。

 一緒に住むようになって、エルリアは少し幼くなったように、カズキには感じられた。

 これは家族と認めて、普段他人には見せない一面を見せるようになった為であったが、前の印象との違いに慣れないでいた。

 まだ、家族になってたった五ヶ月、三人で暮らすようになってからだと四ヶ月なのだから、これからも知らない一面を見つけることが多々あるだろう。

 カズキ・ラフィル・エルリアの生活は、まだまだ続くのだから……。

 そう考えると、さきほど言われた『この四ヶ月で父様の印象は悪くなってるよ!』というのが気になって、自分の生活態度をもう一度見直すことを決意したカズキは、まず手始めに残りのコーヒーを一気に飲み干し、早々に出かける準備をすることにした。



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