80 精霊のルール
勝負はあった。
もはや、亀山は武器を持つ余裕はない。終わった。
でも、悪いけど、容赦はしない。
背中から袈裟懸けに斬った。
びくんと跳ねたように体が伸びあがってから、亀山が倒れた。
まだ息はあるが、治療をしなければ、死ぬだろう。
「俺の勝ちだな」
復讐のためだけに生きなきゃ、もっと違う生き方もできただろうけど、究極的に生きるのが下手らしい。
俺は上月先生のところに行って、先生を抱き締めた。
「もう、敵はいないですから」
「私の血、ついちゃうよ……。ここだとなぜか回復魔法が使えなくて……」
「俺はそんなこと、気にしません。それに先生の応援があったから、勝てたんです」
あれで勇気をもらえた。ずっと一人で戦ってるとの違いが最後は出た。
――と、少し先生が顔を上げた。
次の瞬間、頬にキスをされていた。
「えっ! 先生、これって……」
「ごめんね、彼女もいるのに……。せ、戦闘のどさくさってことで許して……」
顔を赤らめる先生。か、かわいすぎる……。童顔だし、下級生にしか見えない。
ある意味、魔性の女だな、先生……。戦場じゃなかったら、浮気してたかもしれない……。
「はっ……、まだ……終わってねえぞ……」
亀山が息絶え絶えで声を出していた。ウソつけ。もうどう見たって終わってるだろ。
「敵は俺だけじゃねえってことだ……」
亀山はよろよろと体を引きずると、剣の上に手を載せた。そして、動かなくなった。息を引き取ったのだろう。
その剣から何か煙のようなものが上がった。
そこから出てきたのは、長い白髭を生やした武人風の男。長い剣を背中に背負っている。ただ、地に足を踏みしめるどころか、体は宙に浮いている。
アーシアに近い何かだと思った。
「ふん、肝心なところで負けるようでは話にならんな」
髭の武人が言った。
「あんた、精霊だな?」
「いかにも。剣の精霊だ。それで剣をこの男に教えてやった。ここで負けるとは、我が弟子ながら情けないが。しかし、弟子の仇は――とらんとな!」
ものすごい殺気を感じた。
普通の人間とは比べ物にならない速さで精霊が突っ込んでくる!
これは人間が戦ってはいけない存在だと直感的にわかった。精霊というのは人間を凌駕した存在――
しかし、その精霊に向かって、紅蓮の炎が俺のあたりから噴き出た。
一度、精霊が距離を置く。
いったい何が起こってるんだ!?
「時介さん、ご無事ですか?」
俺の前にアーシアが姿を現していた。
「えっ、アーシア……?」
「精霊は人間を直接傷つけるようなことをしてはならない。これは精霊が遵守しないといけないルールなんです。それをこの精霊は明らかに破ろうとしていました!」
「弟子の敵討ちだ。許せ、精霊」
「許せるわけがないでしょう! だいたい、その方があなたの弟子というならもっと正しい方向に導きなさい!」
アーシアがこんなに怒りをあらわにしているのを初めて見た。
でも、アーシアは俺のほうに振り向くと、いつものように微笑んで、
「すぐに終わりますから」
と言った。
「精霊が精霊を殺すことなら問題はなかろう!」
男の精霊が剣を構えて再度突っ込む。
それに対し、アーシアは手を前に突き出すと――
「消えなさいっ!」
そこから白い光線のようなものを撃ち放った。
その光が敵の顔に直撃する。
光が消えた後には、精霊の首がなくなっていた。
まさに雲散霧消といったように、残ったその精霊の体は影も形も残らずに消失した。
「はい、終わりました。いやあ、極悪な精霊でしたね。極悪なうえに頭も悪いです。最初からルールを守る気がないとか困り者ですよ」
やれやれといった顔になるアーシア。もう、さっきの無茶苦茶な力を使った印象はどこにもない。
「先生って、とんでもなく強かったんですね……」
「でないと、先生もやれないじゃないですか」
それもそうか。普段は優しい先生のすごい一面を見てしまった。
けど、やっぱりアーシアは少しだけ抜けていた。
「あの……島津君、その浮いてる人は誰なの? ちょっと服装が刺激的なんだけど……」
そこには上月先生がいたのだ。存在が見えなくなるようにする魔法なんかも、アーシアは使ってない。
「あっ……ええと、時介さんの友達のアーシアです……てへへ……」
「先生、それで誤魔化すの無理です……」
結局、アーシアは自分の存在を丁寧に説明して、上月先生に黙っておいてもらうようお願いしていた。
「秘密にしないといけない決まりとかはないんですけど、ほら、それで皆さんから時介さんがズルをしたと思われたら癪じゃないですか。時介さんみたいに優秀な生徒なんてまずありえないんですから。二千年に一人の逸材と言っていいですよ」
「はいはい、わかりました、アーシアさん」
上月先生も空気を読んでくれた。
「島津君、ちなみにサヨルさんはこのことを知らないの?」
「はい、黙ってます……」
「じゃあ、彼女も知らない秘密を私は知ってるってことだね」
上月先生がなぜか妖艶に笑った。やっぱり大人だな。こういう表情もできるんだな……。
さて、大きな危機は切り抜けた気がしてたんだけど、まだ終わりかはわからない。
「ここに概念魔法を使った奴がいる。たしか、ササヤだったな。そいつを倒しに行く」
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