43 剣士としてのスタート
今日から第二部です。よろしくお願いします!
「剣だけに意識を向けてはダメですね。むしろ剣は添え物です。足と体を動かして、結果的に剣がついてくるイメージでお願いします!」
アーシアの声が、汗がにじむ俺の頭に染み入ってくる。その声も意味として理解しているというより、無意識に音として処理している感じだ。
「先生、こんな感じででてきますか?」
「まだ、硬いですね。体自体が硬いっていうのもあるかもしれませんね」
「それを直すのは難しいですね……」
俺に剣の指導をしているのは、剣なんて一度も握ったことがないような美少女だ。
腕組みしているから、けしからん旨がさらに強調されてしまったりして、指導者としてはまずいことになている。しかもビキニみたいな布で隠しているだけだから、谷間なんてはっきり、くっきり見える。ダメだ、ダメだ、そんなところに目がいってる時点で集中力が足りてない証拠だ……。
彼女はマナペンというペンに宿っている精霊、アーシア。少し浮いているように見えるのは精霊だから実際に浮いているのだ。
「それじゃ、休憩に入りましょうか」
俺は息を切らしてすぐに芝生の上に倒れこむように腰を降ろした。両手を後ろにやって体を支える。
「天才魔法使いと呼ばれた時介さんも、剣のほうはまだまだですね」
「こっちのほうは、あまり得意じゃないって覚悟はしてました……」
日本にいた時から、体育でいい成績を残せたことなどない。もっとも中学ですごく得意で、高校で底辺になるなんて激変は起こりえないだろうから、自分には向いてなかったとしか言えない。そのうえ、運動部に入ったこともないので、持久力も自信がない。
「結論から言えば剣技よりも、基礎体力をつけるほうが重要ですね」
「おかしいな……。授業だとけっこう走らされてたはずなのに……」
「剣を持っての動きに無駄が多いんですよ。だから、疲れちゃうんです。もっとも――」
ずっと笑みを浮かべていたアーシアだったが、そこでとびきりの笑顔になって、
「私がとことんまで対策も教えちゃって、時介さんを強くしちゃいますから覚悟しておいてくださいね! 魔法だけでなく剣技も鍛える、これぞ神剣ゼミのモットーですから!」
「はい、お願いします!」
返事ぐらいは元気にしておこう。
●
しばらくの間、学校は休校状態が続いていた。もう五日目になる。
理由は単純で、教員たちが護衛役として王やカコ姫のそばについていたからだ。授業よりも明らかに大切なことだから、しょうがない。
皇太子――といっても今は廃嫡されているからただの罪人でしかないが――が後継者争いをしていた姫を暗殺しようとして失敗してからしばらくのうちは、王城も王都も空気がこれまでと違うものになっていた。
人の不安が伝染していって、どんどん広がっているという印象だった。
変な話、夜のうちに皇太子が仕掛けた暗殺は失敗に終わっていたわけだが、まだ何か起こるんじゃないかとびくびくしていたわけだ。
もしかしたら、皇太子派の人間が大量に粛清されたり、失脚させられることになるかもしれない。その反動でカコ姫が攻撃される危険も依然としてあった。
本来の次の王候補だったわけだから皇太子派は貴族の中でも少数ではなかっただろうし、激変が走る可能性は実際のところ、いくらでもあった。
なので学生にも遊ぶ気になれない休暇が与えられたというわけだ。
俺の場合は扱いとして教官助手なので、護衛役をやると言えばそっちにまわれただろうが、アーシアとの剣技の練習を選んだ。
剣士としても強くなれなければ、誰かを守りきれない――今回の内乱でそれを感じたからだ。
もし、魔法使いと剣士が戦った場合、遠距離からなら圧倒的に魔法使いが有利だ。だが、一度、接近を許せば、その状況は容易に逆転する。
皇太子が姫を殺そうと斬りつけた時、俺は身を挺することしかできなかった。追い込まれた状況を打開するには剣士の実力が必要なのだ。
ただ、わかっていたことだけど、俺には体力不足という弱点があるらしく、まずはこれを克服しないといけないらしい。
ちょうど今、アーシアが何を指示するか考えている。
「じゃあ、夜はひとまず走りますか」
さらっとアーシアが言う。浮いてる人間からしたら、走る労力はわからないだろうな……。自分を強くするためだから、恨み言を言っても何も始まらないけど。
「演習場を何周ですか? やるからにはどれだけでもやりますよ」
「いえ、走る距離はそんなに重要じゃないんです。もちろん、一トーネルぐらいは走ってもらわないと体に身につかないですけど」
トーネルというのはハルマ王国内での長さの単位だ。一キロとそう変わらない。
「距離以外が重要ってことは、ランニングフォームですか?」
俺としてはそれぐらいしか思いつかないが。
「足を置く位置ですね。地面を見てください」
すると、暗い芝生の上にちょっとずつ間隔を空けて小さな光の円が現れた。それがほぼまっすぐにずっと続いている。
「この円に足を置いていきながら走ってください。円の外側に足が出たら失格です。ミス三回以下で最後まで走りきれたら、ご褒美を差し上げますよ」
「こういう時、罰じゃなくてご褒美を提示するのがアーシア先生らしいですね」
「私は褒めて伸ばす教育ですから!」
楽しそうに子供っぽく胸を張るアーシア。さらに胸が強調される。その姿でご褒美とか言われると、男子生徒としては妙な気分になるな……。
よし、やるか。今の俺は与えられた課題をこなしていくことで、精一杯の状態だし。
走り出そうとすると、目の前にアーシアがやってきて道をふさいだ。両手を広げて、とうせんぼの格好だ。顔もさっきより真面目で、眉毛がハの字になっている。
「ダメです、ダメです!」
「えっ!? まさかの走る前からのダメ出しですか!?」
「準備運動をしてないでしょう! 足を痛めてしまったら、剣士の練習すらできなくなりますよ! 運動の場合は机の上での勉強と違って、練習でケガしちゃうこともありますからね!」
「あっ、なるほど。そういうことか……」
本当に真面目な先生だなあ……。




