38 異国の刺客
「たいした手合いではないな。雑兵が手柄欲しさに突っ込んできたということか。イマージュのように粗暴な連中だ」
「命を粗末にしおって。タクラジュみたいに死んでかまわん命ばかりではないのだぞ」
「お前な!」
「やるか!」
なんで、この状況で姉妹ゲンカできるんだよ……。
「姫様、ここは皇太子の部屋を襲撃して、形勢を覆しましょう!」
「仮に皇太子が別のところに抜け出ていたとしても、こちらが有利であると知らしめることができます!」
今度は双子で話が合ったな。だけど、それはあまり上策じゃない。
俺は首を横に振る。
「やめとけ。危険が大きすぎる」
双子がムッとしていたし、理由を続ける。
「仮に皇太子が部屋に籠もっているとしよう。だとしたら、そこには間違いなく精鋭が待ち構えてる。いくらなんでもこの少人数で戦うのは危うい。皇太子が部屋を抜け出ているとしたら、ほかの場所で状況を有利にするために動いてるだろう。部屋を襲撃してどれだけ効果があるかわからない」
「では、島津さんはどこに向かうべきだと思いますか?」
実は俺も何が最善かと問われると、自信がなかった。城の政治情勢を完璧に把握しているわけじゃない。ただし、これでも少しはサヨルさんから聞いた知識がある。
「この国の軍隊はかなり中立的なんですよね? 俺はそのように言われてるんですけど」
「はい。即位式を行った国王以外の命令で動くことは軍機違反です。感触としてもわたくしの側にもお兄様の側にもついてはいません」
ならば、軍隊を味方につけるために動くのは無理だ。王だって後継者争いの暴発を恐れて、とくに気を配っていたはずだ。
だとすると、軍隊の次にはっきりと軍事力を有する集団は――
「教官達の住まう寮を目指しましょう。彼らがこっちについてくれれば、かなりの戦力になります!」
サヨルさんにヤムサックに、その他、直接の授業はまだ受けてないけど魔法使いが何人も在籍してるし、剣技の教官もかなりいる。あそこをそっくりそのまま味方にできれば!
「待て。本当に教官達が仲間になってくれる確証はあるのか……?」
「とくに彼らが姫様の派閥という話は聞いていないぞ……」
タクラジュとイマージュが不安げな顔になる。
「その懸念はわかる……」
もし、向かった先で教官が皇太子側について襲いかかってきたら、死ににいくようなものだ。
だけど、決断をするのは俺じゃなくて、姫だ。
「行きましょう!」
毅然とした声で姫は言った。
「城の中枢部にこの人数で向かうよりは安全なはずです。それで教官の方々と合流できれば勝機はありますし、もし彼らに攻撃されたとしたら――」
そこで姫はとても儚げに、同時に、とてもほがらかに笑った。
「わたくしの運命はそれまでということです。精いっぱい生きた結果がそれなのですから、悔いることはありません。このドレスを血に染めて堂々と死にましょう」
本当に肝が据わってる。
王になれるかはわからないけれど、間違いなくこの人は王の器だ。
「わかりました。姫、俺は姫のために命を懸けます!」
もしもサヨルさんと戦うことになったら、その時はその時だ。
とことん戦ってやろう。
双子の従者もうなずき合った。
不確定要素をゼロにはできない。ならば、可能性の高いところに向かって進むだけだ。
教官の寮を目指すのはほかにもメリットがあった。寮は王城の中心からは少しはずれたところにある。そりゃ、ど真ん中に寮なんて作るわけがないからな。
皇太子が城をまず掌握しようと動いたとしたら、寮のほうにまでは手が及んでいないかもしれない。
時間は差し迫っている。夜道をこそこそ歩く暇はなかった。俺達は芝生や花壇の上を走って、寮へと急いだ。
しかし、また刺客が待ち構えていた。
黒い布をかぶった、いかにも暗黒の魔法使いといった連中が並んでいる。
こっちの行動パターンはお見通しってことか……。危機を潜り抜けるアイディアなどないし、力押しで通り抜けるしかないが。
「ここは俺が行く!」
魔法使いには魔法使いだ。接近戦ならタクラジュとイマージュの剣が先に届くかもしれないが、少し距離が空きすぎている。
連中は聞いたことのない詠唱をはじめた。
何が起こるか読めない!
次の瞬間、火柱が地面から噴き上がり、完全に壁になった。俺の行く手は阻まれる。
「これは、セルティア帝国の詠唱です!」
姫が叫んだ。
つまり、こいつらはこのハルマ王国ではなくセルティア帝国の魔法使いということになる。あるいは、王国の魔法使いが帝国で学んだのかもしれないが、どちらにしろ結論は同じだ。
「皇太子め、帝国の手を借りていたのか!」
自分が王位につくために、帝国の力に頼るのか。それで国が乗っ取られたらどうするつもりだ!
だからといって、今更憤っても仕方がない。
アイスバインド! 炎の柱を手から飛び出た氷と霜で鎮火する。
そのまま、距離を詰めていく。
しかし、半透明な壁に俺は思いきりぶち当たった。
「ちっ! 帝国の魔法まで把握できてないぞ!」
こんな補助系魔法は聞いたことがなかった。おかげで対処策もとっさには出てこない。
「残念だったな。手の内がわからぬのでは何もできまい!」
黒いローブの一人が甲高い声で叫んだ。
「それはただの防御魔法ではないぞ。四方を囲んで次第に押しつぶす!」
まさかと思って、後ろに手を伸ばすと、そこに壁ができていた。
このままでは圧死する!
「これは多人数で同時にやらんと上手くいかんのだが、敵が少人数の時には効果を発揮するのだ。まずは魔法使いから死んでもらおう」
俺は相手の魔法に干渉する魔法を探そうとした。しかし、壁が近づくだけでなく、奥に向かって厚くなっているのを感じた。詠唱の声がとめどなく聞こえてもくる。
これ、複数の魔法を何度も使うことで、ちょっと阻害するだけじゃ脱出できないようにしてるんだ……。口上を垂れている奴を入れても魔法使いが五人いる。つまり、四方を固められるってことだ……。
「島津さん! 今助けます! その道に今、杭を立てて道を遮りて――きゃあっ!」
どこからか、弓兵が矢を放って、姫の真ん前に撃っていた。
姫も詠唱の余裕がない。
本当に手詰まりになってきたな……。




