65 人生初体験
「おめでとう、島津君」
サヨルさんが笑顔でやってきた。
「ありがとうございます。サヨルさんも見てたんですか?」
「大会は見てないけど、教官同士の対決になるって聞いて、あわてて見にいったの」
たしかにそれはそうか。そりゃ、すぐに話は広がるよな。
「まさか島津君が勝てるとは思わなかったけどね。やっぱり、島津君はすごいよ。あこがれちゃうな。これまではライバルのつもりだったけど、あこがれの人に変わっちゃった」
べた褒めされて、なんとも落ち着かない。
「サヨル殿、あんまり褒めすぎると弟子が調子に乗ってしまうので、そのぐらいに……」
師匠のイマージュが止めるぐらいの勢いだった。俺としてもイマージュの対応がありがたいぐらいだ。
サヨルさんはあまり料理を食べなかった。もしかすると、すでに食べてきていたのかもしれない。酒もイマージュとタクラジュの二人と比べると少量だ。ただし、そのお酒を少量ずつ大人っぽく飲む。その様子を見ると、サヨルさんが年上の女性なんだなと実感する。
「酩酊はできるだけ避けてるの。もし、ろれつがまわらなくて、詠唱できなかったら恥ずかしいでしょ」
たしかに詠唱は発音が重要だから、そこがずれると何の効果も発揮しない恐れはある。
「それを言えば、剣士も酔ってはいけないのだがな……。タクラジュのように酔っては……うっ、頭が痛い……」
剣士二人はかなり酒量が進んでいる。タクラジュはいつのまにか酔って寝ていた。
「姫の護衛がこれだとダメですね……」
近い立場なので俺も少々恥ずかしい。
「でも、それだけ今が平和ってことだから、悪いとも言い切れないけどね。少なくとも今すぐどこかで戦争が起こるってことはないし、反乱もなさそう」
サヨルさんは微笑ましそうに剣士姉妹を見つめていた。年齢はそう変わらないはずなのに、サヨルさんがぶっちぎりで大人に見えるな……。
「ただ、うさんくさい人が王国の中に入ってきて、こちらを探ってはいるようだけど」
聞き捨てならない言葉が出た。
「たとえば、今日の観客席、正体不明の人間が交じっていたわ」
「えっ……。例のセルティア王国の密偵とかですか?」
「かもしれないわね。全体的に薄着で南方風の雰囲気をした女性だったわ。密偵にしては堂々としすぎている気もしたけど……」
それ、絶対にアーシアだ!
たしかに精霊とはばれないだろうけど、怪しまれはするよな……。出自不明だもんな……。
「あの……おそらくですけど、その人は無関係だと思いますよ……。きっと、どこかの貴族の娘さんか何かでしょう……」
「あれ、もしかして島津君、心当たりあるの?」
「いえ、面識はないんですけど……貴族の娘さんがいるというような話はあったかな、なんて……」
「ふうん。たしかに貴族の隠し子だとか、これまで地方で暮らしてた娘が都に来たとか理由はいろいろ考えれるかな……」
なんとかアーシアの件は解決しそうだ。
「けど、密偵が入りこんでこっちの情報を奪いに来るってことは十二分にありうる話だから、注意してね。存在を知られないのが密偵の仕事なわけだし」
「ですね。気をゆるめないようにします」
「とくに、島津君は今日の戦いで名を売っちゃったからね。密偵がもし見ていたとしたら、必ずマークの対象になるよ。命だって狙われるかもしれない」
強くなるということが注目を集めてしまうことだというのはわかるが、はっきりと命の危険を言われると、ぞくりとする。
「本当に気をつけます……」
「そうだね。それともう一つ、島津君に話したいことがあるんだけど、できれば場所を替えたいな」
サヨルさんがはにかんだ笑みを浮かべる。いったい何だ? 全然見当がつかない。
「わかりました。多分、ここの代金は師匠がおごってくれると思うんで、先に出ましょうか」
イマージュも寝てるか起きてるかわからないぐらい、ぼうっとしていた。今、何かをしゃべっても絶対覚えてないだろう。
「師匠、先に出てもいいですか?」
「…………ああ、好きに……していいぞ」
酔ってる人間のこととはいえ、了解は一応とったし、いいだろう。でも、念には念を入れるか。
手帳の一枚を破って、そこに「弟子が先に帰ることを許可する」と書いた。ちなみにアーシアの宿るマナペンだ。常に肌身離さず持っているほうが安全だ。
「師匠、ここに名前を書いてください」
「…………お安い御用だ……」
乱れた字で書いてもらった。これで何も覚えてないと文句言われても許可は得たと言い張れるだろう。
「島津君ってそういうところ、慎重だね……」
「慎重で悪いことはないでしょ」
サヨルさんと店を出ると、サヨルさんの横について歩いていくことになった。どこに行くかは知らされてないので、追っていくしかない。
着いたのは小さな公園だった。きれいな彫刻が中央にある噴水があって、その水面に月明かりがきらめいている。
「いい雰囲気ですね。俺、夜はほとんど出歩いたことがないから全然知りませんでした」
「島津君、夜はたいてい何かの特訓してたんだもんね。頑張ってるから王都をめぐる時間もなかったよね」
「それで、いったい何の用ですかね? まさか噴水の水で何か魔法でも――」
サヨルさんが微笑みながら、俺の前に手を伸ばしてきた。
まるで握手でも求めるみたいに。
「あの、この手は何ですかね……?」
「好きです、島津君」
「えっ……」
不意打ちだった。そんなこと言われるだなんて考えたこともなかった。
「言ったでしょ、島津君のひたむきなところを追ってたら、あこがれに変わってきたって。島津君と一緒にいたら、私ももっと成長できそうな気がするの。もっと近くで島津君のこと、見させて、感じさせてください」
どうしよう……。
告白されたことなんて人生初だ……。
告白されちゃいました…。次回に続きます!




