ブリトー
街が寝静まってから数時間経ち
日付が替わるというこの時間
月と星、オレンジ色に光る外灯でうっすらと見える街並みは
まるで僕しか居ない街なのでは?っと思える程物音がしなく
けれどそんな不安を消すかのようにまばらに光りを灯す住宅の二階などが
僕が1人ではない事を教え、安心させてくれる。
僕はこの時間が好きだ。
ノスタルジックに浸れ
日頃の喧騒から脱したかのような
自分だけ特別になったような
そんな瞬間をくれる
この時間が好きだ。
というのは建前だ…
もちろん好きか、嫌いかの2択であれば
好きではあるが…
3択で『どちらでもない』という選択ができるのであれば
『どちらでもない』っという答えになってしまう
ぐらいの好きである
こんな時間に出歩いて厨二心に火を灯せる程
痛々しい人間になったつもりはないし
ましてや僕はもう成人を過ぎている
そんな僕が夜だからと言ってハイなテンションになれる筈もない。
『童心を忘れた男』とは何を隠そう僕の事である。
そんな僕が
何故にこんな時間に出歩いているのか?
それは僕がただのニートだからである。
世間体を気にして
あまり人目に触れない時間帯を探した末に
辿り着いた答えがこの時間である。
人目に触れない時間帯だから
僕はこの時間が、少なくとも好きになれるぐらいで
人目を気にしなければ
好きにはなれない時間だ
というか普通に足元が危ないので嫌である。
真っ暗とは言えないそんな道を歩いて
僕は一軒のコンビニエンスストアにやって来た。
夜に燦々と輝くコンビニは僕に
『安心して下さい!開いてますよ!』
とでも言っているかのようだ。
このコンビニは僕の家から1番近く
尚且つ1番古く
僕が小学校に上がった辺りからやってるコンビニだ。
ニートになった今も変わる事なく僕を明るく出迎えてくれる
最近は親の目も厳しくなって息苦しので凄く嬉しい。
ドアお開け中へと入ると
いつもの野太い声音の店長さん?ではなく
聞きなれない間伸びした眠そうな声で
「いらしゃまぁせ〜」と
確実に歓迎してないだろって思える言葉がレジからしてきた。
まぁニートの僕の来店を歓迎しろ!なんて言えないが
せめて客としてちゃんと対応してくれるか
来店が分からなかった風を装って無視して欲しいものだ。
だが歓迎してない様な歓迎の仕方でも
一応歓迎してくれている訳なので
こちらとしても
せっかく人が居ない夜間という時間に邪魔して
しまっているし
『コミュ障乙』と陰で言われるのも嫌だから
会釈だけして店内を回ろうかとしたのだが…
見てしまった…
先が4本に別れ
1本、1本の先端に丸い玉が4つ付いた
ピンク色の棒を…
そしてその棒を持ち
4つの玉が顔のラインに沿って転がる様を…
(いやいやいや
どんなに人が来ない時間帯だからって
そのローラーはダメでしょ!
僕、本当に色々な意味で君の邪魔しちゃってるじゃん!)
でも言えない…
コレは僕がニートだからなのでしょうか?
ニートでコミュ障だからなのでしょうか?
答えはでないが
言えない事には意味がないので
僕は少し挙動不審な会釈になってしまったが
外周を回る事にした。
幼い頃から何百回も
回っているので新作とかではない限り
品物のある場所はだいたい把握しているのだけど
これが所謂ルーティーンというヤツなのか
無駄だと分かっていてもやってしまう。
今回はこのルーティーンのお陰でぎこちなくはあれど
あの状況でフリーズする事なく即座に動けた。
逆にあんな状況の店員を見て
フリーズしない方がオカシイ気がするが…まぁいい
たぶん先程のはこんな時間帯に客が来た事に
不意を突かれてしまったのだろう。
このコンビニに通い慣れている僕が見た事ない人だったし
新人の子に違いない。
新人で女性で夜間のコンビニなんて大丈夫なのだろうか?
と心配になってしまうが
ローラー掛けているぐらいなので
そこまで心配いらないか。
ルーティーン中に目的の飲み物とちょっとしたお菓子…と思ったのだが
買おうと思っていたお菓子が売り切れだった。
仕方ないので見てまわっていると
ブリトーが目に入った。
(最近食べてなかったな…)
昔よく食べていた時期があったが
その為か最近は食べていなか
見てると小腹がすいてきたので
お菓子を買わない代わりにブリトーを手に取り
レジへと向かった。
レジには件の女性店員が居たが
流石にもうローラーは何処かにしまったらしい。
「ーーー2点で〇〇円になります!」
確かにこの女性店員は新人らしく
胸のネームプレートにトレーニング中と書かれてあり
そして…
「あ、ブリトー温めてもらえますか?」
ブリトーの温めの否を聞かないあたりまだ
コンビニで働き始めて日が浅いのだろう。
「畏まりました!」
女性店員はブリトーを持ちながら
人差し指と中指を立て、くっ付けたり離したりしながら
周りを見回している。
(なんでローラーがあって…ハサミがないの?)
女性店員は探すのを諦め
指でブリトーの端を切ろうとする。
(だよね…ブリトーの袋って切りずらいよね…)
ブリトー端が伸びて変な感じになってしまっているが
未だ切れる気配がない…
すると…
女性店員はこちらを見て
なんかプルプルとしながら目で何かを訴えてくる…
(僕にどうしろと…)
僕からしても
端があっちこち伸びているブリトーの袋を開けることは
至難の技である。
ニートの僕ではどうしようもないので
微笑みを浮かべ任せる事にする。
(大丈夫…膨張してもちゃんと買い取るよ。)
そんな意味を込めての微笑みだったのだが
女性店員は何を勘違いしたのか…
意を決したかの様な表情をすると
伸びているブリトーの袋を口元に持って行き
パクリ
端のあたりを何かを探る様に
むしゃむしゃとした後
手に力が入り
そして口から出された。
ブリトーの端はもうグチャグチャでヨダレも付いているが
微かに穴が開いているのが分かった。
チン!
「ありがとうございましたー」
僕は後ろから聞こえる言葉に背に
コンビニを後にした。
歩き食いは行儀が悪いが
温めてもらったものをわざわざ冷ますのも嫌なので
袋からブリトーを取り出した。
ブリトーの袋を開けブリトーを食べた。
(中身は変わらないものなんだな…)
ただ開けた拍子にあの部分に触れてしまい
少し手に温かい液体が付いたが…
(でも面白い子だったな…)
少し夜が好きになれた気がした。