93 ループする魔法
とくに刺客に会うようなこともなく、旅は進んだ。
たしかにこんな森の中を何人も刺客を配置して防ぐのは効率が悪すぎる。仕方のないことなのかもしれない。
二日目から山の道はさらに険しくなったが、ペースが遅くなったりすることはなかった。
「隠者の森教会という名前がいかに説得力あったかわかります」
「ですね。わたくしも改めて帝国が土地に恵まれていないことを実感しています」
姫もかなり汗をかきながら進んでいる。レヴィテーションぐらいは全員が使用できるが、四人が揃って空を飛んでいる光景はあまりにも目立つ。
「姫、隠者の森教会まではあと七日ほどの道のりです」とタクラジュが言った。山道を一週間と考えると地獄だけど、ゴールが見えているだけマシだ。
その日は戸数十五軒ほどの寒村に泊まった。
初日と似た小さな村だ。たくさんの人口なんてこんなところで養えないから山には必要最低限の人数しか暮らしていないのだろう。
翌日も似たような単調な道を歩いた。
俺は現在位置を確認するのも疲れてきたので、先頭に立つタクラジュについて歩いていくだけだ。
地味に剣が重い。食糧も重い。かといってどれも必需品だ。
「タクラジュ、今どれぐらいまで来た?」
「あと七日ほどの道のりだな」
「わかった。まだけっこうあるな……」
それからも山中の強行軍は続く。なんとかその日のノルマを達成しては小さな村で荷物をおろす。
夜の番で姉妹が入ってくることもあるので、念のためアーシアは呼び出してない。
タクラジュと番をする時間になった。とはいえ、廊下に立っていると不自然だ。今回は姫の部屋で姫とイマージュが眠っているので、俺とタクラジュで見張りをする。見張りは一人でいいような気もするのだけど――
「お前が姫に不埒なことを働かないように見張るのだ」
ということらしい。それぐらいは信用してほしいところだけど、しょうがない。
まったく寝てないわけではないが、やはり体がだるい。
「ふあ~あ、教会まであと何日だ?」
「お前もちゃんと地図を確認しろ。七日ぐらいだろう」
なぜか、違和感があった。
なんか、ずっと、あと七日と言われている気がする。
「なあ、タクラジュ、俺たち、立ち止まってたりしてないか? 本当に進んでるのか?」
「お前は何を言っている。毎日、歩いているんだから進んでいるに決まっているだろうが」
そう、進んでいるという意識はあるのだ。
問題は距離が減っていないように感じることだ。
「すごく不自然な感じがする。もう、俺たちは教会についてていいぐらいなんだ。それぐらいは歩いた!」
「おい、島津、いくら歩きたくないからって訳のわからんことを言うな。あぁ、やはりあのバカ妹などに教育させるべきではなかったか……」
けど、不自然である理由を証明するのって、どうすればいいんだろう。
ほっぺたをつねってみたけど、目が覚めたりはしない。
「タクラジュもつねってみてくれないか?」
「かまわんが、痛いぞ」
きっちり痛かった。
俺の勘違いだろうか。あとでイマージュと見張りをする時にでも聞くか……。
そのあと、イマージュがタクラジュに起こされていた。ちなみにほっぺたつねって起こしていた。一種のイヤガラセなんだろうか。
「お前の番だぞ、しっかり見張りをしろ」
「わかった、わかった」
寝起きのイマージュは全然魔法剣士らしさがなく弱そうだ。髪の毛も解いているから、別人みたいに見える。
「弟子に寝起きの顔を見られるのは落ち着かんな……」
キャラに似合わず照れた顔をするイマージュ。無防備な表情でちょっとこっちも気恥ずかしくなる。でも、今はそれどころじゃない。
「師匠、妙に長く旅をしてないですかね? 全然距離が縮まってないように感じるんですけど」
「まさか。お前は変な心配をするな。あと、たったの七日で着く。とっとと寝てきたほうがいいぞ。疲れもたまってくるからな」
「なあ、何日か前も残り七日って聞いてた気がするんだけど……」
「ったく。じゃあ、夢だったら何でもしてやろう。望むことを言え」
これは説得不可能だな……。
しかし、違和感を証明するのって、現実問題として極めて難しいな。
たとえば、全世界で俺だけが違和感があると言い立てたところで、変になったと思われるのがオチだ。これは個人的な感覚だから、他人には伝わらない。
いっそ、自分をパイロキネシスで焼き尽くすか?
いや、危険が多すぎる。絶対にここがおかしいという根拠がなければ、そんなことはできない。
それに、異常があるように感じさせる魔法を使われている可能性だってある。
まずいな。これ、悪魔の証明みたいだ……。
「ほら、ここにいないで自分の部屋で寝ろ。せっかく三部屋取ってるんだからな。寝ればたいていの悩みは解決するのだ」
すごい能天気なことを言われたけど、ここに突っ立っていても無意味なのは事実か。
意気消沈して自室に戻ってきた。
ふと、ポケットに入れているマナペンに意識がいった。
「そうだ、先生なら知ってるんじゃ……」
俺はすぐにマナペンを握る。頼れるのはもうアーシアしかいない。
「先生、至急出てきてください!」
けど、アーシアの姿はまったく出てこなかった。
強く力をこめるが、同じことだ。ぶんぶん振ってみても意味はない。
「アーシアが消えた……?」
愕然として、力が抜けて、その場に座りこんだ。
ずっと同じようなことを繰り返してるってことよりも、こっちのほうがショックだ。
アーシアに見放されて、俺はやっていけるだろうか……。
また、この世界に来たばかりの時みたいにおちこぼれになるんじゃないだろうか……。
いや、なんでだ。
ここがおかしな空間だと疑ってるなら、どうしてアーシアがいないことも疑わないんだ?
冷静に考えろ。
アーシアが生徒である俺を見捨てることなんてあるだろうか?
答えはすぐに出た。
そんなことは絶対にありえない。
アーシアが出てこないということは、この世界は現実じゃない。
仮説が浮かんだ。
この世界を作っている奴がアーシアを知らないとしたら?
アーシアの設定は造りようがない。
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