53 アーシアの特訓の意味
アーシアにやっと剣を渡してもらいはしたものの、走った直後ではまともに練習できなかった。それに、練習といっても素振りだけだし、あまりどう変わったのかよくわからない。
大股走りに体力がついた以上のどんな効果があったんだろうと思いながら、俺はまたイマージュに稽古を申し込んだ。
「島津のやる気だけは買うぞ。腕はまだまだだけどな」
「それが事実っていうのがつらいな」
「気に病むことはない。このまま私と特訓を続ければ、タクラジュを倒せる程度にはすぐに強くなる」
相変わらず、ライバル意識の強い姉妹だ。
練習場所は皇太子別邸の裏庭だ。現在、姫はこちらで政務をとっているので、イマージュとタクラジュもここに詰めている。
その日は、学校の授業が魔法実習だった時に抜け出したのだが、ちょうど姫とタクラジュも時間があったらしく、見学に出てきた。
「島津さん、拝見させていただきますね」
「イマージュ程度にはそろそろ勝てんとダメだぞ」
うわ、これでまた手も足も出ないのは恥ずかしいな……。
「行くぞ。私がどう動くか見抜ければ防げる!」
イマージュはいつのまにやら俺に接近して、一太刀浴びせてくる。
魔法など何も使ってないらしいので、物理的に止められるはずなのだが、まだその動きが理解できてないというのが現状だ。
いいかげん、止めるぐらいのことはできないとな。単純に、そんなに何度も木剣でも叩かれたくない。
「参る!」
イマージュが突っこんでくる。
しかし――その時はなぜかイマージュの動きがはっきり見えた。
それに合わせて、剣を出す。
ちゃんと剣と剣がぶつかって、イマージュが距離を置く。
初めて、まともに防げた!
「やった。ちょっとは進歩してる……
「ほう、コツをつかめたか? それともマグレか? ――参る!」
再び、イマージュが距離を詰める。
また剣を出す。
イマージュの剣を止める。
まだイマージュの勢いが強いから、一歩押しこまれたが、防げたことは防げた。
「やはり、前より動きが見えているようだな。やっと殻を破ったか」
イマージュも満足そうな顔をしている。師として弟子の成長が見えたってところか。
だけど、なんでイマージュの攻撃がわかるようになったんだろう?
ただの慣れか? そりゃ、そういうこともあるだろうけど、もっと質的な変化があった気がする。
次はもう少し、イマージュの動きを意識してみよう。
「このままどんどん行くぞ!」
イマージュは途中まではごく普通に走りこんでくる。
そして、打ちかかる直前に――――大きな一歩で飛ぶように前に出る。
その一撃もとっさに木剣を出して、またこらえた。
「今のはギリギリだが、これまでと比べれば確実に成長してるな。いいぞ、島津!」
俺はほとんどイマージュの声は聞こえていなかった。
もっと大きな秘密に気付いたからだ。
「そうか……わかった……。なんで最初はイマージュが消えたように感じたのかも、全部、全部……」
大股で瞬間的に距離を詰める。それによって敵の間合いを破壊して一気に斬りつける、イマージュのやっていたことはそれだ。
そして、この大股移動を俺はアーシアにずっとやらされてた!
「俺はずっと剣をどう振るかとかばっかり考えてた……。でも、それよりもまずは体をどう持っていくかが大事なんだ……。じっと止まって戦うことなんてありえないんだから……。相手の間合いに入れないと剣は絶対に当たらない……」
「おっ、何か悟ったようだな。殻をぶっ壊したか」
イマージュも面白そうに俺のことを見ている。
アーシアはまず、体が剣技に合うように動かせるようにあんな練習をさせたんだ。そっちのほうがはるかに早く効果が出るから。
「イマージュ、俺からも打ち込んでいいか?」
「当然だ。どんどん挑んでこい」
俺は大股を意識して、イマージュに打ちかかる。
「うわっ! 速い!」
イマージュにはじかれはしたが、驚嘆のような声がその口から漏れた。
「今のでいいぞ、島津! 今のを繰り返せ! これまでのお前が冗談に感じるぐらい進歩している!」
「わかった! このままやる!」
近づくまでは小股でいい。攻めると決めたら、大股で飛ぶように接近して剣を振り下ろす。
間合いから離れる時もできる限り、大股で戻る。中途半端な位置にいるのは愚かだ。
大股移動に習熟すれば、どっちみちすぐに攻めの間合いに入れる。
かなり大きな動きのはずなのに息もあまり切れない。
そりゃ、かなり走ったもんな。一トーネル走ったのと比べれば、こんな移動距離、たかが知れている。走り込みの効果がここで出てるんだ。
「今日のお前は剣士の顔をしているぞ! よし、私ももう少し気合を入れてやってやろう!」
また一気にイマージュが近づく。すぐに一撃!
これは食い止める。
だが、すぐさまイマージュが次の攻撃を繰り出す。
さらにどうにか防ぐ。
体が自然に動いている。敵の行動のカラクリがわかったことで、判断がすぐにできる。
三発目、四発目。しっかり止める。
「おい、イマージュ! 何回打ち込んでいるんだ! これで島津に負けたら姫様の護衛はクビだぞ!」
外野のタクラジュがヤジを飛ばした。
「そ、それが、思った以上に島津は体が動いてるんだ!」
結局、十数回、イマージュの剣を防御しきった。
もっとも、こっちから攻撃に出る余裕もなかったわけだし、腕に割と強い一撃を受けたので、自慢できることは何もないのだけど……これまでと比べれば三段階ぐらい進歩したと思う。
「今日はこのあたりまでだな」
イマージュが終わりを宣言した。
「お前、本当に島津か? 魔法で強化でもしたんじゃないだろうな?」
「この時間以外にも特訓はしてるからな。それのたまものだ」
「だとしたら、実に有意義な特訓だな。これから先も続けるといい」
やめろと言われてもやるさ。素振りしかしてなかったら、ここまでイマージュと張り合うところまで絶対に来られなかっただろう。
汗が少し垂れてきた。こういうのって、運動を止めると、途端に噴き出てくるんだよな。
「あら、島津さん、汗ですよ」
いつのまにか、姫が近づいてきて、俺の額にハンカチを当ててくれていた。
姫の顔がすごく近くて……その……照れる。
「姫……ハンカチが汚れますから、いいです……」
「ハンカチはこういう用途のものだからいいんです。今日はよく頑張りましたね、島津さん」
にこやかに微笑まれて、俺のやる気がさらに増した。
「いつか剣士としてもわたくしを守ってくださる日が来ることを楽しみにしています」
そうだな、立派な魔法剣士にならないとな。




