63 教官との勝負
「自己流? それにしてはきれいに武器を奪う定石ができている。あんなにきれいに決まるものではなかなかないんだがな。今も師匠とずっと訓練しているんじゃないか?」
「まあ、いいじゃないか。剣技について記した書物もいくらでもある。それを見て学んだ者だって過去にいるさ。島津は勉強熱心だからそのクチだ。まして、敵が弱ければその技もよく決まる」
「そ、そうか……? わかった、タクラジュの言葉を信じよう……」
タクラジュ、ナイスフォロー! ひとまず、余計な追及は防げた。
ただ、イマージュが去ったあと、タクラジュがまだ残っていた。
「貸しにしておくぞ」
「えっ……なんのことでしょうか……?」
「書物の知識だけであんなにきれいに決まるわけないだろう。明らかにほかの誰かと訓練しているせいだ。あのバカはそんなこともわからんのか。どうしようもない妹だな」
「俺の師匠なんであんまりいじめないでやってください……」
「妹はほかにも師匠がいることを妬いてるだけだ。会わせたくない事情があるなら、会わせんでいい」
「ありがとうございます……」
どこまでつかんでるのかよくわからないけど、助かったことには違いはない。
そして、スイングとの模擬戦の時間になった。
当たり前だが、クラスメイト全員が試合に注視している。
相手のほうが格上なわけだけど、これで無様に巻けたら、それなりに恥ずかしいな。
「島津、君は生徒とやらせても、もう意味のない次元まで強くなっている。そこで教官として、勝負をさせてもらう。でないと、君も自分の実力がよくわからないままだろう」
「そうですね、こちらとしてもうれしいですよ」
「とくにルールは設けないでいいだろう。つらくなったら終わりと言ってくれ」
スイングが構えをとる。それだけで、生徒とは明らかに違う。生徒は構えが固くてそこからの動きの連続がないが、スイングは微妙に体を動かして、次の行動に移れる準備をしている。
「そちらから打ってきていいぞ。いや、勝負にそんなことを言う必要はないか」
不用意に突っこんだら、すぐに負ける。さすがに慎重にならざるをえない。最低でも反撃を防御できる自信がないと無理だ。
ちょうど、視界の先にアーシアが見える位置だった。
右手を握り締めて、「頑張ってください!」のサインを示している。
わかってる。アーシアからもらったあの剣にふさわしいだけの戦いをする。
足を踏みこんで、攻め寄せる。
スイングは防御しつつ、すぐに攻撃に移る。
「てえっぇぇぇい!」
こちらも剣を動かして防御。そこにさらに剣が来る。また、こちらも防御。そこにまた攻撃。防御。攻撃、防御、攻撃、防御。
観衆からは「おおっ!」と声が上がる。たしかに、これだけ連続した動きはトーナメントではなかった。
どっちも型を使ったうえで戦っているからだ。
自分にとって最もロスの少ない動きを選んで戦うことで、効率よく動くことが可能になる。
「うむ! やはり素人の体の動きではないな。なかなかやるじゃないか!」
褒められる程度に向こうに余裕があるということだ。こっちは防げてはいるが、逆に言えば防戦一方ってことだ。
どこかで仕切りなおす必要があるが、大股で後ろに離脱するのは前に出るより難しい。中途半端に引いてしまったら、そこをつけ込まれる。
不意に、突きが来た。
どうにか、こちらの剣で軌道を止めつつ、軽く木剣を握って、離す。咄嗟の判断だった。
「今のは決まるかと思ったが、運動神経自体がいいのか。素質もあるな」
考えてないところから突かれた。多分、イマージュとは流派が違うんだろうな。
「自分が教えているのは確実に敵を殺すことに特化したものだ。なので刺突を多用する。仮に鎧を着ていても隙間はあるものだ。薄手の革製鎧なら、貫通することも充分にできる」
「なるほど。専門的な技術はなくても、敵を殺せる技を学ばせるってことですね」
実際の殺し合いではとにかく相手を殺したほうが正義だ。美しさなど二の次になる。
「そういうことだ。こちらは軍隊流の剣技。そちらは『雷の運び屋』流がベースだな。剣を洗練させることを重視している流派だから、要人警護に当たる人間が学んでいるのが自然だ」
ということは、スイングとしっかり戦えれば大半の軍人とも戦えるってことか。
こいつは軍人流の剣を徹底して学んで、教官にまでなっているんだから。
さあ、もっと学ばせてくれ。敵の剣の動きに意識を向ける。
やたらと攻撃的な剣だ。強引にでも相手を屈服させるための剣。おそらく、乱戦も想定しているんだろう。
「やはり、『雷の運び屋』流は防御が堅いな。普通は、もう敵がばてるはずなんだが、余計な動きをしないので疲れない」
ここから今度はつばぜり合いのまま、押し込んできた。
これもこちらを疲弊させるための戦略だ。
「押し合いって、無茶苦茶体力を使うんですよね。体重を相手にかけていくから。一種の我慢比べの要素があります」
「ほう。よくわかってるじゃないか。こうやって疲れたところを仕留めてやろう」
スイングも目がマジだ。手加減して、いくらでも料理できるレベルではないと判断しているわけだ。
イマージュの教えは厳しいけど、かなり身についてるな。まさか、教官とここまで張り合えるとは思っていなかった。
おそらくだけど、イマージュがスイングとやり合えば、あっさり勝てるんだろう。スイングも元は強かったのかもしれないけど、教える側にまわっている間に戦う機会が減ったんじゃないか? 一方、イマージュはタクラジュと姉妹でいくらでも訓練ができる。
外からは膠着状態に見えるが、まったく気は抜けない。そうすると、一気に押し込まれて、体勢が崩れて回復できなくなる。
だが、少しでも考える時間がとれることは間違いない。
裏技を使えないだろうか。
ふっと、足払いをかけられそうになった。
これはかわせた。
「もちろん、魔法以外なら剣のほかの要素で勝負をつけてもいいからな。剣を奪うのも認める」
「はい、心得てますよ」
だとしたら、いよいよ裏技を使いたいところだな。
距離は近いし、やれなくはない。
俺はぐいっと重心を前に向けた。




