100 姫の攻撃魔法
今回で100話目です! ありがとうございます!
「こちらも少しずつ中断を交えながら行っていた詠唱が完成しましたので」
姫の顔には、勝利の確信めいた笑みが浮かんでいた。
ラクランテさんの表情がゆがんだ。
「中断していた詠唱が完成? まさか……。詠唱は一息ですべてを唱えないと効果など発揮しないはずです」
たしかにラクランテさんの言葉のほうが正しいように思える。
俺がアーシアから習った内容にも分割可能だなんて話はなかった。
「ええ。特殊な事例です。なにせ、特殊な魔法ですから」
そして、姫はゆっくりと右手を突き出して、瞳を閉じた。
「喰らい尽くしなさい、マジック・エクリプス!」
すると、ラクランテさんを守っていた魔法の壁にぽつぽつと奇妙な穴が空きだした。
その穴は次第に大きくなり、魔法の壁を蝕んでいく。
「な、なんですか、これは? どこから攻撃を受けているのかわからない……」
第二巫女の顔からついに余裕が一切消えうせた。わけのわからない魔法で自分の防壁が侵食されているのだ。不安でたまらないだろう。
彼女も何もせずに立ち尽くしていたわけじゃない。一般的な解呪魔法であるディスマジックの帝国の詠唱ととおぼしきものを口にしていた。
けれど、詠唱は効き目を持っていない。
さっきの白色の球を出して解除を試みたが、そもそも、これも上手くいかない。
「どこを狙えばいいか、これじゃわからない!」
「無意味ですよ。すでにこの魔法は発動してしまっていますから。あとは進行するだけです」
姫は静かに魔法の説明をしていく。
「この魔法は相手の魔法に寄生するものなんです。実はとっくに元になる魔法は詠唱していました。ただ、続きを唱えていかないと効力を発揮するには至らないんです。いわば、続きの詠唱でこの魔法の根は育つんです」
その腐食はどの穴からも進んでいって、やがて穴のほうが大きくなっていく。
けれど、壁を破壊するだけでその魔法はとどまらなかった。
ラクランテさんの顔の一部が緑色に変わったように見えた。
まるでカビが彼女にやってきたようだ。
「これは補助系の魔法に寄生して最終的には術者にも攻撃を加えます。発動までに時間がかかるのが難点ですが、長引いた戦いの間にこつこつ、こつこつと積み立てていたんですよ」
最後に、姫は毅然とした態度で、「さあ、収穫の時です」と言った。
魔力でできた腐食作用が敵に届きはじめた。
「ま、負けでいいですっ! 力が、力が奪われます!」
ラクランテさんが必死の声で叫んだ。
「いいんですか? 別に命に別状がある魔法ではありませんよ。敵のマナを消耗させて、一時的に疲労させる程度の意味しか持ちません」
「いえ、負けで、負けでかまいません!」
その瞬間、第二巫女の敗北が確定した。
威厳も何もない負け方で、見ている俺も同情したくなった。力が届かず、やむなく負けたというものではなくて、ほとんど逃げるようなものだった。教会側の人間もいたたまれないような顔をしている。
「島津、あれが姫様のやり方だ。よく覚えておけ」「自分たちも戦慄している」
イマージュとタクラジュも硬い表情をしていた。イマージュが続ける。
「だが、姫様は決して残忍なお方ではない。こういった決着をつけたということは、なんらかの意図がおありなのだ」
「こちらが主導権を握れるだけのものを見せないといけないですからね」
「それもあるが、それだけではないかもしれないな」
結局、姫は自分の魔力を分け与える魔法でラクランテさんに魔法を供給するという形をとった。それで、マジック・エクリプスの効果も終わったのか、相手も生気が戻ってきた。
「は、恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね……」
ラクランテさんも、もはや平伏するしかないようだった。ここで取り繕おうとすれば、かえって仲間からの信用も失いかねない。
「あなたの実力はたいしたものです。簡易に魔法を解除する技術も、生半可な才能でできることでもありません。しかし、戦ってみて感じました。自分が追い込まれた場合、途端にどうしていいかわからなくなってしまいますね。一言で言えば、戦場での経験が足りません。あるいは、戦場での恐怖の経験がない」
姫ははっきりと教会の人間たちを見据えながら、言った。
「隠者として生きていれば、戦場で死闘をやることもないでしょう。しかも、防御に徹したものであれば、なおさらです。しかし――これから第一巫女を奪還するために戦いに出るつもりなら、それでは足りません。冷静さを決して失わないように」
「わかりました……」
ラクランテさんは従容とこうべを垂れた。
「今の戦いも別に勝機があなたになかったわけではありません。けれど、見たことのない魔法で戦うこと自体から逃げようとしてしまった。戦場でそんなことを言えば、殺されるだけです。どうか戦う心まで捨てないでくださいね」
そこで、やっと姫は微笑を浮かべた。
ああ、姫は相手に反省を促すためにあんなことをしたのか。
「皆さんの実力は第一巫女を助けられるだけの力はあるかとおもいます。あとは、心がけと作戦に時間を使う番ですね。わたくしも立案に参加させていただいてよろしいでしょうか?」
もはや、ラクランテさんに突っぱねることなんてできるわけもなかった。
「どうか、第一巫女を救うために、手を貸してください。あらためてお願いいたします。我々は幽境にいることで、かえって自分たちはすぐれた者だと思い違いをいたしておりました……」
第二巫女以外のその場にいた人たちも頭を下げた。
「はい、王国とあなた方の利害は完全に一致しています。わたくしとその仲間も全力で奪還作戦に協力させていただきますよ。ただ、もし、まだ時間があるのであれば……」
姫は少し顔を赤くした。
「かなり疲労もたまっていますので、今日はいいベッドを用意していただけませんか? こちらも強行軍だったもので……」
その日の夜は、客人待遇で俺たちはもてなされた。
そして、21日に書籍版がレッドライジングブックスさんより発売になります!
どうも早い所では20日ぐらいから発売になるそうです。活動報告にも書いております! よろしくお願いします!




