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三竦みの魔王がいる世界の物語  作者: 史塚 晃
第一章
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短編:父と娘と魔王の物語


「頼みがあります。彼女を説得して欲しい」


 こう話を切り出したのは、老齢の女性。

 女性は大きな部屋の上座に置かれた、豪華な椅子に座っていた。

 この部屋に椅子以外の家具は、

 部屋の灯りの為のロウソクを立てる燭台が数台あるだけで、

 それも今は椅子の横にある二台しか使われていない。

 そのせいで部屋は薄暗く、どこか気味悪く感じられた。

 姿勢よく椅子に腰掛けたその女性は、

 膝の上に置いた指で膝をコツコツと叩きながら、

 頼みごとへの返事を待っている。


「急に説得と言われても何を説得すればいいのか、わからないのですが?」


 女性の頼みにこう返事をしたのは、中年の男性。

 つい先ほどこの部屋に入るように言われ、

 入り口から真っ直ぐその部屋の奥にある椅子の前まで進んだ時、

 急に頼みごとをされた。

 なので、事情が飲み込めていないのも当然であった。

 ただ彼は、その頼みごとが自分にとって嬉しいものではないだろう……

 ということは理解していた。


「彼女に我の跡を継ぐように説得して欲しい」


 最初の言葉より、意思が明確にされた言葉。

 それだけの違いではあったが、

 聞き手には頼みごとというよりは命令に近いものに感じられた。

 女性がどういった存在であるかを知っている男性には、なおのことであった。


「私にそんなことの説得をしろというのか!魔王よ!!

 出来るわけがない!!!」


 自身が魔王と呼んだ相手からの願いをきっぱりと断った男性からは、

 並々ならぬ決意を感じることができる。

 だが、その決意がどのようなものであるのか、他人に知る術はなかった……。


「事情は彼女に説明してある。

 二人でじっくり話し合って決めて欲しい」


 そう言うと、魔王と呼ばれた女性はスッと椅子から腰を上げ、

 男性の横を無言で通り過ぎて部屋から出て行ってしまった。



「ふっざけんなあああああああああああああ!!!」


 魔王が出て行った部屋に、男性の叫びが響く。

 足を肩幅に広げ、両手に拳を作り、顔を上げて、

 まるで怒れる獣の如く彼は叫び続けた。

 説得して欲しいと言われた相手は、

 それほどまでに彼にとってかけがえのない存在だった。

 その人物が理不尽に巻き込まれている。

 魔王という人間にはどうすることも出来ない力を持った相手からの、

 お願いと称する脅迫によってである。

 もし彼女が納得しているならば、説得して欲しいと頼む必要がない。

 そう考えると、彼は叫ばずにはいられなかった。

 魔王に対する怒り、かけがえのない存在を助けることができない自身の非力、

 この件に関するあらゆる感情を込めて、彼は叫んだ。

 一頻り叫んだ後、彼は疲れた様子で両手と両膝を床について、

 ゼェゼェと息をしている。

 その息使いしか聞こえない部屋に、

 ギィィという何かが開くような音が響いた。

 それは彼が入って来た、そして魔王が出て行った扉のものであった。


 

 開いた扉から人が入ってきた。

 部屋の薄暗さのせいで、顔はまだ見えていない。

 だが、彼には予想がついていた。

 魔王が話し合いをさせるために、彼女を寄越したに違いないと……。

 コツコツコツコツ……。

 部屋にはその人物の足音だけが響いている。

 もうすぐで燭台の灯りが、歩いてくる人物の顔を照らそうとしていた。

 お互いの顔が見える距離まで近づいた時、

 二人は同時に走り出し、そして抱き合った。

 黙って抱き合ったまま、彼は右手で彼女の頭を優しく撫でる。

 彼女は彼の胸の中で、肩を震わせている。


「ワタシ……ワタシ……」


 声にならない声を押し出して、何かを伝えようとする彼女。


「今はただ黙って泣けばいいよ」


 そう言った彼の声が余りに優しくて、

 彼女はついに号泣してしまった。



 しばらく泣いた彼女が、魔王に聞いたことを話しはじめた。

 彼はそれを黙って聞いている。


「事情は理解出来た。

 で、どうしたいと思っているんだい?」


 全てを聞き終えた彼がそう問いかける。

 彼女が語った内容は、知らないことばかりで驚いてはいたが、

 肝心なのは世界の本当の姿や魔王の継承問題ではないと、考えていた。

 重要なのは彼女がどうしたいのか?それをするにはどうすればいいのか?

 それだけなのだ……。

 しかし、事情を全て聞いた彼には一つ絶対にさせてはならない決断もあった。


 『自ら命を絶つ』


 この選択を絶対に彼女にさせない。

 その思いを胸に返事を待っていた。



「どうしたいかなんて……。

 一年後、力を継承して魔王になれば、私はみんなに忘れられる……。

 今の魔王が記憶を消してしまうのだから……。

 誰も私を知らない世界の為に、犠牲になれと?

 だったら、そんな世界はいらない。

 死ねば、継承権が無くなるというのなら……。

 私はそれを選びます」


 彼女の解答は彼の想像したうちの、最悪に近いものであった。


「本当にそれを望むのなら、止めることはしない。

 ただ、その時は私も一緒に命を絶つ。

 別に脅しで言ってる訳じゃないんだ。

 もう少し良い方法がないか考えよう、って提案と思って欲しい」


 最悪に近い解答ではあったが、想像した範囲だったので対応はできた。

 隠し持った刃物などで、いきなり行動に移される。

 これこそが彼の想像した最悪だった。

 とりあえず、そうならなかったことに安堵しつつ、

 これからの対応について彼は思案する。



 二人は自分たちが決めた結論を魔王に伝えた。

 すると魔王が一つの譲歩案を提示する。


「ならば、一人だけ記憶を消さないでおこう。

 自分が存在していたことを覚えている人間がいたなら、

 魔王になることも可能なのだろう?」


 渋々ではあるが、その提案を二人は受け入れた。


「私はこの世界の為に魔王になるんじゃない!

 私のことを知る、私の大切な人を守るために魔王になるの!」


 彼女はそう高らかに宣言した。



 ついに魔王継承の日。

 三人は儀式を行う為の特別な部屋にいた。

 男性が涙を流しながら言う。


「エスディア……。

 私は父として、お前のことを誇りに思うよ。

 私は絶対にお前を忘れない。

 元気でやるんだよ……」


「父さん……。私も父さんを誇りに思う。

 私は世界なんかの為に、魔王になるんじゃない。

 父さんの娘として、恥じないよう生きていく。

 体に気をつけて……」


 娘も涙ながらに心情を語った。

 二人の会話が一区切りついたところで魔王が、


「では、そろそろ始めるとしよう」


 そう言って、儀式を始めた。


 世界に新たな魔王が誕生しようとしていた。




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