54 剣士の弟子
その日、大股で一トーネル走ったあとにアーシアに成果を話した。
今日は走ったあとに倒れたりまではしなかったので、体力面でもついてきたらしい。ようは体が慣れるかどうかだな。
「あの大股って、剣で踏み込む時の土台になってたんですね。イマージュと戦ってる時にわかりました」
「ついに見つけましたか。私が思っていたより、全然早いペースですよ」
アーシアは俺の頭に手を置いて、撫でてくれる。
だけど、その手がこれまでよりちょっと上がっている気がした。
俺の背が前より伸びて、アーシアより上になってるせいだ。
「これを繰り返せば、剣士としての攻撃力が増すってことですね」
「そういうことです」
「いくら、剣技のほうが完璧でも、足腰がボロボロでまともに歩くこともできないんじゃ戦えませんよね。逆に、剣技が無茶苦茶でも相手のふところに踏み込んでしまえれば、あとは一撃を決めるだけです。瞬発的な運動能力があれば、剣士としていいところに行けますよ」
これ、キスしようと思えばキスできる距離だよなと思ったけど、それは先生にするべきことじゃないから、自重した。
それで恥ずかしいからもう授業ができませんと言われても困るし。
「もう、走るのはこれぐらいにしてもいいかもしれませんが、厳密にはこの大股走りで合格を出してませんし、そこまではやりましょうか」
「はい。不合格のままっていうのも負けた気がして嫌だし」
直後にまた一トーネル走るのは無理だから、そこからは剣を走りながら振るう練習をした。止まって素振りをやるんじゃなくて、勢いの中で剣を叩き込む。
「ぴたっと静止した状態での剣は威力ももちろん低下します。型を覚えるのには意味がありますが、実戦練習には実はあまり意味がありません。立ち止まったまま敵を攻撃することなんてないからです」
「それって、学校の授業を全否定してるような……」
学校はずいぶん素振りをさせてたぞ。最初から素人が真剣で斬り合うわけにもいかないだろうけど。
「それはしょうがないんですよ。師匠と弟子の一対一の関係じゃなくて学校ですから」
俺が教官になったからなのか、今のアーシアと俺の関係は昔のそれとどこか違う気がした。たまにアーシアが同業者に向けて話すような言葉になる。
「全員にひとまず最低限のことを教えていこうとすると、素振りをしろということになっちゃうんです。そして、とりあずの点数をつけて、伸びそうな人には君は素質があると言って、重点的にやらせる。それが学校のやり方ですね」
「つまり、一次選考みたいなものってことですか」
剣士に向いてるかどうか、おおざっぱなふるいにかける作業。
そんなことを考えながら、俺は踏み込んで斬るという動作を続けている。
勢いがつけば剣の威力は格段に上がる。
「そんなところですね。だから、今の授業はあまり真面目にやらなくてもいいです」
「えっ……。先生、それを言っちゃいますか……」
学校の授業は適当でいい――全国の塾の先生が言いたい言葉だと思う。
「少なくとも、剣士になるためにはもっと意味のある練習法があります。模擬戦などはたくさんやったほうがいいですけどね」
冷静に考えれば、弛緩した授業の空気で木剣を振るよりは、師匠と練習を繰り返したほうが成長するに決まってるよな。
それを学校ができないのは教官の人数がそこに達してないから、すべての生徒がそれだけの覚悟を持っているわけじゃないから。
たとえば俺が教えているのが「魔法使いになりたいから弟子にしてください!」と言ってきたような奴だけだったら、もっと厳しく教えることもできるし、相手だってもっとやる気になってるはずだ。
けど、学校は基礎的なことを全員にひとまず教えておく場だ。プロフェッショナルを育てる場じゃない。
俺はプロに――戦場で生き残れる魔法剣士になりたいわけだから、それ相応のことをしないといけないんだ。
「授業を出なくていいかどうかはヤムサックに聞いてみます。絶対、許可が出るでしょうけど」
ヤムサックとしたら、俺が魔法使いになるものと信じてるだろうから、剣技の時間を休むと言ったって、それが問題だとは感じないだろう。出席しないと卒業資格が与えられないわけでもないんだ。
「はい、今の時介さんなら個別の師匠がついてもいい頃合いだと思いますよ。それで模擬戦だけ出て、好成績をとるのもなかなか趣向としては面白いんじゃないですか?」
悪だくみのような笑みを浮かべてアーシアは言った。
「先生、それ、なかなか意地の悪い作戦ですね。でも、面白いです」
だったら、なおさらちゃんとした師匠を作らないとな。
●
俺は空いている時間に、イマージュの元を訪ねた。
俺と顔を合わせたイマージュ、それとタクラジュはすぐにいつもと違うと感じ取ったらしい。相手の目でこっちもそれがわかる。
とくに変なことをしたわけじゃない。
それなりの決意でイマージュと会っただけだ。
「何か言わないといけないことがある、そんな表情だな」
俺は少しだけうなずいてから――
「イマージュ、俺を正式に弟子にしてください! 授業みたいなペースじゃなくて、もっともっと早く俺は強くなりたい!」
これまでの俺は、友達感覚でイマージュに稽古をつけてもらっていた。
多分、それはイマージュも感じていただろう。不真面目にやってたわけじゃないけど、それでも、どこかに甘えがあった。
強くなるためというより、このままではダメだからという焦りでイマージュのところに来ていた。
しばらく、無言で向き合った後、
「わかった」
イマージュは笑みも作らずに了承した。
「ただし、強くなりたいというその希望は変えろ」
「えっ?」
「勝ちたい――これに変えろ。漠然と強くなることを願っている間はいつまでも強くもなれん」
目的は具体化しろ。
これって神剣ゼミで俺がアーシアから習ったことだ。
「はい! 勝つための技術を学ばせてください!」
俺は剣士の弟子になった。




