35 大型テスト
俺は心の底からサヨルさんと戦わずにすめばいいなと思った。
もし、彼女が皇太子側に立っていたら、俺は姫を守るために戦わないといけないだろう。
もっとも、その内戦がいつ起こるかまったくわからないのだから、あくまでも心構えをしておくだけだが。
剣技の実習中にすべてのカタがついてる可能性だってなくはないのだ。
きっと、姫はサヨルさんが言っているようなことはすべてわかっているんだろうな。
それでいて、俺にほとんど具体的なことを話していないってことは、過度に俺を巻き込みたくないってことだろうか。
直接聞くと無粋だから聞けないな。
確実なのは、今の姫は概念魔法を使っている場合じゃないだろうってことだ。
そんな調子で、政情は不安定らしかったが、俺を含めた学生の生活には変化はなかった。
むしろ、授業まで中止なんてことになったら、異常が起きてますと発表するようなものだからな。俺も剣技だとか昼食の時間だとかには顔を出していたし、ほかの生徒に魔法を教える教官助手としての仕事もごく普通にやっていた。
もっとも、普通にやってるつもりなだけだったが。
「島津君、最近何か不安があるよね」
上月先生に俺の部屋で教えている時にそう言われた。
「疑問文じゃなくて、それって、断定ですよね……」
「だって、わかっちゃうもの。これでも、元は教師やってたんだから」
ふんわりと包み込むような笑顔を上月先生は見せてくれる。それから、小さな手で俺の肩に手を置くと、そのままぎゅっと抱き寄せてきた。
「あの、これ……教え子に対するスキンシップにしてもやりすぎじゃ……」
「だって、島津君、今の悩みは絶対に私に言えないでしょ。だから、悩みを打ち明けて楽になるってことができないじゃない」
まさか、すべて知られているんじゃないかというような、上月先生の言葉。
「島津君は極端に強くなったでしょ。その裏にはほかの人には言えない秘密だってあると思うもの。本来、そういうことって大人になったらできるんだろうけど、もう島津君は大人にならないといけなくなってる」
「だいたい、合ってます……」
「そんな人をほっとさせようとしたら、これぐらいしかないかなって。ほら、人って抱きしめられると無条件で心が安らぐらしいしね」
「ありがとうございます、上月先生……」
教官助手としての期間は、上月先生の教員期間と比べるとずいぶん短いものな。まだまだ教師としての部分だとかなわないか。
なお、俺が個別実習をしているとはいえ、上月先生の魔法技術もかなり向上している。生徒の中ではトップクラスだ。
とくに最近では回復系統の魔法にも挑戦しているとかいう話だった。この手の魔法は聖職者の領域であって、異世界から来た俺たちには不利なものなのだが、先生はめげずに勉強しているという。
「あの、先生が回復魔法を習おうとしているって本当ですか?」
恥ずかしさをまぎらわすためにも、こう聞いてみた。
「挑戦してるだけで成功してないけどね」
噂自体は本当だったらしい。
「私の元教え子が傷ついた時、そういう魔法が使えたら助けてあげられるかもしれないでしょ」
マジで先生になるために産まれてきたような人だな……。
「あんまり、こうしてちゃダメだね。先生も島津君を好きになっちゃいかねないから」
冗談だと思ったけど、先生はあんまり冗談って態度でもなかった。
「今日はこれで帰るね。ありがとうございました、島津先生」
「おやすみなさい、上月先生」
俺も丁重に頭を下げた。先生が出ていくと同時にアーシアが現れた。
「ずっと見てましたよね、アーシア先生」
もう、先生だらけだな。
「そうですね。むしろ、あれで上月先生を押し倒したりしない時介さんの自制心の強さに感服です」
「最近、同時多発的にああいうことがあるんで……」
サヨルさんとの距離感も同僚とはいえ、近すぎる気がするしな……。
「それに、きな臭い状況だから恋愛をしている気分にもなれないんです」
「ですね。そう間違ってはいないと思います」
アーシアの顔からも笑みが消えている。
「ハルマ王国も長い歴史を有していますから、何度も政変がありました。それと近い空気を感じはしますよ」
「俺はどうしたらいいんですかね?」
「今の時介さんはもう学ぶべきことは学んでいます。一人前に行動を決めることができますよ――といっても、言葉だけでは納得がいかないかもしれませんから、これまでの成果を試す大型テストをしましょうか」
アーシアは壁にかかっている時計に目をやる。
「今から二時間、大丈夫ですか?」
「はい、いけます」
俺の机に数枚のプリントが現れる。
突然のことだけど気負いはなかった。
なにせ、政変だって突然起こるのだから。それに対応できなければ意味などないのだ。
問題はどれも一見難しいようでいて、ちゃんとこれまでの知識や考え方を使えば糸口が見つかるものだった。
しかも、いろんな単元で習った知識を複合的に使わないといけないものもある。テストとして実によくできている。
逆に言えば、テストとしてよくできてるってわかるぐらいに俺がそれを理解しているってことだ。
出題者の狙いが手に取るようにわかる。その時点で負けはない。
解答欄のズレがないかもその都度チェックする。魔法はわずかなズレで何の効力も発揮しないのが普通だ。テストでも妥協は減らしていかないといけない。
一時間とちょっとでほぼ完璧に解けた。
ただ、最後に魔法とはずれたような問題があった。
<下記の文に○か×で答えよ。
もし、戦闘で仲間を含めた自分たちが絶体絶命の時、命がけで味方を守るべきである。>
テストとしては難しいとは思えなかった。
こういうの文意からして×なのだ。
けど、引っかかりはした。
「はい、もう終わりでいいですかね!」
全問解き終わった後、アーシアが姿を現した。すぐに俺の解答欄に赤字で○が並んでいく。ことごとく正解ってことだ。
「満点です! 時介さん、見事に満点ですよ!」
「ありがとうございます」
「で・す・が」
そこでアーシアは俺の顔を覗き込むように見つめた。
「テストの知識は活用できないと意味がありません。必ず活用してくださいね?」
「最後の問題もですか?」
「私は教え子に死ねと教えるような教育は認めませんから」
当然だというふうに、アーシアは言った。
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