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赤ペン精霊の神剣ゼミでクラス最強の魔法剣士になれました  作者: 森田季節
第二部 神剣ゼミで剣士に編

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91 姫の演説

 翌日、キルアネを守備する兵たちが城の中庭に集められた。

 実際の守備が空っぽになるということはないだろうから、全部ではないはずだが、それでも相当な数だ。王都がここを重要視していることがよくわかる。


 このキルアネは舌状台地の先端部分に当たる。

 キルアネが失陥すれば、帝国はここを橋頭保代わりに一気に王国の領土に侵攻できる。攻める側も守る側も真っ先に目がいく土地なのだ。


 そんな守備兵を見下ろすようにカコ姫が顔を見せる。

 姫のそばにいた侍女二人が「姫様のおなりである!」と大きな声を出した。

 守備兵たちが一斉に頭を下げた。高みから鎧の背中がずらっと並ぶ。

 俺は当たり前のように会話してるけど、こういう反応が普通なぐらい特別な存在なんだなとあらためて思った。


「皆さん、顔を上げてください」

 姫のよく通る声に兵たちが顔を上げる。


「このキルアネという城は王国にとって王都の次に大切な場所です。皆さんだけでなく、王都の民すべてが心を同じくして戦っています。ある者はこの城のために食糧を作って。ある者は神に祈って。そんな気持ちを届けるためにわたくしが王の代理としてやってきた次第です」


 姫には間違いなく、王者の威厳があった。

 優しさと力強さを合わせ持った声に兵たちが聞き入っている。俺としては姫の護衛なので、兵たちを観察していてもいけないのだけど、その特別な時間に素直に身を置きたいという気持ちもあった。


「わたくしはこの城にやってくる途中、帝国の敵に襲われました。数は二十人ほどであったでしょうか」


 その告白に兵たちがざわめく。穏やかじゃない情報だ。きれいごとが並ぶはずの場にふさわしくない。


「ですが、わたくしとその従者たちは傷一つ負うことなく敵を打ち倒しました。ですから、わたくしはここにいるのです」


 その言葉に不安になりかけた兵の顔がまた明るくなる。


「ハルマ王国の兵の力は敵よりはるかに強いものです。過去も、彼らはわたくしの兄に取り入り、さらに辺境の土地で王都の士官候補生をまとめて誘拐しようとしました。それらはすべて失敗に終わっています。王国が帝国に負けたことは一度もありません。胸を張って、敵を食い止めてください」


 どこからともなく、「王国万歳!」「姫万歳!」といった声が出はじめ、すぐに兵たちの中に広がっていった。


「帝国はずる賢いキツネのような国ですから、また何か小細工を仕掛けてくるかもしれません。それでも王都も王もあなたたちを見捨てることはありえません。王都ハルマが父親なら、このキルアネは息子です。絶対に守ります。我が国の勝利まで守り抜いてください!」


 大きな歓声の中、姫が後ろに下がった。歓声はしばらくやまなかった。


「本当に見事な演説でした、姫。俺なんて泣いちゃうかと思いました」

 これで彼らは王国を裏切ったりはしないだろう。危険を冒して皇太子である姫がやってきたということに彼らは勇気づけられたに違いない。

 イマージュとタクラジュは少し涙ぐんでさえいた。


「彼らは王国のために命を懸けるのです。わたくしもそれに応えてあげないといけません。それが王族としての責務です」

 これだけの若さで、ここまで重圧を背負って平気なのは、教育のせいもあるかもしれないけどそれ以上に姫の素質なんだろうな。

 いわゆる、王の器ってやつだ。


「さて、責務は果たしましたし、次は帝国に潜り込む番ですね」

 危険な作戦を姫は笑顔で言った。


「姫、もしかして楽しんでいませんか?」

「本音を言うとそうです」

 あっさりと姫は告白した。

「王城の奥で、遠方の土地の戦況だけ聞いて一喜一憂しているだなんて、馬鹿らしいと思いませんか? それならこの目とこの足で見てきたほうがいいじゃないですか」


 こんなに生き生きとしている姫の顔を見たことはないと思った。

「わたくし、冒険物語を読むのが趣味だったんです。平和な時代に姫をやるより、よっぽど向いているのかもしれませんね。王都から一度も出たことがないなんて人生は勘弁です」


「それぐらい、おてんばなほうが姫と見破られないのでいいかもしれませんね」

「ドレスももっと丈を短くしたほうが商人の娘といったふうに見えるかしら」

 姫はふわふわと広がったスカートをたくしあげた。はしたないと注意する前に恥ずかしいから目をそらした。


「タクラジュとイマージュはどう思います? 王族でないように見えますかね?」

「姫はどのような姿をしてもお似合いです」「姫、お美しいです」

 お前ら、そういうこと聞いてるんじゃないと思うぞ……。



 その日、宿所に充てられた部屋のベッドで、俺はマナペンを取り出した。

 登場したアーシアは少しご機嫌斜めのようだった。


「時介さん、危ない橋を自分から渡りすぎです。先生としては複雑な気分です」

「卒業生が活躍してるんだから、大目に見てください。それに魔法剣士は戦時中でないと活躍しようがないですから」


 俺の言葉は正しいと判断したのか、アーシアは「それはそうなんですけどね~」とため息をついた。

 それから、いきなり俺の頬を両側から手ではさんだ。


「な、なんですか……」

 俺をのぞきこむアーシアの顔はかなり真剣だ。


「大事なことだからよく聞いてください。帝国は王国より精霊の数が多い土地柄です。なかには以前、時介さんを襲おうとしたような卑劣なのも混じっている危険があります。どうかお気をつけください」

「は、はい……」


 たしかに亀山に余計ないことを吹き込んでいた精霊は恐ろしい奴だった。アーシアがいなかったら殺されていた。


「はっきり言って人間との戦いなら時介さんはかなりやれるはずです。しかし、精霊となると格が違います。私も精霊に対しては加勢はしますが、どうかご注意くださいね」

 俺はこくこくとうなずいた。


「私からは以上です」

 最後にアーシアは笑顔で俺の頭をゆっくり撫でた。

 俺、彼女もいる身なんだけど、アーシアからしたら教え子を撫でるぐらいは普通なんだな……。

現在、書籍化作業が大詰めになってます。1月にレッドライジングブックスさんから発売されます。よろしくお願いいたします!

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