44 元教師と元教え子の関係
足の筋を伸ばす運動をして、それから軽くホッピングをした。
「これからも走る前は準備運動をしてくださいね。それをせずにケガしちゃったら、きっと後悔しますからね~」
二十四時間、アーシアは生き生きしている。こっちも準備運動まで気合が入る。
もし、アーシアみたいな先生が全国の学校に配置されて教えてたら、学生の学力も真面目度も上がるだろうな。
「はい、そこまで! もういいですよ~」
いよいよ、走るほうに入る。自分のすぐ前に、円状の光とは違った、スタートライン状になった光が現れる。ここから円を踏んでいけってことだ。
「別にタイムを競うものではないですから、いつ出発してもらってもいいですよ。ただし、完全に止まってしまったら失格です」
一トーネルぐらいなら、これまでも授業でさんざん体力作りということで走らされたし、途中棄権はないだろう。
俺はまず最初の円に右足を置く。
次の円にはさらに左足を持っていく。
その勢いを使って、さらに次の円にまた右足を運ぶ。
あれ? けっこうこの円の間隔広くない?
届かない距離ではないのだが、かなり大股で走らないときついというか……。
「うんうん、いいですね~。そのまま、続けましょう! ここは我慢して続けるところですよ!」
こう言われると耐えるしかないけど、体のほうは正直で、かなりすぐに息が上がってきた。
そうなると、歩幅も乱れてきて、円の外側に足が来たり、手前に足を置いてしまったりしはじめる。
「あっ、三回目のミスですね。次の失敗で今回のご褒美はナシですね」
もう、これはご褒美は諦めたほうがいいな……。
その数回先でもう一度足がぎりぎりで届かなかった。
「あ~、残念! ご褒美は次回に持ち越しです!」
それ以前に百五十メートル程度しか進んでないはずなのに、すでに体がふらふらになっていた。体が大きく上下する。
「ギブアップします……」
息が切れて、俺は芝生の上に転がった。
「まあ、一回目はこんなものですよね。お疲れ様でした」
アーシアは俺を叱ったりすることはないけど、褒められた結果じゃないのは明らかだ。
「はぁはぁ……。これ、無茶苦茶、円の間隔きつくないですか……?」
「でも、最初のうちはちゃんと足が届いてましたよね? 物理的に不可能なことなんてやってませんよ」
「はい、それはわかるんですけど、無理をして走ってる感じで、すぐに体力が落ちてきて……」
「そこは数をこなして慣れていってください。はっきり言って、小股で走るよりは疲れます。疲れるからこその練習なんです」
ごもっともな意見だ。だけど、次の挑戦をするにはしばらく休養期間がほしいな……。
そのあとも似たようなところで息切れして、足が止まってしまった。人間って、大股で走るとこんなにすぐに疲弊するのか……。こんな動きやったことがないから気付かなかった……。
「お疲れ様でした! それじゃ、今日はここまでです!」
「あ、ありがとうございました……」
俺は疲れたので寮までレヴィテーションで飛んでいって、そのまますぐに風呂に入って魔法でもかけられたように眠った。
●
学校が休みな時期だからこそ、やる気のある生徒とそうでない生徒の差が出る。
朝、図書館から借りてきた魔道書を読んでいると、こんこんとドアがノックされた。
だいたい、誰かは見当がついていた。しょっちゅう、ここに来る人がいるからだ。やっぱり、上月先生だった。
「おはよう、島津君。今日もお願いね」
「はい、俺が教えられることなら、いくらでも教えますから」
上月先生はもともと俺達が日本にいた時の国語教師だった。授業中にこのハルマ王国に飛ばされてしまったので、そのまま俺達と同じく魔法と剣技を習う学校の生徒ということにされたのだ。先生がクラスメイトになったというわけだけど、生徒はほぼ全員が「上月先生」と呼んでいる。
「今日、教えてもらいたいのは、この魔法を跳ね返すリフレクションというものなんですが」
リフレクションは上手く決まれば威力が高いが、一回きりで効果が終わってしまうので、使うタイミングが難しい。
「はいはい。先生、かなり進んでますね。これ、ちょっとした戦闘だったらできるレベルだと思いますよ」
最初から上月先生の才能がずば抜けていたわけではないはずだけど、わからないところを勉強して着実に先に進んできている。
「私はこの魔法を自分にかけたいわけじゃないんです。ただ、仲間の人に使えば、攻撃を一回は防げるから回復魔法の代わりになるかなって」
「もう、上月先生は戦闘のことを考えてるんですね」
上月先生は転移してきた人間にとっては難易度が高い回復魔法をすでに一部使えるようになっている。
「自分の元教え子に死人は出したくないですからね」
すごく真面目な顔をして、先生は言った。
「どうせ、島津君はこれからも危ないことをきっとするだろうし。言っても聞かないだろうし」
「そんなことないですって否定したいけど、難しいですね……」
王国とセルティア帝国の関係が今後悪化する可能性は高い。そうなれば、なんらかの戦闘が行われるだろう。俺達学生はその戦争での即戦力のために育てられているわけだから、きっとそこに従軍することになる。
「いつも島津君は危なっかしいことをしそうだから。それで、そのせいだからなのかもしれないけど……」
少し、先生は言葉に詰まった。
「私、とくに島津君を守ってあげたいって、大切にしたいって思い始めてる……かな?」
先生の顔が赤くなっている。俺の顔もおそらくそれにつられるように赤くなっているだろう。
これって、まさか、愛の告白? 違うよな……? ただ、俺が危険なことをするから相対的に目が離せないとか、そういうことだよな……?
「あ、ありがとうございます……」
礼を言うのが正しいのかよくわからないけれど、そう答えた。
「うん、私も……頑張るからね……」
かなりその日の特別授業は、奇妙な空気のものになった。
でも、最近、先生といるとこういう変な空気になること、増えてきてる気がするな……。




