37 王位継承戦
俺は足を凍らされて動けなくなっている兵士に声をかけた。
「お前たちの黒幕を教えろ。ウソだと判断した時点で殺す。どのみちお前は暗殺に失敗した時点で帰れるところはないんだ。正直に話せ」
にらみつけたら、その兵士はすぐに顔を真っ青にさせた。これは暗殺者としては二流だな。その分、情報を聞き出すのにはありがたいが。
「俺達は……皇太子の命でカコ姫の暗殺を企てた……」
その情報にとくに驚きはなかったが、姫は顔を歪ませていた。兄に殺されそうになっているとはっきりわかるのはつらいだろうな。
「それにしてはずいぶん軽はずみな犯行だな。もし、それが明るみになったら、皇太子の地位も危うくなるはずだけど。もちろん、王様に注進してやるぞ」
変な話、ラッキーだった。向こうが先走って、自滅したようなものだ。これで皇太子の罪が明らかになれば、確実に廃嫡だか廃位だか、そういう言葉で説明される処罰が下るだろう。そして、次の王には姫が文句なしの第一候補になる。
「その王様が死んだから、こうして暗殺に及ぼうとしたんだ……」
背中に氷のかたまりを入れられたような気持ちになった。
「三時間ほど前にお隠れになられたという話が皇太子の元に届いた。城から三十トーネル離れた離宮滞在中に容体が急変したとか……」
トーネルというのは、この世界の長さの単位だ。だいたい、キロと大差はない。
「まだ公にはされていないから、今のうちに皇太子は姫を亡き者にしようとした……。我々にも作戦が指示された……」
「だとしたら、注進する王様が不在ってことか……」
もう片方の後継者を早々と殺してしまえって動きに出たわけだ。
つまり、兄と姫との全面戦争に突入するってことだ。
「もう一つ聞くぞ。皇太子はお前達以外にも何人も殺し屋を雇ってるよな?」
「俺も詳しく知らないが……失敗が許されない作戦だ。何十人もいるんじゃないか……?」
なるほど。聞けることは聞けた。
「ありがとうな。こっちの陣営が勝ったら命は助けてやるよ」
そして、無詠唱でディープ・スリープという催眠作用を起こす魔法をかけた。
意志が強い人間や魔法使いには聞きづらいのだが、こんな精神的に消耗しきった人間じゃ防ぎようもないだろう。
「イマージュ、どこに籠もる? 城の隅に物見の塔はあるが」
「タクラジュ、お前はどこまでバカなんだ。そんなところ袋のネズミだ。打って出て、皇太子を倒す」
「お前こそバカか。この人数で敵に突っ込めるか。皇太子は普段から護衛の人間をわんさか置いている!」
籠城か、進軍か。
困ったことに、双子同士ではっきりと意見が分かれてしまっている。
「「姫様、ご決断を!」」
二人が姫に意見を仰ぐ。臣下としては正しい行為だけど、今の姫にそれを決めさせるのは酷かもしれない。決断しようにも、もっと材料がないとどっちがいいかなんて言いようがないだろう。
だから、助け船を出そうと思った。
「姫、ここは撃って出るべきです」
俺が進言する。
「島津さん……ちなみにどうしてでしょうか……?」
「おそらく、現在、姫の兄である皇太子は――王が死んだこと、自分が新しい王になったことを周囲に言いまわっているはずです。そこで多くの者が皇太子に従えばそれが真実になるからです」
姫がうなずく、そのまま俺は続ける。
「皇太子は王である自分に従って、『謀反人』である姫を殺せと叫ぶでしょう。姫を殺してしまえば、それが間違いだったと言い出す者もいなくなるのですから」
「それはわたくしもわかります。でも、それでは籠城をとるべきではない理由にはなっていません」
やはり聡明な姫だ。話が早くて済む。
「もし、姫が今のまま籠城すれば、自分こそ正統だと周囲に告げる時間的余裕がなくなります。皇太子の言葉だけが広まることになるんです。となると、日和見を決めていた連中が皇太子のほうが優勢だと思って、皇太子側についてしまいます。ですから、積極的に立ち向かって、自分を一方的に暗殺しようとした兄こそ、親族を殺そうとする極悪人であると喧伝しなければなりません!」
静かに姫は微笑みながらうなずいてくれた。
「島津さんの考えが正しいと思います。タクラジュ、イマージュ、王城を目指します! まずは私たちが説得できそうな方のところに行き、味方を募りましょう!」
「「御意!」」
道は一つに定まった。
あとはその道を信じて進むだけだ。
俺はポケットに入れていたマナペンをそっと握った。
アーシア、見ていてくれ。必ず、俺は生き残る。
そして、姫を守る。
君から学んだことを人を救うことに使ってみせる。
ゆっくりとしている暇はなかった。のんびりしていれば、皇太子の側が権力を確立してしまう。そしたら、姫のほうにシンパシーを感じている派閥も沈黙する危険があった。
「それではすぐに向かいましょう。ですが、その前に一つだけ――」
姫はとても穏やかで慈悲に満ちたような詠唱の言葉を綴った。
タクラジュの切り傷が癒えていく。回復魔法の一種だ。
「姫様、本当にありがとうございます!」
「そういった言葉はすべてが終わったあとにお聞きします。まだ戦いは続きますよ」
庭園から城に戻る途中、十人ほどの兵士や魔法使いが躍り出てきた。
殺気を消していないから、味方じゃない。
「カコ姫、お命ちょうだいする!」
ふざけるな! 俺達も姫の前に出て、応戦する。
剣士たちに対してはタクラジュとイマージュが当たる。魔法使いらしき連中には俺が当たる。
相手の詠唱が聞こえる。すぐに何が来るかわかった。
ファイア・ボールだな。
ラグビーボール大の火球が片っ端から飛んでくる。ただし、飛んでくるのは俺じゃなくて姫のほうだ。
厄介だな! マジック・シールドは自分の前に防壁を出すものだから姫を守るのには向いてない。
いいや、俺はこんな時の対策も確実に神剣ゼミで習った。
巨大な氷の壁を俺たちの前に作った。
グレイシャル・ウォール――周囲を氷河と見まがう氷で埋め尽くす魔法だ。
どこに火球がぶつかろうと、これなら姫のところまで届かないだろう。
その間にパイロキネシスを使う。
離れたところに立っている魔法使いが炎に包まれた。
こっちが無詠唱で動けるとは思ってなかったらしいな。対応が遅れた。
剣士のほうも双子コンビが斬り捨てていた。
ひとまず、この刺客たちはどうにかなった。




