68 交際翌日
その日の夜、部屋に戻ったらアーシアにまたにやにや笑われた。
「サヨルさんはお連れしなかったんですね」
「ものには順序っていうものがありますよ。魔法の初心者がいきなり無詠唱で概念魔法使ったら、おかしいでしょ」
「それもそうですね。ですが、最初の一歩は上手くいったみたいでよかったです。異性との交際は人を成長させますからね。ただしお酒みたいなもので変にはまってしまうと、その人の人生をダイナシにすることもあるので、注意が必要ですけど」
アーシアはやっぱり教育者的知見だなと思った。
「応援してくれているのはうれしいんですけど、勝手かもしれませんけど、先生に嫉妬してもらえたらもっとうれしかったですね」
サヨルと付き合ってからだから、軽口も叩けた。
「教師にそんなことを言ってはいけませんよ」
またいつものように笑顔でかわされる。でも、その日のアーシアはちょっと照れたようになった。
「ですが……私も先生じゃなかったら、時介さんと付き合えてたのかなと思うことはあります……」
「えっ……。それって、どういうことですか……」
それは反則だ。こっちがふざけたところで、そんな大事な言葉を重ねてくるなんて……。
「どういうことって、そのままの意味ですよ。私、時介さんのこと、嫌いだったことなんて一度もないですから……。すごく真面目で努力家なの、ずっと見守ってきましたから……。だから、ほかの人よりよっぽど時介さんのことを知ってますよ……」
ほかの女性と交際するようになった日に、こんなことまともに言い出すのって、どうなんだ。しかも、無意識のうちに言ってるみたいだし。アーシアは魔性の女なのか。見た目の露出度は実際、高いけど。
「風呂でも入って、頭冷やします……。いや、風呂だとあっためるのか……」
「そうですね。あ~、それと剣技のほうはこれから対戦を繰り返していけば強くなると思うので、また魔法のお勉強をいたしましょうか」
たしかに剣技については、あとは数をこなすのが大事かもしれない。アーシアが指導できるのは基礎的な部分が大きいし。もちろん、大股移動を習得したおかげで、俺の剣も急速に成長したわけで、それは確実にアーシアのおかげなんだけど。
風呂から戻ってくると、アーシアがナイフをくるくるっと投げては、手でキャッチしていた。
「精霊だから問題ないのかもしれませんけど、あまり危ないことはしないでくださいよ」
「これ、切れないナイフですから。模造刀なんです。今日はこれを使いますよ」
「魔法の授業をやるんじゃないんですか?」
こくこくとアーシアはうなずいた。それから、ナイフを持って――
さっと俺のノド元にそのナイフを突きつけた。
「えっ……アーシア先生……」
まさかアーシアに攻撃されるなんて考えてなかったから、隙だらけだった。
「こういうような時に、いかに魔法で状況を打開するかの授業です。バカ正直に魔法使いを魔法で倒そうとする人だけじゃないですからね。敵国に刺客を放つなんていうのも基本です」
やっと意味が飲み込めてきた。
実戦向けの魔法実習ってことだ。
たしかにこれ以上、魔法の数ばかり増やしても戦いで使えなかったら意味がないよな。
戦いで使えるかどうかというのは、詠唱を覚えているかといった次元の話じゃなくて、様々に変化する戦争の局面で、ちゃんと価値のある使用法を見出せるかということだ。
「剣技と同じで、魔法使いの戦いにも定石なるものはあります。こんなふうにやられたら、こうやり返せといったようなものが。たとえば、こうやって正面から脅された場合は詠唱が短めのウィンドブラストを素早く唱えて、まず敵を離します」
俺の場合は無詠唱だから、余計に敵の油断を誘える。
早速試してみた。頭の中で無詠唱の魔法を使う。
「アーシアの体が、風を受けて、ぐっと前に進む」
「室内だから、威力は加減しました」
「そうですね。そういうものを何種類かやってみましょう」
アーシアの授業がどこで終わりになるのかよくわからないけど、少なくとも軍人として活躍するための知識や技能が神剣ゼミで増えていっているのは、わかった。
翌日、教官室でサヨルと会った。
「おはよう……時介、君……」
「おはようございます、サヨル、さん……」
人前では呼び方を変えないといけないから、なかなか面倒くさい。ちなみに昨日は効果的な攻撃魔法について指導した。
生徒に教えている身だからわかるけど、知識も能力もある人に教えるというのはすごく楽だった。一を聞いて十を知るという言葉があるが、あんな感じで細かく言わなくてもすぐに理解してもらえる。
「私ももっと実戦で使える魔法を増やしていきたいからね」と、サヨルは昨夜行っていたけど、はからずもそれはアーシアがはじめた新しい授業とリンクしていた。
とはいえ、それは付き合っている時の話だ。今は教官同士、いつものとおりの距離感で……。
「あの、ヤムサックさん、生徒の成績のことなんですけど」
生徒の間で成績がかなり開いている。毎年のことなんだろうけど、どうするべきなのか聞いてはおきたかった。それをヤムサックに説明した。
「なるほどな。成績というより、授業態度の悪い者が一番の問題だな。ただ、どうしたらいいかと言われるとどうしようもない。軍隊に入る時に、成績が悪い者には試験を課しているが、それでやる気と能力が両方ない者が受けた場合、はじくようになっている」
対応もシステムで決まってるみたいだな。
「落第ってことですかね?」
「本気で魔法使いとして生きていくのが目的なら落第だろうが、そうでなければ違う道を生きるだけのことだ。最低限の年金は異世界出身者に与えられるし、そこで新たな生活を送ってもらう」
「たしかに、それが一番いいんでしょうね」
魔法使いとして軍に入れば、命の危険も伴うからな。
「ところで話は変わるが」
「はい」
「お前たち、付き合ってるのか?」
さらっと、ヤムサックに言われた。
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