14 先生らしいことをする
意外な人が部屋に尋ねてきます。
白のローブで教室に入ったら、当たり前だけど、やたらと注目を集めた。
「えっ、島津、それ、何の服?」
「島津君、制服じゃないと怒られるんじゃない……?」
そんなことをいろんなクラスメイトから言われた。
その都度、「生徒兼教官助手ってことにされちゃったんだ……。このローブは教官助手の制服みたいなもので、着ないわけにはいかなくてさ……」と答えることになった。
そのあと、授業時間中にヤムサックもそういう説明をしてくれた。
「――ということで生徒の中に教官助手が生まれたわけだが、そういう前例がないわけでもないし、島津も生徒として活動を続けることを望んでいる。あまり変に持ち上げずに接してやってくれ」
ヤムサックの言葉はそれなりに俺を気づかってくれてるもので、ほっとした。まあ、これまで授業を聞いてきて、そんな悪い人じゃないのは知ってたけど。
「魔法のセンスがある者が早い段階で成長するということはありえないことではない。そういった者をこつこつ基礎を積み上げた者がどこかで追い抜いていく場合だってある。君達が今後、そうなっていくことを願っているぞ」
そこは、ちょっと言いたいことがある。俺、ちゃんとアーシアから基礎から知識を学んだから成長したんだよな……。それがあるから、上手く魔法の実習にも入れたわけだし。センスだけでどうにかなったわけではない。
知識がないまま実習にいってたら、楽しくなくて熱意も入らずに、全然実習もダメだったかもしれない。
でも、一般論として最初、勉強が苦手だった奴がそのあとに成長するということはあるので、ヤムサックが伝えたいこともわかる。
たしか上月先生も最初の授業で言ってたけど、あの人、国語教師なのに、高校時代は国語が一番嫌いだったんだよな。
それで嫌いななりに向かい合っているうちに、逆に大学ではまっていったとか言ってた。
苦手だから選択肢の中から外す人もいるだろうけど、その逆もあるってことだ。致命的に向いてないかどうかなんて、高校生の時点ではわからないことも多いだろう。
「では、本日も授業をはじめるぞ」
その日の授業でも俺は小テストで満点をとった。
これから習うことは一通り理解しているので、問題なくやれると思う。
あと、好きでなったわけじゃないとはいえ、教官助手なのだから、それぐらいはやれないと格好がつかない。
授業の数回分先まで知ってるだけというのは、全然褒められたことじゃない。
ただ、授業外の時間は変化があった。
休憩時間とかに、俺に質問に来るクラスメイトが急増したのだ。昼食の時間なんて、ほとんど補講みたいな状態だった。俺の席の周囲を七人が囲んでいる。
日本のクラスではぼっち飯だったのに、それがこんなに大人数になったんだな。素直にうれしい。
「じゃあ、順番に質問に答えていくから。わからないところがあったら、申告してほしい。魔法って露骨に積み重ねの勉強だから、わからないところを放置してると、どこかで詰むようにできてるんだ」
最初の質問は一週間ほど前に授業でやった範囲だった。
「相手に影響を与える魔法はそれだけ精神力が強くないといけないわけだよね。だから、その分、魔力の消費も増える。とくに相手に不利益な効果は魔力の消費も増える。きっと、人間は無意識のうちに相手の悪意に反発しようとするところがあるから――あっ」
俺が口を止めたから、みんな、何なんだろうと思っている。
「ああ、ごめん、なんでもない」
人間は無意識のうちに敵の悪意ある魔法には反発する――こんなことは神剣ゼミでも教科書でも書いてない、つまり、自分が作り出した概念だ。
でも、おそらく大きくは間違ってない。実際、回復してくれる魔法に反発するメリットなんてないからな。
つまり、人に教えているうちに、さらにわかりやすい説明法を思いついたってわけだ。
誰かに教えるということで知識がより深められるってよく言うけど、本当なんだな。
もし、うろ覚えの部分があれば、そこは説明できない。自分がやったことがただの暗記だったのか、意味として理解できていたのかがわかる。
教官助手っていうのは想像以上にいい役割だったのかもしれない。
「じゃあ、次の質問に進むけど、今のでわかった? わからないところをわからないままにしてると絶対よくないから。恥ずかしいと思う必要なんてないんだ。だって、生徒にわからないことがあるのは当たり前のことなんだし」
「うん、まったくその通りなんだよね~」
女子生徒の広畑さんがうんうんとうなずいていた。
「ただ、聞きづらい子がいるのもわかるんだよね~。島津君、生徒でもあるわけだから……」
そっか……。まあ、そういう考えもあるよな。我慢してくれとしか言えないんだけど。
実際、亀山のグループは一人も俺のそばにいない。
それ自体は別にいいし、急にぺこぺこ頭下げられても気持ち悪いけど、結果としてあいつらの成績が落ち始めているのを感じている。
わからないまま、次のことを学んでいくんだから、そりゃそうなる。
でも、教師も教わる気がない奴に教えることまではできない。意地を張るのを早くやめたほうがいいぞと心の中で思うぐらいしかできない。
そして、その日の授業も無事に終わった。
部屋でアーシアにまた一日の報告をすると、案の定、「ご立派です!」と褒められた。
本当にアーシア、褒めるの得意すぎなんだよな。あざといぐらいに褒めて伸ばしてくる。
「時介さん、もう、どこに出してもおかしくない教師ですね」
「教師じゃないですよ。あくまでも教官助手です。アーシア先生みたいな本職の教師じゃな――」
――と、こんこん、とドアがノックされた。
誰だ? いや、別にほかの寮生が来たとしても何もおかしくないけど。
ただ、ここにはアーシアがいるんだよな……。
「あっ、授業は夕ごはんからでもいいですし、今はほかのことにお時間使っていただいていいですよ。空いている好きな時間に学習ができるのが神剣ゼミのいいところですから」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
ぱっとアーシアが掻き消えた。
ひとまず、誰が来たかを確認しよう。
ドアの真ん中ののぞき穴から見ると、意外な人がいた。でも、生徒は生徒か。
ゆっくりとドアを開けた。
そこには元教師で今はクラスメイトの、上月先生が立っていた。
「上月先生、なんでここに……」
「そ、その……言いづらいんだけど……」
やけに上月先生の顔が赤い。赤いどころか真っ赤っかだ。
もしかして、これは告白!?
「勉強、教えていただけませんか、島津、先生……」
あっ、告白ではなかった。




