64 教官に勝利
俺はぐいっと重心を前に向けた。
いいか悪いかで言うと、危ない作戦だ。上手くいなされるとバランスが崩れる。そこを狙ってくる可能性もおおいにある。
さっと、スイングが身を引いた。
これでバランスを崩せると思ったんだろう。
けど、それは計算済みだった。
むしろ、待っていた。
前に出てもバランスが崩れなければいい。足をすぐに出す練習はアーシアから学んでいる。体の重心を中心ではなく、両足ごとの二つの軸に分散させる。
これなら自然ともう片方の足が前に出て体が流れたりしない。
そして、前に出ながら、スイングの体に近づく。
スイングもこちらの剣に警戒して剣を引く。
そう、剣だけなら正しい戦略だろう。
でも、それだと剣しか防ぎきれない。
俺はすぐに拳を出して――スイングのアゴを下から突き上げた。
これがイマージュから教えてもらった裏技だ。
接近できれば、相手を殴れるチャンスというのが生まれる。剣しか考えてない相手に対しては、これがかなり有効なのだ。
剣は一時的なら片手で扱える。その間に別の攻撃を空いた手で仕掛ける。
アゴを狙うのは、体を浮かすのと、脳震盪に近い状態を引き起こすため。
勢いだけならそれなりについている。体重も乗っている。
――ドガアァァァァ!
いい音が鳴った。
スイングの目が一瞬白くなった。
そのまま、スイングに体重をかけて、浮きかけた体のバランスを崩す。
そして、武器を持つ手に思い切り、叩きつける。
――バシイィィィ!
スイングの剣を握る握力が弱くなるのがわかった。
すぐにそれを抜き取る。
捨てる。
そして、袈裟切りに斜めにぶっ叩いた。
よろよろと丸腰のまま、数歩スイングは後退した。
しばらく時間が止まったように、誰もがおし黙る。
ありえないようなことが起こったからだ。
「…………ま、負けた」
力なく、スイングが宣言した。
剣も落とした状態では、抗弁のしようがなかったんだろう。
途端に、すごい声援が俺を包んだ。
生徒だけでなく、見ていた貴族からも大きな声が飛んできた。
「素晴らしい!」「とんでもない生徒が現れたものだ!」「王に褒賞を出していただくように進言しよう!」
あまり、すごいだろアピールをすると、スイングの立つ瀬がないので、俺は半笑いでその評価を受け止めることにした。
それに上手く作戦が決まったからいいようなものの、スイングに押されている時間のほうが圧倒的に長かった。実力で上回っているとは、まだ言えない。
今回は運がよかった。でもずっと戦場で幸運が続くかはわからない。まだまだ、精進だ。
「お手合わせ、ありがとうございました。自分の足りないところがよくわかりました。今後とも、ご指導のほどお願いいたします」
「わ、わかった……」
スイングを煽ってもしょがないので、ここはできるだけ謙虚に対応する。
歓声の中を抜けて、俺はイマージュのところに向かう。その途中、アーシアが小声で「よくやりました!」と声をかけた。長話をすると、アーシアの存在がばれるので、目線を合わせるだけで応える。
イマージュのところに出向いたら、いきなり髪をくしゃくしゃ撫でられた。
「な、何ですか、いったい!」
こんなスキンシップをやるような奴じゃないのに。
「いいじゃないか。めでたいんだから。一皮むけたじゃないか」
イマージュは満面の笑みを素直に作ったりはしないけど、これ、無茶苦茶喜んでるな……。
「見てて、わかったでしょう? 課題もたくさんあります! 主導権は向こうでしたし、一つ一つ反省して改善していかないと……」
「勝ちは勝ちだ。今日は祝いの席を開いてやろう。いい酒も飲ませてやる」
「いや、俺、酒は全然飲めないんで……」
高校生って意識があるので、酒はずっと飲んでなかった。
「そんなことを言うな。お前はいい酒を飲んだことがないから、そういうことを言うんだ。いい酒を飲めば感想も変わるだろう!」
その日の夜は、本当に祝宴になった。
あまり大々的にやると、スイングにねたまれそうなので、イマージュの予約で王都の店の二階を貸し切りにした。イマージュ、タクラジュぐらいしかいないから、これで怒られることはないだろう。
「師匠がひどい割にはよくやっているな。お前はたいしたものだ」
「バカ者。師匠がいいから、島津は伸びたんだ」
「信用できない言葉は聞かないでいいからな」
タクラジュは俺を祝うためにいるのか、イマージュをおちょくるためにいるのか、怪しいところだ。
イマージュが高級な酒というのを注文して飲まされたが、経験が浅いので美味いのかどうかわからなかった。ただ、けっこう甘めの味なのはたしかだ。フルーツ酒か何かだろう。酔っても困るし、これぐらいにしよう。
「さて、このまま気楽に宴会といきたいのだが、スイング戦でお前にミスがあったのも事実だ。どこがまずかったのか、一点ずつ口頭で説明してやる」
「結局、反省会なのか。でも、そのほうがうれしいですね」
本当に泥酔するような会だったら、時間の無駄だ。その間に「型」の練習でもしたほうがいい。
「まず、序盤で攻めこまれたところだが、あれは付け込まれる要素があったからだ。なぜかというと――」
イマージュは一つ一つ的確に俺の足りないところを教えてくれた。
さらにそこにタクラジュの見解も加わる。双子とはいっても、タクラジュは『翼モグラ』流という別の流派だから、意見も変わってくることがあるのだ。それだけ多面的に自分を見直すチャンスがあるわけで、すごくありがたい。
「いいか? 愚かな剣士の中には剣技は剣を振り回せばそれでいいと思っている者がいる。そんなことは絶対にない。剣は突き詰めると、極めて論理的なものになる。一切の無駄を省いていけば、それだけ強くなり、相手を圧倒することも増える。お前はそういう剣士を目指せ」
「わかりました、師匠」
酒が入ったせいか、ほろ酔いで俺はうなずいた。
――と、そこに二階の階段を上がってくる足音がした。追加注文でもとりにきたのかと思ったけど、違った。
「おめでとう、島津君」
サヨルさんが笑顔でやってきた。




