25 無詠唱魔法を増やす
翌日、授業で顔を出したら、すぐに上月先生がやってきた。
「あの……島津君、大丈夫だった?」
やけに心配そうに聞かれたので、最初いったい何かと思ったが、亀山たちの一件が当然みんなにも説明されてるんだよなと理解した。
「俺のケガに関してはなんともないです。この世界には体力回復の魔法もありますからね。大丈夫だから登校してきたんですよ」
「うん、それならいいんだけど」
そう言う先生の顔はまだすぐれないままだ。
「先生の教育が悪かったのかな……。亀山君たちがまさかあんなことをするだなんて……」
そっか、先生にとったら、自分の元生徒の間で起きた暴力事件なんだ。しかも、処罰された側は退学処分になってしまった。
こんな時に感心するのもおかしいかもしれないが、上月先生は本当に生徒想いなんだなと改めて思った。
亀山のことなんて、悪いことをして罰せられたんだから、自業自得だと言って思考停止することだってできるのに、決してそんな言い方はしない。きっと本気で亀山たちのことを案じているんだろう。
「差し出がましいですけど、上月先生が心配することはないですよ。あいつら、もともと素行が悪かったって話ですし、それが直らなかったってだけです。一度悪くなったら、先生の声も聞こえなくなっちゃいますし」
「そ、そういうものなのかな……?」
「ちょっと性格が悪いぐらいなら、数人がかりで俺を殺しになんて来ないですよ。俺が殺されなかったのは、はっきり言って偶然みたいなものですから」
自分で口にしても怖くなってきた。もし無詠唱ができなかったら、とっくに死んでいたんだ。
「うん。わかった。たしかに、今、心配しても何も変わらないかもしれないね。ここが日本だとしてもそんなことをすれば然るべき罰は受けるはずだし……」
上月先生もひとまず納得してくれたようだ。
クラスメイトが急に四人減ってしまったわけで、俺に対する反応がどういうものに変わるか、実のところ、不安もあったのだけれど、クラスの大半は俺に同情的で、居づらいような空気にはならなかった。
逆に言うと、亀山たちはそれだけ孤立してたってことだな。それでどうしようもなくなって爆発しちゃったんだろう。
ヤムサックが授業のために現れたが、事件のことはすでに話しているからか、亀山についての処分には一言も触れなかった。
魔法実習の時間は、また俺だけサヨルさんと別メニューということになった。
まあ、俺が無詠唱で魔法を使ってるのをみんなに見せたら、教育の妨げになるよな。じゃあ、声を出して魔法使う意味ないじゃないかって思われかねない。
「無詠唱のことについては私も教えようがないから、補助系のものを教えるね。まずはドレイン・マジック。相手の魔法の力を奪えるなかなかイヤガラセ的な魔法よ。もっとも、よほど大量に吸い取れないと実戦的な効果はあまりないけど。先に攻撃魔法で狙ったほうがいいしね」
「サヨルさんって本当にいろんな魔法を習得してますね」
「私、変な魔法コレクターなの。でも、たくさん使えれば何か特殊な状況に巻き込まれても戦えるかもしれないし、損はないよ」
「はい。それは俺も思います」
魔法を使っての対戦となれば、きっと攻撃魔法だけってことはないはずだ。ものすごくトリッキーな魔法で相手を封殺する奴だっているからな。
これは別に可能性だけの問題じゃない。
今、俺たちが習得しようとしているのはすべて現象魔法というものだ。魔法の大半、九割以上はこっちに分類される。攻撃系魔法も補助系魔法も、こっちに分類される。
だが、ごく一部の魔法は概念魔法という、まったく異なるところに属する。俺も詳しいところはまだ勉強できてないが、何万人の敵を相手にできるような大掛かりなものも含まれているという。ゲームで言えばラスボス級のチートな魔法を使う奴に該当する。
そんなのを倒すには、攻撃力が高い炎や雷では役に立たないはずだ。もっと、根本から魔法をぶっ壊す必要がある。なので、様々な魔法は使えるほうがいいに決まっているのだ
さて、それで、ドレイン・マジックってことは、漢字で言うと吸収か。「吸」って字を思い浮かべてみるかな。
よし、やってみよう。
「…………。…………、……。ダメか、もう一度。…………」
「ええと……よくわからないんだけど、今は無詠唱でやろうとしてるってこと?」
たしかに傍目には謎の行動だよな。むしろ、行動してないように見える。
「そうです。このほうが長い目で見ると効率がいいと思うんで」
漢字一文字だし、この魔法なら割と早く使えるようになるはずだ。
「わかったわ。無詠唱に関して指導しようがないし、島津君がやりたいようにやって……」
そして、十五分後。
何かこれまでと違う手ごたえがあった。
サヨルさんから光のようなものが抜け出て、俺の体のほうに入ってきた。
「これって……ドレイン・マジックの効果ね……」
サヨルさんはちょっと呆然としていた。
「こんなに短時間で実行できるものなのね……。これだったら私も無詠唱を試してみようかな……」
「でも、殺されそうな目には遭いたくないでしょ?」
「ぜ、絶対嫌!」
じゃあ、こんなに短時間でものにするのは難しいと思う。アーシアだって命がけの特訓なんて絶対にやらないだろうし、無詠唱に関しては俺は運が圧倒的によかったんだ。
「それじゃ、次は肉体強化の魔法を教えよっか。エンパワーメントっていう魔法なんだけど」
その魔法もどうにか習得して、授業一つで俺は無詠唱二つ魔法を新たに覚えることができた。サヨルさんにペースが化け物すぎるわとちょっと引かれた。そこは褒めてほしい。
「でも、この国もだんだん不穏になってきたし、あなたみたいな即戦力が増えることは純粋に喜ばしいことなんだけどね。もちろん、平和で実戦利用の機会がないことが一番なんだけど」
どちらかというと、そのサヨルさんの言葉が一番不穏だった。
「あの……この国ってそんなによくない状態なんですか?」
「あっ、そうか、学生をやってるんじゃ政治情勢なんて全然教えてもらえてないよね。そういう話はもっと後の学習課程にしてるからなあ」
サヨルさんは少し考えていたようだが、「うん、わかった」とつぶやいた。
「ちょっと、このハルマ王国の現状を教えてあげるね、島津君」
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