60 一回戦突破
試合は順調に進んでいった。
こういうのって、達人同士の戦いだと、ずっと決着がつかないだなんてこともあるんだけど、素人同士だと守りが甘いからすぐにどっちかの攻撃が当たるらしい。
とくに一回戦は教官が素質があると思った生徒がぶつかり合わないように調整していることもあって、弱いほうがあっさり剣で叩かれるというケースが多いらしい。
それなりに自信がある奴が、ここで一回戦負けだったら落ち込むだろうし、まずは達成感を与えたほうがいいんだろうな。
勉強ならペーパーテストでいくらでも達成感を得られるけど、剣は対戦相手の確保が大変だから。同じ練習相手とずっとやっても実感が湧きづらいだろうし。
そういう組み合わせなのは、生徒もだいたい把握していたらしく、負けた側もそんなに悔しがってないし、勝った側もそこまで喜んでない。下馬評どおりといったところなんだろう。
さて、十四試合目。俺の順番は思ったよりも早く回ってきた。
教官のスイングが名前を読み上げる。
「十四試合目。福崎対島津、前に!」
敵の目はかなり真剣だ。
「先生、悪いけど本気で行きますからね」
魔法の勉強はそこそこだけど、剣技のほうは優秀らしいな。これまでの生徒と比べると、かなりサマになっている。
「そりゃ、そうだ。ここで手を抜いたら実力がはかれないからな」
「俺が勝っても成績下げないでくださいよ」
「それは勝ってから心配したらいいさ。そんなセコいことしないけど」
俺に勝つ気でいるな。向いてないから剣技の授業をボイコットしたと思われてるらしい。
「それでは、はじめっ!」
まずは攻め込まない。
こういうのは敵に打ちかからせるほうが対処しやすい。
時代劇とかで剣豪がともにじっと剣を持って、対峙しているシーンがあったりするが、あれは先に動いたほうがどうしても損だからだ。
一度、動いてしまうと、そのあとの行動の幅がかなり狭くなる。すると、一気に相手を倒せなかった場合、動きを読まれやすくなるし、防ぎきれないところからの攻撃を食らうことにもなる。
もちろん実力差があるなら突っ込むのもアリだが、ここは待ってみようか。
「あれ……。隙があんまりない……」
構えもさんざんやってるからな。
「くそっ……。攻めれば、攻めれば勝てる!」
福崎が走りこんできた。
あまりいい走り方じゃない。それじゃ、ちょっと足を駆けられたらすぐに転ぶぞ。
相手を転ばせたり、武器を奪う練習はアーシアのゼミで仕込まれた。
戦場ではあらゆる技を使って生き残らないといけないからだ。
アーシアが見ているのがわかった。師匠も姫も見ているだろう。
恥ずかしい試合はできないな。
「先生、覚悟ォッ!」
振り下ろしてくる剣をいなす。
剣の動きに真っ向から逆らうのは難しいから、体をそらして、剣の横に逃げる。
そこにこちらの剣を添わせると、自然とこちらの剣を伝って、敵の剣が動く。相手の体がそのまま流れる。
そこを横からこちらの剣を当てていく。
パシィン!
膝に一発。
パシィン!
腰に一発。
パシィン!
腕にも一発。
最後に――頭にも軽く一発。
『雷の運び屋』流初級第三の型。
相手のバランスを崩させて、下半身から順に斬っていく。
絶命させるだけなら首元でも狙ったほうがいいが、最初にこれを決めればほかの敵に対する威圧効果として大きい。何箇所も傷を与えられるということは実力差が離れている証拠とみなされるからだ。
実際は一回、大きく体勢を崩すことができれば、立て続けに攻撃を決めることは可能だ。機械的に素早い動きを行うことで、敵を血だるまにする。
これで俺の勝ちでいいだろうけど、これは殺し合いじゃなくて試合だから審判に勝ち負けを決めてもらわないといけない。
呆然としている福崎の背後にまわりこんで、背中に木剣を突きつける。
勝負がついてなかったら、これで背中をばしばし叩くだけだ。
しばらく、空気が止まった。
俺が止まってるんじゃなくて、周囲が理解するのに時間をかけているらしい。
やがて、教官のスイングが、
「勝負あり! 勝者、島津っ!」
目を白黒させながら叫んだ。
観客のほうからちょっとした歓声が上がる。一回戦だしじっくり見ていた人間の数は知れているだろうが。
アーシアはぱちぱちと小さな拍手を送ってくれていた。
あんまり騒がれるとばれるので、これぐらいがちょうどいい。
イマージュとタクラジュはまったく同じタイミングでこくこくとうなずいていたので、ちょっとコントぽかった。
姫はベランダから、「島津さん、さすがです!」と声援を送ってくれた。
俺はゆっくり控えのほうに戻る。対戦相手の福崎はまだ何があったかよくわかってないようで、茫然としていた。戦場じゃなくてよかったな。戦場だったら、もう死んでるぞ。
「先生……今、俺、何かミスしましたかね……?」
「ミスと言えるかわからないけど、攻め方が雑ですね。あれでは死ににいってるようなものです。慎重さが足りないかな」
口調を教官の時のものに戻す。同い年で上から目線っていうのもなんか嫌なので丁寧語だ。
「こんなに、打ち込まれたのははじめてです……」
「じゃあ、打ち込まれないように用心するようにしてください。剣士になるつもりなんだったら、余計に」
控えでは、やたらと声をかけられた。
「先生! もしかして剣も無茶苦茶強いんですか!?」
「あんなに高速の剣、見たことないです!」
「どんな素振りやってたんですか!」
まだ一回戦だからおおげさすぎる。
けど、この調子だともっともっと目立つことになりそうだ。
まあ、いいや。俺は俺で実戦の感覚をつかませてもらおう。
しょぼい試合をしたら、たとえ勝ったとしても師匠に怒られかねないしな。
残りの一回戦数試合もそう時間をかけずに終わり、残りは十六人になった。
二回戦は休憩もはさまずに入るらしいから、またすぐにやることになりそうだな。
さっきは待ってみたし、次は踏み込んで戦えるかどうかをやってみるか。




