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①買い出し

第1章6話「芽生え」後のダムブルクでのお買い物エピソードです。

昔はヴォルフもこんなんで、ブランカも昔はこんなんでした……。

「結構買ったな」

 パン屋を出たときには既に、二人の両手は買い物袋でいっぱいになっていた。

 色とりどりの野菜に数種類のハムと燻製肉。いつもより少し質の良い牛乳や卵。全て今夜のヴォルフの歓迎会で使う食材だ。

 レオナの母に言われた通りにあれやこれやと揃えているのだが、普段あまり買わないような食材がリストに上がっているのを見ると、とにかく今日はとことん奮発して腕によりを掛けるつもりらしい。しかし、あんまり珍しいものばかりだから、果たして今日の買い物はこれで良いのかと、ブランカは歩きながら段々不安になってきた。

 ひとまず買い物リストの確認のため、右手に抱えていた肉の袋を左手に抱え直す。

 すると、隣から伸びてきた手が、肉の袋を取り上げた。

「次は何屋さんだ?」

 ヴォルフは相変わらずそうするのが当然であるかのような雰囲気で、肉の袋を自分の右手に提げた。そこには既に野菜や牛乳の袋が下がっている。反対側の手にも野菜やハムの袋。

 ブランカは空いた右手をヴォルフに突き出した。

「ヴォルフ、持ちすぎよ。私は平気だから、どれか貸して」

「気にしなくても良いぞ。こう見えても俺、結構鍛えているからな。これくらい余裕だ」

「そうじゃなくて……」

 両手に提げていた買い物袋を顔の横まで持ち上げて誇らしげに笑ってみせるヴォルフを、ブランカは呆れたように見上げた。

 確かに彼が鍛えているのは服の上からも分かるし、結構な量を持ち上げていても、全然重そうには見えない。彼が平気なのは傍目にもよく分かるのだ。

 しかし、ヴォルフはあくまで客人なのだ。それなのに今日の買い物の八割近くを彼に持たせてしまっている。それも結構重量のあるものばかりだ。

 いくらヴォルフが力持ちでブランカの買い物を手伝ってくれるような変わり者(・・・・)であっても、流石にこの状況はブランカには居たたまれない。

 ブランカは取り上げられた肉の袋に手を伸ばした。するとヴォルフはさっと身をかわして持っていた買い物袋を左手にまとめ、自分の頭よりも高くそれらを持ち上げた。そこにブランカの手は届かない。

 思わずムッと唇を尖らせるブランカに、ヴォルフは喉の奥でククッと笑った。

「悪い悪い。だが元々荷物持ちで付いてきたんだ。ここは素直に甘えとけ」

 ぽんぽんとブランカの頭を叩きながら、ヴォルフはしたり顔を浮かべた。今日一日過ごして分かってきたことだが、こういう顔を浮かべるときのヴォルフは一歩も譲らない。ふざけているようでいて、彼の薄鳶色の瞳はいつでも真剣だ。真っ直ぐにその視線を向けられると、ブランカは何故か素直に従うしかなくなってしまう。

――本当に、強引な人……。

 だけどちっとも不快にならないのは、彼のそれが優しさ故だからだ。慣れない扱いばかりされて戸惑ってしまうけれど、この状況を心地良く思えてしまうから不思議だ。

 しかし素直にそれを表に出すのも憚られて、ブランカはふんっとヴォルフを睨み付けて言った。

「そんなに持ちたいなら好きにすればいいけれど、よろけてバランス崩しも、私は知りませんからね!」

「だいぶ言うようになりやがって……」

 ヴォルフは尚も面白そうに肩を揺らして笑った。あんまりキリがないので、ブランカは手元のリストを確認することにした。

 今まで買った物に少し自信がなくなっていたが、リストを見る限り、とりあえず大丈夫らしい。果たして今日はどんな夕飯になるのか、ブランカがゆっくり味わうことはおそらくないが、その様子を見てみたくはある。

 そんなことを考えながら歩いていたせいか、ブランカは足元の注意をすっかり忘れて、石畳の隙間に躓いてしまう。あっとよろけそうになったところを、横からヴォルフが抑えた。

 頭の上からヴォルフの笑い声が降ってきた。

「よろけてバランス崩しても――なんてどの口が言うんだ?」

「た……たまたまです……!」

 咄嗟にブランカは言い返すが、あまりに近いその距離に、どうしたらいいのか分からない。心臓が一気にバクバク音を立てて、頭が真っ白だ。急いで体勢を直したいのに、太い腕が腰に回っていて動こうにも動けない。

 しかしそれはほんの一瞬のこと。

 ヴォルフはすぐに腕を外して、ブランカをすっと立たせた。

 離れていく温もりにどこか物足りなさを覚えて見上げると、ニヤリと細めるヴォルフの瞳と目が合った。

「ほら、こういうこともあるだろ? 俺が付いてて正解だったな」

「な……っ」

 瞬間ブランカの顔は一気に赤くなり、思わず口を開閉させる。それをからかうように笑うので、ブランカは思いっきりヴォルフの身体を叩いた。

「もう! ふざけてばっかり! いいです、知らない! 私は先に行くから!」

 いつになく大きな声で叫ぶと、ブランカは次の店へ急いだ。

 自分でも何を言っているのか分からなかったけれど、なんだか恥ずかしくて居たたまれなくて感情を抑えきれなくなってしまった。こんなに大きな声を上げたのは何年ぶりだろう。人に手を挙げたのはもしかすると初めてかも知れない。流石に後者は良くなかった気がするが、相変わらず後ろから「元気で良いことだ」とヴォルフが言うので、彼に至っては気にする必要もないように思えてきた。

 強引で変な人で、しょっちゅうからかったりして意地悪な人。

 だけどブランカは顔が熱くてわけが分からなくなっていた。

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