81 ササヤという魔法使い
先生とほかの女子には人目につかないところに隠れてもらって、俺は最後の大ボスを探すことにした。
居場所は大方わかる。まず、ササヤはこの衰弱効果のある霧を使ったうえで、魔法が使えなくなる概念魔法を使用した――はずだ。
その逆なら魔法は霧を発生させられないからな。違う魔法使いが霧のほうを出した可能性もあるが、魔法使用を使えなくする次元の魔法を使用する術者なら、霧のほうも使えるはずだ。
ならば、霧が濃いほうに突き進めば、そこが目的地になる。
術者がその場から離れたとしたら、その時はその時。もっとも、そう外すとは思っていなかった。
そして、獣道すらない深い森の中で、術者にたどりついた。
「あなたが首謀者のササヤか」
白髪の老賢者といった風貌の男が、ロッドを持って、そこに立ち尽くしていた。
まるで亡霊かというほどに生気というものがない。
「まさか、ここまでたどりつく者がいるとは思わなかった。なにせ、この濃度の霧では長くは戦えぬからな」
余計なことを教えられた。たしかに、発生源の真ん前まで来たら、サヨルがくれた飴だけでは効き目が足りないほどに力を奪われる。
足下がふらついた……。
「ちっとも荷車が戻ってこないが、そうか、君が片をつけたのか」
ササヤという男は怯えるようでもなければ、殺気を放つわけでもない。ただ、超然としていた。
その態度がいかにも大物の魔法使いということを感じさせた。
「血の臭いが君から漂ってくる。君はかなりやり手の剣士のようだ」
「あなたはこの地方の出身らしいですね。どうして、帝国に味方をしているんですか……? いや、おおかた答えのわかる質問をしてもしょうがないか」
むしろ、答え合わせをしてもらおうと思った。
「あなたの先祖は独自の魔法をこの地で使っていた。その結果、おそらくハルマ王国に弾圧された。それを恨んでいる人間が今もけっこうな数、この土地にいる」
この土地に入ってきた帝国の兵士は一人や二人じゃない。でも、作戦が実行に移されるまで、王国側はまったくあずかり知らなかった。
ということは、この土地自体にグルになっている人間が一定数交じっていたと考えたほうがいい。
「それで正解だよ。私の一族はずいぶんといじめられてね。ハルマ王国を恨むなというほうが無理な話だ」
やはり、ササヤに殺気はない。もしかすると、この霧で俺が倒れるとでも思っているのだろうか?
ここで倒れたら赤っ恥だ。
くちびるを噛んで、痛みで耐えた。
「あなたの過去も、王国の過去もわからないですけど、俺としては生徒が誘拐されるのを黙って見てるわけにはいかなかったんで、正当防衛をさせていただきました」
「うむ、そのようだ。正直、そちら側にたいした剣士はいないと踏んでいた。こちらの兵士でもどうとでもなると考えていたが、飛んだ目論見違いだ」
「降伏してください」
「そんなボロボロの体で言われても説得力はないなあ」
視界が急速にぼやけてきた。
それと同時に頭が割れるように痛くなる。
おかしい……。これはさっきまでの霧とは違う。
「自分の周囲を瘴気で覆い尽くす魔法だよ。高位の人間を一人でも道連れにできれば、それでよいと思っていたのでね」
そうか、生気も殺気もない理由がわかった。
この男は最初から自分で手を下す意図などないのだ。
「ヒョーノ派魔法は、積極的に戦場に出て、争うことそのものをよしとしない。魔法はもっと静かであるべきだとする。ただ、その考え方を受け入れられなくて、多くの者が殺された。ずいぶん昔の話だがね」
「復讐だけでは、何も生まれな……」
「別に復讐のために生きていたのではない。その証拠に殺気がないのは君もわかってるはずだ。これはいわば’義務’だな。私はこういう生き方しかできなかった。これがヒョーノ派を受け継いだ者の仕事だ」
俺はその場に膝を突いた。
うかつだった。霧の効果を一種類と勝手に判断していた。
最初からこの男は追っ手を始末するためにここにいた。
くそっ……。ここで終わるのか……。
こんなつまらない罠にかかっておしまいになるのか……。
「――時介さん、落ち着いてください」
耳元で声がした。
「時介さん、ここが踏ん張りどころですよ! 先生、ちゃんと応援してますからね!」
ああ、アーシアは見ててくれるんだな。
「それとも、こういう時はこんな言い方をしたほうがいいんですかね……? 勝ったらまたキスしてあげますよ」
うわあ、男って現金なものだよなと思う。
こういうことを言われると頭に血がのぼる。
だけど、おかげで意識がさっきより明瞭になった。
俺がアーシアに抱いている感情が性欲なのかはわからないけど、たとえば睡眠欲に性欲をぶつければ、三大欲求同士で勝つこともできる。
俺は剣を杖代わりにして、立ち上がった。
「悪いけれど、まだ死ねないんだ。神剣を使える立場になるまでな」
「なっ……。これで再び立ち上がれるなんて、どんな精神力をしてるんだ……?」
ササヤがわずかに焦った。
形勢が、少しずつ逆転しようとしていた。
精神力ってアーシアに鍛えられたっけ?
「いえ、どちらかというと、それは異世界から来た人に与えられたギフトですよ」
あっ、そうだ、そうだ。
「異世界出身者は、マナの量が多いんだ。だから、この程度なら耐えられる」




