95 隠者の森へ
「ご無礼を働いてしまい、申し訳ない。そして、虫のいいお話ですが……第一巫女様をお助けくださいませ……」
こちらの疑いが晴れたのはいいけど、男の言葉には不吉な意味合いが込められている。
「第一巫女が捕らわれたというのは、事実なのですか?」
「さようです……。ただ、コンテイジョンのような特別な魔法は、隠者の森の祭壇でしか行えないもので、残った者で祭壇を必死に守っているところです」
男の話では、第一巫女は領主と会談する際に、村に訪れた時に拘束されたという。
帝国側としてはそれでコンテイジョンが使えると思っていたようだが、実際は隠者の森自体が特殊な環境で、そこからでないと強大な概念魔法も届かないという。
たしかに、帝国領内から王国の土地に概念魔法を打ち込むというのは、いくらなんでも離れすぎている。常識的に考えれば射程範囲外と言えるだろう。
「帝国はあわてて隠者の森教会を攻撃しようとしましたが、こちらの魔法使いも一人や二人ではありません。必死の抵抗を見せて、敵を食い止めております。帝国側も精鋭は王国に対して投入したいので、なかなか効果的な手がとれていないようです」
たしかに隠者の森教会を攻撃するとなると、それは内乱だからな。そこに数を割いている場合じゃないとでも思っているのかもしれない。
「わかりました。ここまで来て引き返すつもりはありません。隠者の森教会まで案内いただけませんか?」
また疑われて、あんな魔法を食らったら困るからな。
しかし、王国の者とばれないようにしていたら、帝国の兵と思われて攻撃を食らうなんて、皮肉としか言いようがない。
「承りました。ところで、あなた方は王国の軍隊ということでよろしいのでしょうか?」
姫が自分は何者かということを伝えた。
その男はまた呆然とする羽目になった。
「まさか、カコ姫様がこのような土地に……」
信じられないという顔をしているけど、それが正常な反応だと思う。かなりとんでもない作戦をやっているという自覚は俺たちにもあったし。
「少数で帝国に入り込んで、なおかつ、それだけの戦闘力を持つとなると、使えるコマも限られてきますからね。ならば自分でその役を引き受けてしまえばいいと思ったのですよ」
「なるほど……。カコ姫様の名声は帝国にも聞こえております。むしろ、帝国はだからこそ姫を除こうと何か画策していたという噂ですが」
「ですね。心の弱い兄が誘惑に乗ってしまいました」
殺されかけたとはいえ、実の兄だからか、姫は少し寂しげだった。
「事情はわかりました。こちらとしては味方が増える分には大歓迎です。我々は自分たちから戦争に加担することは長らくしてこなかったのですが、何かご協力できることがあれば、お手伝いできることもあるかもしれません」
これで攻守同盟が結べれば最高だけど、そこまで期待を上乗せしなくてもいいだろう。まずは第一巫女がさらわれた危機をなんとかしないとはじまらないし。
俺たちは翌日、男――ヌアンゴというらしい――と共に隠者の森へと向かった。
途中、何箇所も結界的な魔法が張ってあって、ヌアンゴが解除しながら進んでいった。
「ちなみにこのまま皆さんだけで教会の森を目指しても、間違いなく同じように足止めらされたでしょう」
とすると、俺たちは時間的にはロスの少ない方法をとれいたのかもしれない。もちろん、そんなのは結果オーライもいとこだけど。
隠者の森教会は山中の道を延々と何日も何日も歩きとおした先にやっとあった。
レヴィテーションで飛んでいきたかったが、そこにも結界みたいなものを張っているところがあって、それなりに危険だという。
そのあたりの防御態勢はある意味、徹底しているな。一国家とやり合おうとしてる集団ってどんな連中なんだ。
町に入る時の小さな関所のようなところを抜けると、そこにはこじんまりとした山里が広がっていた。山里には霧がかかっていて、隠れ里という言葉が思い浮かぶ。
といっても、さすがに一つの集落という規模ではない。全部入れれば三百人程度はいるだろうか。
「ここは争いから距離を置いた魔法使いたちが暮らす土地です。さあ、こちらへどうぞ。代表のところまでお連れします」
村の中でもひときわ立派な尖塔のある建物に俺たちは案内された。
隠者の森教会というぐらいだけど、たしかに教会のような印象がある。事前に王国で聞いていた話では聖職者の集まりという話だが、もっと牧歌的な村といった印象だった。
出てきた女性も、聖職者のようなローブをまとっていた。まだ若い。二十代なかばほどだろう。髪は後ろで編み上げていた。
「長旅お疲れ様でした。第二巫女のラクランテと申します。第一巫女が不在のため、隠者の森教会のリーダーをつとめております」
姫がこちらを代表してあいさつをした。
「ハルマ王国の王女、カコです。わたくしたちの目的は一つ、コンテイジョンが使われる危険を事前に防ぐことです」
平和を守るためとか、帝国の圧政から救うとか、そういった口当たりのいいことは姫はわざと言わなかった。うさんくさい言葉はかえって相手の信頼を損なう。
「概念魔法は連続して使えるものではないとは思います。それでも拠点となる都市で疫病が発生して、それが帝国の魔法という話が広がれば、多くの兵士は恐慌状態になって、戦争は遂行できないでしょう。なんとしても、止めねばと思い、隠密のようにしてやってきました」
「ですね。まさに概念魔法はあまりにも危険ですので、我々の先祖が魔法が外に出ないようにこの教会を作ったのです。しかし、かえってそれを帝国に狙われたというのは心苦しいものですね」
ラクランテさんは悲しげにため息をついたけれど、まだ気丈なものが残っている気がした。リーダーというからにはただ弱々しく泣き言を言っていればいいという立場でもないんだろう。
彼女はすぐに強い目で姫を見つめた。
「率直に申し上げます。第一巫女の奪還作戦にご協力ください」
「もとより、そのつもりですよ」
姫も迷わずに答えた。




