82 前に出る力
「異世界出身者は、マナの量が多いんだ。だから、この程度なら耐えられる」
「そうか、異世界出身者に国を守らせようとしているのだものな。ハルマ王国という国は、いつの世も身勝手だ」
ササヤの言葉も一理あるけど、俺はわかったうえでこの国を守ろうとしているんだ。別に悔いはない。
ササヤはロッドを持つと、そこから鋭い刃が出てきた。
仕込み武器か。ロッドに見せかけた剣だ。
「まだ、ここを死に場所にするつもりはない。君はここで倒す!」
剣が迫ってくる。
俺は剣をさっと出して、それを防ぐ。
ほとんど無意識のうちに体が動いていた。
無意識って、そりゃ、そうだよな。さんざん剣の練習だって続けてきたんだ。型だって覚えてきたんだ。
意識しないと使えない動きなんて、実戦で使いものになるわけがない。
戦闘になれば、いつのまにか反応してくれなきゃ意味がない。
体が瘴気に蝕まれているのは事実だろうから、とっとと決着をつけたいな。でも、そこは流れ次第だな。
まずは敵の攻撃を受けることに専念する。
実力のわからない相手に対して、最初からがむしゃらに攻めるのはいい手じゃない。それだけ手の内をさらすことになるし、体の動きも乱れる。イマージュから教わったことだ。
――いいな? 相手が焦っている時はまずは守れ。いずれ、致命的なミスが出る。
そんなことを言われたのを思い出した。それはどんな達人でもそうなのかと聞いたら、焦る達人などは似非だと言われた。
この勝負、心理的に俺が有利だ。
このままやればいい。
「どうして、倒れない! おかしい! 魔法は確かに効いているはずなのに! 帝国でも実験を何度かやって今日に挑んだのに!」
「帝国のザコと俺を一緒にしないでほしいな!」
この男、多少は剣が使えるようだけど、動きにキレがない。これなら、亀山のほうがよっぽど怖かった。
さてと、アーシアに教えてもらったことを試すか。
俺は頭をわざと下げる。
「やっと、魔法が効いてきたな。さあ、ここで死んでくれ!」
ササヤが俺のほうに向かってくる。
次の瞬間――
俺は大きく前に踏み出して――
一気に距離をゼロにして――
――敵の心臓を刺し貫いた!
振りかぶっていたササヤの剣がその場にぽとりと落ちる。
一撃で絶命したらしい。術者が死亡したことで霧が急速に晴れていった。
前に突撃する力は嫌になるぐらい特訓したからな。
「アーシア先生、成果が出ましたよ」
戦闘が終わったので、アーシアが顔を出してくれた。
「お疲れ様です。神剣ゼミが剣技で最も大切にしていることを時介さんはしっかりものにしてくれましたね」
「はい、一対一の時に勝負を分ける、前に出る力ですね」
おそらくササヤはあの距離で俺が攻撃を仕掛けられると認識していなかった。間合いとして遠すぎたからだ。
だけど、大きく前に踏み出す特訓を続けてきた俺にとったら、あれは間合いの内だった。
相手に致命傷を与えられる距離が広いほうが強いのは必然だ。
「霧はなくなったけど、疲れはしたな……」
俺はその場にばたんと背中から倒れこんだ。
これだけ命懸けの戦いを繰り返してきたら、疲弊もする。鈍器で殴られたような倦怠感が体を覆っていた。今、眠ったら、十二時間は確実に眠っているだろう。
「これで一件落着ってことでいいですよね……? 新たなる敵が何十人も来たら、どうしようもないですよ……」
「今のところ、大丈夫みたいですよ」
「だったら、いいです」
アーシアが俺の横にしゃがみこむ。
「それにしても、時介さん、いくらなんでも成長が早すぎますよ。剣技覚えて、数か月ですよね。おかしな速度ですよ」
「短期間で強くなるように特訓してますからね」
俺はほどほどの魔法剣士で終わるつもりはない。やるからには伝説になるような領域を目指す。
「そうだ、ご褒美をあげないといけませんね」
アーシアがゆっくりと顔を近づけてくる。
「あの、今更言うのもおかしいかもしれないですけど、彼女いる身分でキスされるのって、よくないですよね……?」
これってサヨルに対する裏切りなんじゃ……。
「じゃあ、こうしましょうか。私が強引にしたということで」
そう言って、俺の頬にアーシアは軽くくちびるを付けた。
やったこととしては、それだけだ。でも、やっぱりうれしかった。
「ありがとうございます、先生」
「ありがとうって言うと浮気になっちゃいますよ?」
そうか、あくまでも俺は拒否しないといけないんだな……。
「さてと、私はそろそろ退場したほうがよさそうですね」
アーシアはさっと姿を消した。
それとほぼ同時にばたばたと足音が近づいてきた。
「時介! 大丈夫!?」
サヨルが息を切らせながら走ってきた。
「どうにか大丈夫ってところだな……。余裕は全然ない……」
俺はふらふらと手を挙げた。
そしたら上にのしかかられた。
直後に、くちびるに長い、長いキスをされた。
舌も入れられた。かき回された。
俺もそれに反応するみたいに、腕でサヨルを抱き締めた。
「もう、会えなかったらどうしようって……思ってたけど……よかった……」
「眠るつもりだったのに、サヨルのせいで、また気持ちがたかぶってきちゃっただろ」
「こんなところで眠ったら連れて帰るのが大変でしょ」
それもそうか。
俺はサヨルに引っ張られて、重い体を起こした。
自分の体をこんなに重いと感じたのは生まれて初めてかもしれない。




