98 物量の差
「よろしくお願いしますね。実戦経験も少ないので、胸を借りるつもりでいきます」
ラクランテさんが「はじめてください」とさっと手を振り下ろす。
すでにやることは決まっていた。
パイロキネシスを打つ。
すぐさま炎が敵の周囲から起こる。
敵は驚いた顔をしたものの、おそらく帝国側で使われてる詠唱をぶつぶつ唱えた。内容は詠唱からおおかた予想がつく。マジック・シールドが敵の周囲に現れて、身を守る。
別にそれでいい。
すでに俺は次の手に移っている。
今度は俺の手から真横に雷撃が伸びる。
チェイン・ライトニング――けっこう高度な攻撃魔法だけど、相手に対しての危険が大きいので練習では使い勝手が悪かった。
ここに出てくる敵ならそれで死ぬってことはないだろう。
ぶつぶつと男はかなりの速さで追加の詠唱を行う。
マジック・シールドを二重にして、それに備える。それが定石だろう。マジック・シールドは一度使えばそれで攻撃をシャットダウンできるものじゃない。せいぜい、自分に鎧を一枚追加するようなもので、威力はゼロにはできないし、こちらの攻撃を受ければ目減りする。
雷撃が男の周囲で四散する。直撃とまではいかなかったらしい。
男は苦痛に身をゆがめたが、まだまだやれそうだ。ちょっとした痛みってところだろう。
まだ、こっちは手を休めない。といっても、ほとんど何もしてないように見えるだろうけど。
パイロキネシスを、また男の背後で放つ。それと目の前にも大き目の火柱を。
魔法剣士なわけだから、接近を思いとどまらせる。
「くそっ! いつの間に詠唱しているんだ!」
男が困惑を口にした。どうやら俺の歳で無詠唱をやっているという発想はないらしい。
無詠唱に決まってるだろ。試合中は言わないけど、しゃべると精神集中が乱れて、無詠唱が失敗しやすくなる。
俺は魔法剣士だけど、変な話、魔法だけで勝てるならそれでやっていい。
師匠のイマージュが言ったのはそういうことだ。剣というのは接近戦用のもの。当然、自分が傷つくリスクも高くなる。使わずにすむなら、使わないほうがいいわけだ。
ひとまずはパイロキネシスは連投する。もう、これぐらいならかなり使えるし、敵の思考時間を奪える。
向こうはこっちが突っ立ったままだから、気味が悪いだろうな。けど、向こうだって、動けずにそのばで戸惑っているだけだ。マジック・シールドをしているから、その外部に出られないのだ。
さて、今のうちに次の手に入るか。
こっちは徹底して攻撃魔法しか使わない。その真価を試すのが今だ。
相手の足下で地割れが起こる。
これも俺の無詠唱だ。地面が無茶苦茶になって、復旧が面倒だけど、使っちゃダメなんてルールは聞いてないからな。
「ちっ! これでは防げん!」
男は頭を下げて目の前の炎の中に突っ込んで駆け抜けた。
正しい戦略だ。躊躇すればそれだけ不利になる。
すぐに水系統の魔法を唱えて、頭にかぶった。
その判断も悪くない。やはり、それなりに対戦の数をこなしてるのか、動きには無駄がない。もっと大きなミスがあれば、ここまで防ぐ前にとっくに俺が勝っていた。
けど、攻めに転じる程度の実力はないな。
まだ、向こうは何も攻撃ができてない。防御することで精一杯だ。一対一ならこれで問題ない。一発逆転につながる要素の魔法がないという根拠はないから、相手を封殺する方法が使えるならそのほうがいい。
「はぁはぁ……ようやく攻撃を抜けきったぞ……」
少し、さっきより敵との距離が縮まっていた。そのせいか、男の目に力が宿った。剣で仕留めようとい腹づもりだとすぐにわかった。魔法使いの目と剣士の目の違いも区別がつくようになってきた。
だったら、いよいよたいして怖くないな。
剣で攻めてくる時に隙ができる。
男が突っ込んでくる。待っていても不利になるだけだとわかっているんだろう。攻撃に転じたと言えなくもないけど、それしかできないとも言う。
俺は無詠唱で割と単純な魔法を唱える。
水を凍結させる魔法だ。
凍らせるのはすでに男が火を消すためにたっぷりかぶっている水。
「あっ……」
走りこんでいた男の動きが止まった。
体が上手く動かなくなったのだろう。そのまま、前のめりに転倒する。
これを狙っていた。相手が攻めにまわれば、防御の余裕が消える。確実に仕留められる。
「あの、ここで、チェイン・ライトニングを使ってもいいですか? 危険なようなら、負けを認めてほしいんですが、どうですかね?」
俺は男にではなく、ラクランテさんに尋ねた。
雷撃は命を奪うリスクがまったくないとは言えない。かといって、これで剣を持って近づけというのはナシだ。これがまっとうな対戦である以上、接近するという愚は犯せない。
あくまでも、勝ちにこだわるのが、この勝負のルールだ。相手も第一巫女を奪還しにいくつもりなら、敵に出くわしたら容赦なく殺すだろう。
「わかりました……。こちらの負けでけっこうです……」
ラクランテさんは青白い顔で敗北を認めた。これで、俺の勝ちが決まった。
「まさか、あなたは無詠唱の魔法の使い手なのですか……? いったい、どこでそれだけのものを……?」
「一度、殺されかけたことがありましてね。その場で覚えました」
ラクランテさんは絶句していた。この人たちから見ても、異常なことなんだろう。まさに殺し合いの中で魔法を覚えたとなると、この人たちの理念からもずれるだろうし。
「あんな目には二度と遭いたくないですけど、こうやって役に立つ力を手に入れられたんで、そこは感謝してますよ」
それからポケットに入っているマナペンをぽんと叩いた。
「それと、立派な師に恵まれたんです」
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